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涙なんぞ流れたけれど…

エレファントカシマシが歌う、本当に信じるべきもの

 就職が決まり、この先の未来を見据えていたあの頃、三十歳になれば、たくさんのものを手に入れていると思っていた。
 そして、三十路として初めての年末を迎えた今、何も手に入れていないことに気づく自分がいる。手に入れたいと感じることよりも、むしろ手放してしまおうと思うことが増えた。
 あれだけ欲しかった洋服や時計も、一つあれば十分である。煩わしい人間関係ももう要らない。無理をしてまでSNSで友人を追いかける必要はない。
 
 毎日が新鮮で、新しいことに出会うことも多かったあの頃とは違い、仕事にも日々の生活にも慣れている。お金の遣い方も上手くなったし、革靴での帰り道もすっかり日常である。
 街灯に照らされる自分の姿を客観的に見ながら、自問自答を繰り返しながら、僕はいつも思い出す曲がある。

 エレファントカシマシの「遠い浜辺」である。

 「いつもの部屋 俺の傷跡だらけ
  どうでもいいことを 考えてるのさ」

 宮本浩次の伸びやかでしっかりとした声に続いて、ドラムが響きだす。ゆっくりと曲全体が僕の心に染み込む頃、僕はまるで車に乗って、旅に出ているような気分になる。

 「あぁ これから始まる 男達の夢は
  あぁ 崩れ傷ついた 心からさ
  おまえだけを信じて」

 「おまえ」とは一体誰なんだろう。自分自身のことだろうか。
 本当におまえは自分自身を信じているのか。宮本は歌う。

 「飛ばそう おまえとなら そうさ どこまでも
  そう 遠い 遠い町へ いつか ついたなら
  そっと そっと抱きしめたい」

 かつて「飛ばそう」という言葉をサビに持ってきたミュージシャンはいただろうか。しかも「飛ばそう」だけで、僕たちの魂をまるで遠い町へ連れていってくれるようである。
 
 一瞬の静まりの後、宮本の掛け声とともに曲は動き出す。
 いつもの帰り道をスタスタと歩く、そんな僕の心を鼓舞するような声。

「部屋に辿りつけば いつものままさ
 抜け殻の魂 ひきずりまわした」

「働き続ける 男達の日々は
 あぁ 涙 枯れ果てた 心からさ
 この体を 信じて」

 「遠い浜辺」を聴きながら、僕は思い出した。

 僕にはかつて「恩師」とも呼べる上司がいた。すでに退職してしまったが、自分で決めたことは必ず守り抜く人だった。そしてお金や自己顕示欲ではなく、本当に正しいことだけを追い求める人だった。

 そんな恩師に、僕は一度怒られたことがあった。
「何かが足りない」と言いながら、いつも何かを探し、何かを求めている僕に、彼はこう言った。

「今の自分を信じろ」

 
 胸を突く重低音の中で、間奏が終わると、宮本浩次はこう歌う。

「涙なんぞ 流れたけれど...」

 「涙が流れた」ではないのだ。「涙なんぞ」なのだ。
 涙なんぞ流れたけれど、自分自身のことを信じるしかないだろうと、宮本の声が響く。
 
 この体とおまえ自身を信じるんだと。
 

 「遠く 未だ誰も知らぬ ところまで
 飛ばそう 南風吹いたら そのままで」

 「飛ばそう おまえとなら きっと どこまでも
  遠い 遠い町へいつか ついたなら
  そっと そっと 抱きしめたい」

 必要なものだけを必要と考え、不要なものは捨てる。よりソリッドになろうとしている自分。それは実は抜け殻の魂を必死に正当化しているだけなのかもしれない。

 大人とはどういうものなのか、男とはどういうものなのか。優しさとは一体何なのか、そんなことをいつも考えながら、毎日を何事もなく生きている。そんな自分を正しいと思うこともあれば、これではだめだと感じることもある。

 それでも僕たちは自分を信じるしかない。間違っているか、正しいかなんて誰にも分らないのだ。
 何かを手に入れて、安心することよりも、今の自分自身を信じて前に進む。そうすれば、いつか誰も知らない町にたどり着けるかもしれない。

 あの時の上司の言葉を、僕はこの「遠い浜辺」に感じている。

 エレファントカシマシはデビューから三十年を迎えた。三十歳になった僕の人生と同じ時間を過ごしてきたわけである。
 赤ん坊から三十歳になっただけの僕と、バンドとして紆余曲折を経ながらもここまでたどり着いた彼らの三十年を比べるのは失礼だけれど、ようやく彼らの音楽を「心から」聴けるようになったような気がする。

 遠く未だ誰も知らぬところまで、この体で辿りつけるように。
 これからの三十路の道を歩いていきたいと思う。

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