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ライブにおける「幸せ」をアドラー心理学から考える

クリスマスの夜、伊東洋平ワンマンライブに行ってきた。

2017/12/25 クリスマス。
宮城県仙台市では強風が吹き荒れる中、私は仙台Rensaに向かって車を走らせていた。
伊東洋平Live tour2017『Thank you!!』ツアーファイナル仙台公演。
私にとって、今年最後のライブ。

仕事終わり、ライブ会場に向かう途中、ゆるい渋滞につかまった。
イライラしたようなブレーキランプとキラキラしたイルミネーションに囲まれると、なんともいえないエモーショナルな時間に突入してしまう。
「今年って幸せに過ごせたのかな」
「そもそも幸せってなんだっけ」
まぁ考えても考えても答えが出てくるわけもなく、駐車場に止めたら忘れてしまうくらいの時間。

ライブ当日に本人が書いたブログに心がざわついていた。正直、行って楽しめるのかなっていう疑問と、だからこそ最初から最後まで見届けたいという気持ちが頭の中をぐるぐるめぐっていた。
重い足を意外と軽い足取りで向かい、着いたのは開演2分前。

普段はアコースティックギター1本で歌う伊東洋平。
日常にちりばめられた小さな楽しさや嬉しさを歌わせたら最強だと思っている。
そして、大きな悲しみを共有することで、小さくしていってくれる。
私が今回のバンドスタイルで期待していた、これらの曲が化ける瞬間。
楽しみは音の厚みとともに増幅されて何倍もキラキラして狂う。
そして、孤独や、やるせなさを振り切るような曲はたくさんの音に散りばめられていて感情を昇華していく。
いつも通りが思い切り心地よくて、いつも通りが最高だ。

そして、MCになった。
私の心をざわっとさせたブログについて。
「前身のユニットの時に、ファンのいざこざがあって、その時に、僕たちはみんなに笑ってもらいたいから歌っているのに、なんで僕たちがいることで、悲しい気持ちになる人がいるんだろうって」
「歌うのをやめようとした時もありました」

-そっか。そういうことか。

噂レベルで耳にしていたこと。
リアルに彼らを苦しめていたこと。
解散してからソロになって、きっとまた感じてしまったこと。

私はふとまた、
「幸せってなんだっけ」と考えてしまった。

最近さらっと読んでいるアドラー心理学。
「人は共同体の中で、自分の存在価値を感じ続けるために生きている」と謳っている。一方、「人間の悩みはすべて人間関係にある」とも。
人は共同体の中で自分の存在価値を感じ続けるために生きているのに、その人間の悩みはすべて人間関係。
一見矛盾しているこの二つの考えが、経験や歳を重ねるにつれてなんとなく体で理解できている気がして。

難しいことは各自本を読んでもらうとして。
私はこの「共同体感覚」が現代の「幸せのものさし」なのかな、と思う。

共同体感覚には大きく分けて3つ。
「人は信頼できる」という 他者信頼
「自分が好き」という 自己受容
「私は貢献できる」という 他者貢献
上記3つそれぞれが相互的に作用することで「共同体感覚」になる。

この考えに沿って、ファンとアーティストの「幸せ」を考える。

「他者信頼」
他者を無条件で信頼するからこそ、他者からも信頼をされていくということ。
ファンはいつも高いクオリティのライブを提供してもらえるという信頼。
アーティストは、自分の大事な時には駆けつけて聴いてもらえるという信頼かな。
もっと広げると、ファン同士でも信頼することで、共同体の輪が広がっていく感じ。

「自己受容」
自己受容とは自分自身に価値があるとしっかりと認識すること。
仕事もプライベートも勉強も、人それぞれがんばっているならば、ごほうびのようにライブ会場に来ている自分かな、と思う。
満たされた気持ちがあって初めて人は自分の長所も短所もまるっと自分を受け入れられる。
ありのままの自分で、ここにいていいのだという安心感。
きっとアーティストも、そう。

「他者貢献」
他者貢献とはそのまま、他者に貢献すること。
アドラー心理学では人が共同体で生活する上で最大の不幸は孤独感だと言っている。
これは私がアドラー心理学に共感した最大の言葉だったのだけど。
逆に最大の幸せとはみんなに必要とされること。
他者に貢献するということは、つまり人から必要とされる人になるということ。
その歌を聴いてもらいたいというアーティストと、聴きたいというファンの、原点のような気持ちなんじゃないかな。

この3つが作用して、初めて幸福度があがるとアドラーは言う。
でもね、この心理学のとても良いところでもあり、悪いところは、どうとでも取れるところ。
私の書いた三つの解釈も、アーティストとの価値観の相違があれば、意図せずして不幸になる。

自分さえよければいいなんて最初から誰も思ってはいないのだけど、
アーティストの「特別」になりたくて、ファンはしばしば自分も相手も不幸にしてしまう。

「2020年に仙台サンプラザでやりたい」
この一年、ずっと伊東洋平が口にしてきた夢。
このワンマンまでに何回も聞いた夢。
歳が近いからかも知れないですが、贔屓目に見ている部分もありますが、
いい大人が夢を言葉にできるってすごくないですか。
夢が破れたかっこ悪い大人になるのがイヤで、抽象的な、期限のないモヤモヤした目標しか人に話せなくなっていませんか。

もしも、ファンとアーティストの間に幸せが共有できるならば、
かっこいい大人になったその姿をファンがサンプラザで見届けることなのかな、と思う。
少なくとも私にとってそれは最大級に幸せだ。

傷ついていたあの日々、歌うことをやめてしまったとして
その後の伊東洋平の音楽と人生が、どうなっていたかなんてことはわからない。
でも、彼は続けてくれた。
しかしそこらへんから、ファンもアーティストも心の歯車がなんとなく狂ったことは事実。
そして今も、そんな心配を抱えている。
 

以下。伊東洋平の当日のブログを抜粋。

でも今のぼくだから、Liveでみんな大丈夫かな?と考えられる。

皆さんと一つ一つ積み重ねていける嬉しさを感じれる。

もっと成長したい、音楽も、人間としても、そう思わせて貰える。

皆さんと力を合わせて、夢を叶えたいという想いを抱ける。

それが叶う日が来たならば、ぼくの夢ではなく『ぼくらの夢』が叶ったと、笑顔を分かち合える。
 

前身ユニット時代から彼が掲げているライブのテーマは「HOME」。
これはファンとアーティストがいろんな日常、場所から帰れるところでありたいという思いからだ。
そして、きっとこれはアドラーの言う「共同体感覚」。

12/25、ひとことでいうと「幸せ」だった。
そしてちょっとトラウマになった。
きっと、私には「これがアーティストにとって、ファンにとって幸せか?」という不安がずっと付きまとうのだろう。

2020年、サンプラザで払拭する。しよう。

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