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2017年3月16日

水性 (21歳)

泥まみれの花束は美しい

トリビュートに愛された銀杏BOYZ

兄貴がいたおかげもあってか、わりと幼い頃から音楽を聴いてきた。洋楽も勧められたが、言葉とその音のハマりを直に感じられる邦楽が好きだった。
J-POP、J-ROCK、HIPHOP、アイドルと、何の気なしに手を出してきた小学生の私が次に向かってみたのは、パンクだった。
パンクだったけど、全く理解ができなかった。

うるさい。すごくうるさくて、怖い。汚い。麻薬みたい。見てはいけないものを見てしまった。

小さかった私は、恐怖心からすぐに覗いた扉を閉めて、ドアノブから手を離し、急いで逃げた。その一瞬で、私はパンクを好きになれない、ということがわかった。幼い頃の感覚は心でしつこく根付いて、それからは一度も「近づいてはいけない扉」を開けることはなかった。

中学も高校も、大学でも、「普通の音楽」を通学で聴いてきたと思う。どのアーティストの曲も好きな人がまわりに必ずいる、誰とでも話を合わせることができる。すごく楽だった。すごく楽な分、ライブに足繁く通いたいと思う特定のアーティストがいるわけでもなかった。それはきっと、行き帰りの通学で聴く「普通の音楽」であったから。

しかしそんな私は最近、邦楽に初めて飽きを示した。これまで毎日聴いてきた邦楽に、急に嫌気がさした。電車に揺られながら、シャッフルでイヤホンから流れてくる曲のイントロを、早送りのボタンを押して飛ばし続けることが増えた。洋楽に片足を突っ込むこともあった。原因のわからないこの現状に、少しストレスを感じはじめていた。

12月、新譜の情報を見た。JUDY AND MARYの頃から好きでライブにも何度か行ったことがあるYUKIが、どうやら新譜を出したらしい。それはカバー曲だった。
 

銀杏BOYZ「漂流教室」
 
 

私はそのアーティスト名になんとなく見覚えがあった。多分、パンクバンド。それくらい曖昧な認識だったと思う。私が今まで開けようとしなかったパンクバンドのトリビュートアルバムに、好きなアーティストが参加する。
さらに透明感のある赤い服を着た少女のCDジャケットが気になって調べると、写真を撮影したのは、川島小鳥。私の好きな写真家でもあった。私が今まで開けようとしなかったパンクバンドのトリビュートアルバムに、好きな写真家が参加する。

その二つだけの理由で、銀杏BOYZのトリビュートアルバム「きれいなひとりぼっちたち」をレンタルした。

このトリビュートアルバムを、1日で何度も聴き直した。パソコンに取り込むことも忘れるくらい、夢中になって、歌詞カードを見ながらラジカセで何度も聴いた。全部の曲が「良かった」なんて安易な言葉で表したくないくらい、良かったのだ。おかしい。そんなのおかしい。全く理解できなかった音楽だったのに、こんなに聴きやすいなんて。
トリビュートされたその楽曲たちは、J-POPやJ-ROCKを聴いてきた私に馴染みのある優しいメロディーだったので、心地よかった。そして邦楽に疲れていた私には、余計このアルバムの曲たちが染みた。これだけ(この曲もいい、次の曲もいい…)と、全ての曲に胸の高鳴りを覚えたのは久しぶりだった。そしてレンタルの泊数を短くしたことを酷く後悔した。

「うるさくて、汚くて、怖い」。そう毛嫌いしてきた音楽が、こんなにも綺麗で、素朴で、切なくて、愛しかったなんて。あの頃には絶対に理解できなかった感情を、年を重ねたことで、J-POPやJ-ROCKのアーティストがカバーしたことによって、払拭できた。今度はもう逃げない。というか、逃げられない。古びたドアを開いて、ちゃんと向き合うことができたのだ。
「トリビュートアルバム」というのは、そのアーティストに対する称賛を音楽で表す方法だと思う。それぞれのミュージシャンによる、それぞれの銀杏BOYZ。そのアレンジの仕方も様々であるのに、共通して感じたのは、「切ない愛しさ」だった。
 

< あの娘の横顔を何度も何度も授業中ぬすんでみたかった >「漂流教室」

< 君に彼氏がいたら悲しいけど/「君が好き」だという それだけで僕は嬉しいのさ >「夢で逢えたら」

< ああ なんとなく僕たちは大人になるんだ/ああ やだな やだな/なんとなくいやな感じだ >「なんとなく僕たちは大人になるんだ」
 

このアルバムにでてくる楽曲の主人公たちは、素朴で純粋でドロ汚い。あと、かなり重たい。そんな主人公が想いを寄せるモノ・人はキラキラと輝いてみえる。
「自分が好きな人に好きだと言われたい」、そんな素朴な気持ちを持つ自分と到底敵わない相手とのギャップが切ない。でもそれがすべて。目の前に差し出された泥まみれの花束には、愛しさが詰まっている。銀杏BOYZは、峯田和伸は、きっとそれをずっと歌ってきたのだと思う。
 

私は銀杏BOYZもとい、パンクバンドを避けてきたことをすごくすごく後悔した。なんで今まで気づかなかったのだろう。彼らはずっと真っ正面から歌い続けていたのに。もっとはやく気づきたかった。あの日のあの場面でこの曲を聴いていたら、私はどんなに助けられただろう、そう思うとなんだか悔し涙が溢れる。
思い込みというフィルターは怖い。そしてこれ以上銀杏BOYZという扉を開いてしまうと、私は戻ってこれないかもしれない。これ以上踏み込めばどうなってしまうんだろうという好奇心。それを同時に感じて、ぞわっとする。
 

音楽の海に酔いそうになっていた私の腕を掴み、このタイミングで助けてくれたトリビュートアルバムに感謝したい。トリビュートアルバムがつなぐ音楽の幅をより強く感じた。もっと深く深く音楽を聴こう。もう後悔はしたくない。今度は、花束を正面から受け取ってみたい。
 
 

年末、急いでCDショップに駆け込んだ。
今手元には同じトリビュートアルバムと、川島小鳥が撮影したCDアルバムが、もう一つある。

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