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THE YELLOW MONKEY こんなの初めて♡な新しいキス

THE YELLOW MONKEY SUPER BIG EGG 2017

2017年現在26歳独身、アラサーに突入し周りの友人達が結婚していく中で、恋人がいない私は婚活パーティーに参加していた。

男A「ライブ行くの好きなんですね!何のライブ行くんですか?」
私「12月に、イエモンのライブに行くんです!」
男A「へっ、へえ〜。ちょっと世代上じゃないっすか?へ〜イエモンね〜。」
私(言わなきゃ良かったな……っていうかこいつ微妙。)

はたまた、今気になっている人と、休日の話題になった時、
気になる男「休日何してるの?」
私「ライブに行くのが好きなんですよね。今度イエモンのライブに行く!」
気になる男「は?イエモンて何すか?茶?」
私「え!!知らないんですか?!バンドですよ!THE YELLOW MONKEY!」
気になる男「ああ、THE YELLOW MONKEY…(おそらくまだ理解していない)。」
私「……。気になる男さんは休日何してるんですか?」
気になる男「1,000ピースのジグソーパズル。背景めっちゃ多くて全然終わんない。」
私「……。」

私がTHE YELLOW MONKEYを好きになったのは、初恋の人がファンだったからだ。もう11年ほど前のこと。その人はドラムを叩いていて、草食系のルックスだった割に奏でる音色は肉感や骨感があったのをよく覚えている。当時中学生だった私は、その肉と肉がぶつかり合って骨まで響く感じを、その色気をどこで覚えてどうやって表しているのか知りたがった。ロック好きな彼が聞いていた多彩な音楽を後追いして聞いている中で、自分も一番好きだと感じたのがTHE YELLOW MONKEYだった。彼の音楽に感じていた肉っぽさや骨っぽさ、官能的で危険な香りは、THE YELLOW MONKEYが作り出した世界観だと気付いたからだ。気付いたというより、本能的に勝手にそう思った。

THE YELLOW MONKEYを聞き込んでいるうちに、彼らの魅力がエロティックな表現だけではなく、遊び心やユーモアにあることにも気がついた。「BURN」の“やわらかな思い出”が“やわらかな思いでぃ”であること、マイナーなメロディーで始まったはずが、いつの間にかメジャーに切り替わって面食らう「追憶のマーメイド」、「LOVE LOVE SHOW」の「お姉さ〜ん」が桂文枝の「いらっしゃ〜い」みたいなイントネーションであること。クスッと笑ってしまうけど、圧倒的にかっこ良かった。

とはいえ、ずっと熱狂的にTHE YELLOW MONKEYの事を好きなままでいたわけではなかった。社会人になって自分ではどうにもできない、大きな困難にさらされ続けた時に、THE YELLOW MONKEYの世界観は私にとって少し暗すぎたのだ。もっともっと自分が深い闇に落ちていってしまうことを危惧した私は、闇や悲しみ、苦しみを感じさせる音楽を意図的に避けるようになっていった。悲しい世間のニュースを聞く事すらできなかった時期もある。

暗い表現が自分の暗さに共鳴してくれることもあるが、その時の私は頭を悩ませることなく現実逃避させてくれるアイドル・KinKi Kidsを強く求めた。彼らの表現を見ているだけで、ものすごい幸福感が自分を満たしていく。それは、THE YELLOW MONKEYの音楽から享受していた喜びとは少し異なる感情だ。

ロックがずっと大好きだったのに、いとも簡単にアイドルのオタクになり、ロックは、THE YELLOW MONKEYは、次第に私の中で存在感を潜めていったのだ。我ながら安易な考えだとは思うが、社会に適応するのと同時に趣味も“適応”せざるを得なかったのでは無いか。それはそれで悪い事では決して無いと思う。その姿勢はロックではないとも思う。

そもそも、私が初恋の人の後追いでTHE YELLOW MONKEYを聞き始めた時、THE YELLOW MONKEYは既に解散していた。私にとっては、THE YELLOW MONKEYのボーカルは吉井和哉であって、ロビンになりようがなかった。私は、バンドと同じ時代を生きる事ができなかったからだ。どんどんメジャーになって、モンスターバンドにまで登り詰めた時の高揚感も、パンチドランカーツアーでどんどん疲弊し下がっていったテンションも、全て私にとっては事後のこと。気持ちの問題だとは思うが、どんなに後から好きになっても、既に解散している以上、THE YELLOW MONKEYのファンだとは言えないような気がしていた。

しかし、最近になって思いがけずTHE YELLOW MONKEYが再び私の頭の中に存在し始めることになる。吉井和哉がKinKi Kidsに楽曲提供をしたのだ。2016年7月に発売された「薔薇と太陽」は、新しいパフォーマンス形式をとる等、KinKi Kidsにとっても節目となった楽曲であった。吉井の世界観は、繊細な哀愁と独特な上品さを持ったKinKi Kidsのイメージにぴったりと当てはまるばかりではなく、KinKi Kidsがそれまで表現してこなかったような切れ味の良さや鋭利さ、といった尖った魅力を引き出した。嬉しくなって久しぶりに吉井和哉やTHE YELLOW MONKEYについて調べてみると、THE YELLOW MONKEYはとっくに再結成していて、ライブも決まっていて、私は完全に復活祭に乗り遅れていた。

呆気に取られている間に復活ライブに行き損ねた私は、紅白歌合戦に出場するTHE YELLOW MONKEYの姿を見ながら、次の機会には必ずライブに行こうと心の中で思った。

それでも、私の中のTHE YELLOW MONKEY熱が学生時代の温度を完全に取り戻したわけではなかった。2017年12月、実際に東京ドームのステージに立つTHE YELLOW MONKEYを見るまでは。

それは、ライブ「THE YELLOW MONKEY SUPER BIG EGG 2017」が始まってすぐ。瞬発的に「好き」だと思った。何度も聞いたメロディーやリズムのはずなのに、初めて聞いたかのような、不思議な感覚だった。ライブが始まるまでは、きっと「ああ、この曲ね。」とノスタルジックな気持ちになるものだと思っていたが、全くそうではなかったのだ。「WELCOME TO MY DOGHOUSE」の演奏が始まった時に、一気に体温が上がり、とても広い会場であるはずの東京ドームがぎゅっと圧縮されたかのように思えた。生の「パール」が、生の「天国旅行」が、生の「LOVE LOVE SHOW」が、まぶしいぐらいの光とともに凄まじい引力で私を惹き付ける。生で「BURN」の“思いでぃ”が聞けたのも嬉しかった。

THE YELLOW MONKEYのフロントマンは吉井和哉ではなくロビンだと、初めて実感できた。エマのギターは危険な香りを放っていたし、ヒーセはとにかく輝いていたし、アニーは本当にタンクトップを着ていて、驚くほどに音色がまっすぐだった。4人それぞれがロックスターだったし、THE YELLOW MONKEYという集合体そのものもまた、ロックスターだった。

大人になった今、まるで中学生のような新鮮な気持ちで、ものすごい熱量で、THE YELLOW MONKEYを好きになれると思っていなかった。それはあまりに瞬発的な出来事で、自分で自分が信じられない程だ。授業中や部活の間もずっとTHE YELLOW MONKEYのことを考えていたように、今は毎日THE YELLOW MONKEYのことを考えている。仕事中でもTHE YELLOW MONKEYの事を考えてしまうから、社会人として自分はダメだな、とも思うが。

仕事後にダッシュでレイトショーの『オトトキ』を見に行ったり、インターネットでひたすら彼らの事を検索したり、学生時代に買い貯めたCDの棚をひっくり返して持っていない過去の作品をチェックしたり、スタートダッシュからだいぶ遅れてしまった私には、時を遡る作業がまだまだ必要だ。THE YELLOW MONKEYと同じ時代を生きたい。

リアルタイムで実在するTHE YELLOW MONKEYが、彼らの世界に私を引っ張りあげてくれた。それはまるで「ロザーナ」のようだと思う。“新しいキス”一つで、魂ごと異次元に連れて行ってくれる。それは逃避行ではなく新しい景色を見るための、意志に基づいた旅だとわかるから、安心して彼らと一緒に走っていける。もう大丈夫だ。

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