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2017年3月21日

佐々木 タツ (21歳)

「カッコイイ」音楽

The Jazz Messengersを通して、今伝えたいこと

 私がジャズと出会ったのは高校入学時。新入生向けの部活動紹介で登場したスカとジャズを演奏する同好会が、初めて私にジャズの迫力と自由を教えてくれた。単純に「カッコイイ」と思った。もちろんすぐに入会。吹奏楽部でトランペットを習っていた中学時代の自分に感謝した。スカでもジャズでも、トランペットは花形だった。
 同好会だったから何かのコンクールを目指しているわけでもなかったし、ワンマンライブは年一回だけ。けれども、吹奏楽部ではなく、あえて同好会を選んだ、田舎の、女子高の、いわゆる“進学校”の真面目な高校生が、「カッコイイ音楽」に掛ける想いがただ上手くなりたいだけのものではないことは、どうかお察し願いたい。
 入会後1年間、急激にジャズに関する知識を溜め込み、2年生になる頃には私の同好会での仕事は音楽指導になっていた。そんな中で私の頭の中を占める想いは「ジャズが好きで好きでたまらない」。『Sing, Sing, Sing』とか『Take the A Train』とか、吹奏楽部もやるようなビッグバンドジャズじゃなくてコンボジャズがやりたい!しかしアドリブをやりきる技術がない――そこで提案したのが、ビッグバンド編成に編曲された『Moanin’』だった。The Jazz Messengersの代表曲だ。原曲の渋い雰囲気を残したまま、大人数編成のお陰で技術不足で見劣りすることは防げた。みんな知っている曲。文化祭で演奏した。さわりを演奏するだけで盛り上がった。テーマにややアドリブを効かせたソロを吹けば客が沸いた。グルーブを感じる。ジャズが大好きになる。そういう瞬間だった。

 そんなこともあり、私の「カッコイイ」ジャズは「Art Blakey & The Jazz Messengers」というアルバムによって形作られている(やや思い出による補正も含む)。ところがこれが否定されるという大事件が起こる。大学入学から3ヶ月ほど経った頃だった。
 受験勉強中もずっとジャズを聴いていた私は、その熱を持ったまま大学でもジャズサークルに所属した。演奏するのは少人数編成の本格的なコンボジャズ。みなプロ並みに上手かった。当たり前だが、コードだけ見てソロを演奏していた。私もそうなりたいと思って、頑張ろうと、その頃は強く思っていた。
 だが、なんとなく、私のやりたい音楽がないような気がし始めた。夏の合宿に向けて他のメンバーとのやり取りが増えた頃だった。みんなすごくオシャレなジャズを聴いている!馬鹿みたいだが本当にそう感じた。「聴くべきジャズ」というものも教えられた。そして決定打となったのが、合宿で練習・発表する曲目を決めるミーティングでの出来事だった。
 モダンな雰囲気の、洗練された名曲が挙げられる。初めて聴く曲もいくつかあったが、どれもかっこよかった。私も曲を提案するよう指名される。堂々と、「Art Blakey & The Jazz Messengers」『Blues March』。失笑だった。今でも思い出すと暗く落ち込む。失笑だったのだ。私にとっては表打ちで刻む、ややもすれば粗野とも取れるArt Blakeyのドラムがかっこよくて、こういう曲が一曲くらいあってもいいんじゃない?そういう提案のつもりだった。だけどドラマーの先輩が一言「ダサくない?」。周りは「まあまあ」なんて言ってたけど、どう考えたって「そう思う」と言ってるようなものだった。曲目を決める多数決で、『Blues March』には誰も手を挙げなかった。恥ずかしくて、私も手を挙げられなかった。夏の合宿はなんとか終わった。ライブっていいなとか思ったけど、夏の終わりと一緒に、私も愛用のトランペットとの付き合いを終えた。
 
 ここからが本題である。
 音楽の趣味というのは、果てしなく孤独なものであると思う。同じ曲が好きという人にはなかなか出会えたものではない。もし同じアーティスト、同じアルバム、同じ曲が好きという稀有な存在と出会えても、その曲の心に刺さる部分は僅かに違っていたりする。それもそのはず、心の中に積み重ねてきた経験や価値観、「カッコイイ」は千差万別であるからだ。それでも出会えた同好の士は一生の宝と思っていい。
 そこで、あなたの「カッコイイ」とはなんだろうか。
 私の「カッコイイ」は前述の通りである。輝かしき高校時代の青春が蘇る。スカのリズムと雰囲気に親しんでいたため、野暮ったいくらいが丁度いい。そういう積み重ねがあるから私にとって「カッコイイ」のだ。私は今、自分の中の「カッコイイ」を表現する場は趣味のイラスト制作くらいしか持っていないが、こちらはかなり満足いく形で続いている。「聴くべき音楽」もないし「描くべき絵」もない。自分の「カッコイイ」を信じて、聴いて、表現する。これ以上心が豊かになることはない。
 私はトランペットを辞めてしまった。勿体無いことだったと思う。直接、音楽を演奏することで「カッコイイ」を表現したかった。しかし自分の中に自信を持って「カッコイイ」と言えるものがあることは、自分の経験や価値観を肯定することでもあり、大きな支えとなっている。
 あなたにも「カッコイイ」と自信を持って言える音楽があるはずだ。「聴くべき」だとか「ダサいと言われて然るべき」だとか、そんな音楽はない。音楽に関する批評文を簡単に発信できて読める時代だ。音楽だけではない、何かにつけて他人の意見が垣間見えてしまう。しかしそんなものはどうでもいいのだ。大学1年の後悔を抱えて、今、他人の価値観に溢れた時代に生きる人に言いたい。
 私にとっての「Art Blakey & The Jazz Messengers」を、あなたにとっての「カッコイイ」を、どうか貫いてほしい。

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