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2017年3月8日

のほし (20歳)

My Hair is Badが歌う「普遍の人間愛」

〜恋人ができたんだ〜

最近ずっとMy Hair is Badの音楽を聴いていて、My Hair is Badのことを考えている。ふと我に帰ったとき、何をそんなに夢中になっているんだろうと馬鹿馬鹿しくなったくらいだ。「マイヘアの曲の歌詞にこういうのがあってさ…」「椎木さんがこんなツイートしててさ…」いつも笑いながら私の話を聞いてくれる友達だって、さすがにもう飽き飽きしてきた頃だろう。

私がマイヘアに出会ったのは「真赤」という曲だった。赤裸々な言葉の歌い出し、言葉ひとつひとつがリズムを引っ張っていく感覚、なぜか胸が締め付けられる言葉たち。その衝撃は大きかった。色んなバンドが色んなことを歌っているけど、その中でもマイヘアは特別な存在になるという直感があった。

マイヘアを聴き始めた頃、私はその歌詞に対して「過激」という印象が強かった。自分は恋愛に依存している人間ではないし、周りにもそういう人はあまりいないため「趣味は彼氏」な女の子のこととか、壮絶な男女の恋愛のことはよく分からなかった。イメージはできても、それに関わりたいとも巻き込まれたいとも思わない。だから私にとってマイヘアは「よく分かんないけどなんか分かる、面白いもの」という位置づけだった。なのにどうしてだろうか、私は暇さえあればMy Hair is Badを聴くようになった。マイヘアの音楽は、私の感情の側で鳴り続ける存在となっていた。人は椎木知仁のことをメンヘラと言うから、メンヘラが歌う歌がこんなに好きだってことは自分もメンヘラなんじゃないかと考えたことがあった。でも、あまりにもサバサバしていて冷静だと言われることの多い自分はメンヘラとは程遠いと気付き、私は自分自身のマイヘア愛の理由がますます分からなかった。

その理由に気付かせてくれたのはアルバム『woman’s』に収録された「恋人ができたんだ」という曲だった。過去の恋人に対し、新しい恋人ができたこと、その子のことが本当に好きなんだということを歌いながらも〈君の調子はどうだい?〉を何度も繰り返す。この曲の主人公は過去の恋人とは別れたし、新しい恋人ができて幸せなはずなのに、過去の恋人のことを想ってしまう。そこには、たとえ過去であろうとも〈愛し合ってしまった 繋がってしまった〉という消えることのない事実があり、〈恋は薄まって でも愛はまだ残っているの?〉という歌詞が続く。ここで描かれているのは、過去の女を忘れられない情けない男の姿だ。でもそれは、ひとりの人間として愛を持って向き合ったからこそ簡単には消すことのできない「愛」の物語でもある。

毎日、色んな人が色んな感情を持って生きている。どうでもいいことは「どうでもいい」と切り捨てようと思いながら、時には他人にそう言い聞かせながらも、結局は誰かのことを考えている自分がいる。迷ったとき、不安なとき、幸せなとき、恋してるとき、もう嫌だと思うとき、その揺れ動く感情の側にマイヘアの音楽はいてくれる。私は男ではないし、椎木知仁が歌うことの全てが分かるわけではないけど、そこには「人間」を、そして「愛」を感じるのだ。

青春と呼ぶには少し現実的すぎる「青春」がマイヘアの音楽だ。私たちは何でも晒け出せる(ように見える)椎木知仁のことが本当は羨ましくて仕方がない。私だって「告白」の歌詞のように、言いたいことを言ってやりたいことをしたい。そうやって素直に生きていたいと、今はそう思う。My Hair is Badとともに。

私は最初、この文章のタイトルに「究極の人間愛」と書いた。でも思った。My Hair is Badが、椎木知仁が歌う人間愛は「究極」なんかじゃない。誰もが胸の奥に隠した「普遍」の人間愛なんだと。

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