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King Kruleが提示するクリエイターの「挟持」

~King Kruleとは何者なのか?現代を生きる「クリエイター」King Kruleの正体~

King Kruleの2ndアルバム『The OOZ』は、間違いなく、2017年において最もエポックメイキングな傑作だ。しかし、多くのメディアやアーティスト達の歓待ぶりとは裏腹に、非常にシリアスで難解なアルバムでもある。

若干23歳の青白く不健康そうな青年が、ギターを抱え、しゃがれたハスキーボイスで、孤独と絶望を感情的に歌う…ヒットや注目とはおよそ縁遠いスタイルにも関わらず、このアルバムのリリースは様々なメディアから大きな反響を得た。年末恒例の各音楽メディアが発表するアルバム・オブ・ザ・イヤーにも多くノミネートされた本作は、多くのリスナーの興味を捉えると共に、「何だ!?これは!?」という興奮と困惑で包み込んだに違いない。
~最新のトレンドから、自身の生まれる20年も昔のスタイルまで~新旧を問わず、様々な音楽性を飲み込みながら、アーティスト:King Kruleの唯一無二の個性でフリーキーにまとめられた本作『The OOZ』は、2017年の音楽シーンで一際異質でヤバイ匂いを漂わせている…がその、突き抜けた異質さは、裏を返せばポップ・ミュージックの「大衆性」を犠牲に得られるものである。彼の作り出す音楽は「大衆性」との接点が非常に少ない。それだけに、もしもFrank OceanやKanye Westのような大物や、多くの権威ある音楽メディアがその魅力をしっかりと読み解き、騒ぎ立てる事がなかったならば、僕を含め多くのリスナーはKing Kruleの存在にたどり着かなかっただろう。

僕とKing Kruleの最初の接点は、2017年7月に公開され、PitchforkのBest New Trackに選ばれた、Mount Kimbieとの共作“Blue Train Lines”の不思議なラップだった。決して流暢とはいえない舌っ足らずな発音ながら、語頭と語尾をばっちり合わせつつ、勢いは失わせない…自然体かつフックがしっかり宿った絶妙なリズムとグルーブ感。この「モタるけどフローする独特なかっこよさ」は僕を強く惹きつけた。始めに、僕の心に刺さったのは彼の持つ「音楽家」としてのセンスだった。
音を楽しむのが音楽なので、通常ならばこれで十分だ。が、彼の才能はそれだけでは無かった。満足して聞き終えると同時に歌詞に目を通す、すると、「クリエイター」としてのもう一つの才能が浮かび上がってくる。絶妙なリズムに乗って吐き出される言葉達が紡ぐ「悲観」に満ちたストーリー、それとは裏腹に乱暴な「衝動」が宿ったボーカル…「悲観」と「衝動」がこれまた絶妙に同居している。この表現を選択する、「リスクを厭わないセンス」が、今度は僕の心を鷲掴んだ。
この表現は非常にリスキーだ。なぜなら「悲観」+「衝動」って「両方共に平常運転ではない異常な状態」で、「ベクトルがそれぞれ別方向を向いている」上に、「両方共に人によって好みが異なる」という、表現の原動力として欠陥を抱えまくった最悪の組み合わせである。このリスキーな表現をあえてチョイスし、緻密なコントロールを施し華麗に乗りこなす、クリエイターとしてのセンス…これが近年の音楽シーンの中でも際立っていて、最高にクールだった。

 そんなわけで、僕は1stコンタクトから一撃で心を掴まれてしまった。そして、2017年10月にリリースされたアルバム『The OOZ』に、再度打ちのめされた。
『The OOZ』は、現在の「King Krule=彼自身」の魅力を余すこと無く反映させた傑作だ。アルバムは過去の作品達と比べ、より「ドープ」かつ「クール」に仕上がっている。収められた19曲もの楽曲は、独特のリズム感・グルーブ感を軸に、孤独・不和・絶望といった「悲観」と、不満で仕方がないといった乱暴な「衝動」を撒き散らしながら突き進む…つまり、我々が期待する「King Kruleの魅力」そのものだ。こう言ってしまうと元も子もないが、やはり、彼の音楽・表現の魅力の源泉は「彼自身」にこそある。
もちろん、メディア等を中心に多方面でコメントされている通り、「幅広い音楽性を有している」、点や、「大物から注目されている」点も、本作の魅力を構成する大事な要素だ。JAZZ、SOUL、HIP HOPといった様々な黒人音楽のエッセンスが随所に顔を見せる、彼の作曲・アレンジ能力と音楽に対する懐の深さは、23歳という年齢を考えれば驚嘆に値するし、また、Frank OceanやKanye Westのような大物アーティストからの支持は、今後のコラボレーションを期待させ我々を興奮させる。こういったKing Kruleを取り巻く「外部の要素」は、本作の強力な武器と言えるだろう。
しかし、King Kruleを見つけ、その音楽・表現のとりこになった人々は、その周囲を取り巻く、「外部の要素」をきっかけに作品を手に取り、作品を通して触れた、「彼自身」の持つ「内部の要素」にこそ強く惹かれているはずだ。だからこそは彼は上述のヒットや注目とはおよそ縁遠いスタイルにも関わらず、これだけの注目を得ているのである。
「モタるけどフローする独特なかっこよさ」という彼にしか持ち得ない音楽家としてのスキルを武器に、表現のギリギリのラインを攻めるクールな姿勢で音楽・表現に臨む…このような彼だからこそ、本作は魅力的なのだ。

 しかし、「The OOZは傑作だ」「1stコンタクトから一撃で心を掴まれた」なんて書いておきながら、僕はリリースからしばらくの間、このKing Kruleが「何者であるか」を理解する事ができなかった。
音楽・表現の魅力は先述の通りだ…しかし、彼は何故、Frank OceanやKanye Westのような才能あふれる大物達や、多くの音楽メディアから称賛されるに至ったのだろう?…King Krule以外の人間が再生産する事が出来ないようなヒットや注目とは程遠い難解なスタイルが、ヒットや注目と縁深い大衆音楽を主戦場に戦う人々にどうして響いているのか?そこがどうにもわかりにくい。
King Kruleを発見した喜びについて語られたコメント・レビューの多くも「外部の要素」について言及するものがほとんどで、「King Kruleとはつまり○○なのだ」と「彼自身」について触れたものはあまり無い。(というか、私の知る限りrockinon.comで取り上げられた「現代の特異点」というワードくらいだ。) そう、文章の冒頭に戻るが、「King Krule = 彼自身」は非常にシリアスで難解な存在なのだ…故に多くのコメントはこの難解さに触れず、「外部の要素」の分析・言及に終始している。
もちろん、これはこれで間違っていない。しかし、僕個人としてはどうにもしっくりこなかった。King Kruleの魅力を言語化してみたい…この違和感に気づいて以降、そんな気持ちが頭から離れなかった。この異質な音楽について考える事は妙に魅力的で、僕の好奇心と創造力を刺激し、違和感を解消するよう促し続けた。
そして、リリースから2ヶ月を経た今、ずっと自分の頭の中に溜まっていたこの難題に、ようやく一つの回答を見つけた。それが今回のテーマである。

King Kruleとは何者なのか?…彼は、愚かな現実と対峙する「クリエイター」である。

「King Kruleとは何者なのか?」この疑問を考える上で、前提として知っておかなければならない事がある。それは、「なぜ、彼は悲観を乱暴な衝動に乗せて歌うのか?」という事である。
『The OOZ』のメインテーマと言っても過言ではないであろう「悲観」、この種類は楽曲とそのシュチュエーションごと実に様々だ。しかし、根底には「承認欲求への飢え」→「不和」→「孤独」という一連の循環がある。そして彼は、この循環に対して乱暴な「衝動」を抑えきれずにいる。
この「悲観」と「衝動」は、本人も意識しているようだ。『The OOZ』の制作過程について語ったインタビューから、該当する内容を要約して以下に紹介する。
(※以下HYPEBEAST.JP 2017.10.14インタビューより出典)

このアルバムの製作当時、彼は「自身」と「自身の作品」に対して、非常に強い不満と閉塞感を感じていた。そして、次から次へと良い音楽が送り出される現在のシーンと自らの現状とを比較して絶望に浸っていたそうだ。
「自分自身に対して、自分が作るものに関して不満を持っていたんだ。そんな時は自分が無能に感じて、する事なす事がクソなんだ、音楽的に僕は本当に無能だと感じていたよ。良い音楽がたくさん出てきて。自分はそれに対して何者でもなかった。その一部になりたくて、何か良いものになりたかった。」
この言葉通り、自身と世間とを比較しては、自らを責め立てる日々を送っていたらしい。(なお、苦難から脱した現在は、「その期間に制作した作品は全部捨ててしまった、クリエイターとしてとても空虚な期間だった」と当時を振り返りつつ、「自身の成長のためクリエイティブな休止期間だったよ」と、その状況を前向きに捉えているようである。)
本作は、そんな苦難の時期を抜け、「どうでもいい、こいつら(この苦難と共に出来上がった作品達)について考えるのはやめた。新しい何かをやらせろ。」と方向転換した彼が、自身の創造力を剥き出しにして制作された。本作の背景にはこのようなストーリーがある。(出典ここまで。)

さて、このインタビューから1つ気づく事がある。彼は世間の音楽シーンをしっかりと意識し、「良い音楽」と言うものを定義している。その上で、「良い音楽」を自分も作りたいと考えているわけだ。つまり、音楽・表現は異質でも、「彼自身」は「大衆」への承認欲求を持っている事が窺える。
この「承認欲求」こそが、本作を貫く「悲観」と「衝動」の原動力だ。この2つのせめぎ合いを経て、本作は生まれたのである。実はこのストーリーを如実に反映したと思われる1曲が『The OOZ』には存在する。15曲目の“Half Man Half Shark”だ。

この曲は、「攻撃的だけど/みんなから認められたい」という非常に歪で中途半端な気持ちを抱える自分を、「Half Man Half Shark (半人・半鮫)」という中途半端な怪物に例えて歌っている。
長い間暗闇に閉じ込められ、やっとの思いで「明るい世界」に飛び出した俺(以下:主人公)。しかし、主人公は「明るい世界」においては怪物だった。頭は人間・身体は鮫という歪な姿で、暗闇の呪縛から触れるものを皆腐らせてしまう怪物の存在を、「明るい世界」と「きみ(以下:恋人)」は拒絶する。「承認欲求への飢え」→「不和」→「孤独」という一連のストーリーがここにある。そして、その孤独の発端は主人公の存在そのものに起因するのだ…
しかし、主人公は自分の存在を強烈に悲観しながらも、「死」や「自分を偽る」という行為に逃げる事はしない、半人・半鮫のまま一人で戦う事を選ぶ。それだけではない。あろうことか、主人公は恋人をしっかりと肯定する…曲の最後に彼はこんな風に歌う。

See world, you’ll never know
At least when you look to the stars they still glow
Well, not for me though
Body and head are empty, even when we’re toe to toe
Well, I suppose I’ll forever be the only one who knows
Aspirations ingrown, I’ll forever be alone

They just don’t care…

まだ知らない世界に目を向けろ
きみには星は瞬いて見えるはずだ
ぼくには無理だ
誰かと向かい合っているときでさえ
この心と身体は空っぽ
内側から湧き上がる大志を
誰にも知られずに 一生孤独でいる

あいつらにとってはどうでもいいことだ(あいつらは気にしちゃくれないさ)…

「明るい世界」は彼に強烈な不和を与えた。しかしその不和は、主人公から大志(King Krule自身の場合は創作意欲だろう)を奪う事はできなかった。それだけでなく、主人公が愛し・素敵なものだと認める恋人の存在もまた、この明るい世界には不釣り合いだとこの歌は訴え、より美しく瞬く事のできる場所を探せ!と彼女への希望も見出している。
楽曲の最後は「明るい世界」への一瞥だ。半ばあきらめのようなフレーズだが、この一節で主人公が対峙する「明るい世界」は「あいつら」、即ち複数の何者かも分からない意志によって作られている事が理解できる。
半人・半鮫というエキセントリックなテーマながら、「俺・きみ・世界」の関係を巧みに表現したその歌詞の切れ味は抜群だ。アルバムのハイライトを飾る非常に重要な一曲と言っていいだろう。そして、この楽曲こそが、King Kruleが何者であるかを解き明かす大切な鍵である。

人は「こうありたい!」という希望が存在し、その希望になかなか近づけない時に「悲観」する。「クリエイター」という自身の才能と希望を信じて疑わないタイプの人間が、そんな「悲観」という感情を抱えたまま、「創造・クリエイト」に勤しむ…これって相当な矛盾だ。
「悲観」は時に攻撃性を持って他者に牙を向ける、その表現は人を傷つける事もあるだろう。それでも彼はその矛盾をそのままに創作を続ける。例え「半人・半鮫」の歪な存在だとしても。なぜなら、彼は「希望」が諦められないからだ。

 「俺たちの表現で世界を変えたい!」

一体どれだけのクリエイターが、「こうありたい!」と願い、上記の言葉を呟いたのだろう。そして、その中に自身の希望と表現を徹頭徹尾貫いているクリエイターがどれだけいるのだろう。具体例を出すまでもなく、その多くは散っていく。そして散りゆく運命を察知した一部のクリエイターは「自分・希望・表現」を偽る。こんな事はこの「明るい世界」では日常茶飯事の出来事だ。そう、クリエイターにとって、この世界は「不和」で満ち溢れている。
そんな世界で、King Kruleは、自身が作る「表現」と、他者によって作られた・自身が愛する「表現」の両方が、必ずや希望に繋がるものだと信じている。これこそが、彼のクリエイターとしての譲れないモノ「挟持」である。彼は「自分・希望・表現」のいずれも偽らないし否定しない。そして自分の愛するものも同様に偽らないし否定しない。それが故に、この世界で異質な特異点とも言える存在なのだ。
 このように、彼の表現の持つ「悲観」と「衝動」は、彼の紹介で頻繁に登場する「若者の持つ憂鬱や厭世観」といったシンプルなものではない。駆け出しのクリエイターが持つ、シリアスな「挟持」そのものである。「明るい世界」と正面から対峙し、それに負けまいとする、「挟持」の持つ危ういエネルギーこそが、彼の表現の魅力なのだ。

彼ほどの作曲・アレンジ・作詞スキルがあれば、美しいラブソングも、クールなツイスト&シャウトも作れるだろう。それでも彼は、心の欲する所に従って、現在の自分の中に佇む「孤独」を、偽らずにしっかりと表現する事を選ぶ。自分を苦しめても真実の「表現」を追い求める…「これでもくらえ!」という投げやり感ではない、「俺を否定する全てを俺の歌で蹴落としてやる!」という気概と不純な動機で作られたものこそが本作『The OOZ』なのだ。
本作に収録された“Dum Surfer”にこのような一節がある。

Dumb surfer is giving me his cash
Won a bet for fifty and now I need a slash
Man this band that’s playing, is playing fucking trash
Skunk and onion gravy, as my brain’s potato mash

 馬鹿なサーファーが金をくれる
 賭けに勝って小便がしたいと
 今演奏しているこのバンドときたら どうしようもないクズ曲をやりやがって
 まるでスカンクの屁と玉葱の汁のよう 脳みそがマッシュポテトになっちまう

Dum Surferとはこんな愚かな人物である、そんなにDumb Surfer対する彼のコメントはこうだ。

Dumb surfer, don’t suffer (×4) 

Ay, some things won’t change for a while
Keep me, keep me as the villain
But my prayer, you don’t own

馬鹿なサーファーは思い悩むことがない(×4)

ずっと変わらないものもある
僕が悪者ということにしていい
けれど僕は人知れずに祈るんだ

 ここまでお読み頂いた方には十分お解り頂けると思う。彼は、Dum Surferのような希望や表現について思い悩むこともしない愚かな人々が蔓延る「明るい世界=現実」において、自分が悪者と評価される事を受け入れている。それでも、彼自身の希望と表現を信じ、この世界が良い方向へ運ばれるよう祈るのだ。

“Dum Surfer”の一節から読み取れるように、この『The OOZ』という作品は彼なりのこの世界への反抗であり、この世界へのコミュニケーションである。そして、この作品は売れなければ機能しない。自分こそが希望であると信じ、偽りの「希望」を玉座から蹴落としたい!と欲する本作は、それを結果として現実に知らしめなければならない。この作品は確かに難解で近寄りがたい、が、だからといって、誰の手に取られる事もなくひっそりと消えてしまってはならないのだ。この作品が世間から無視された時、彼と彼の表現はこの世界に敗北してしまう…故に彼はインタビューに真摯に応えるし、テレビ等でのLIVE出演も積極的に行うのだろう。

そう、彼は、確固たる「挟持」を持って、愚かな現実と対峙する「クリエイター」である。そして、才能ある若いクリエイターが確固たる「挟持」と共に挑んだこの気概に、我々はワクワクさせられたのだ。成功を手にした大物ミュージシャン達が彼を支持するのも当然だろう。それは、彼らが同じように経験した成功に向けた苦難の道のりなのだから。
この先彼の作ったこの特異点は、この「明るい世界」で思い悩む、多くのクリエイターを励ますだろう。そして、クリエイター達は、同じ「挟持」を胸に、よりドープ&クールな表現を世に放っていくだろう。そうやってこの「明るい世界=現実」は変わっていく。「現実」を変えるのは政治や科学だけじゃない、「表現」もまた、社会を変革する強い力を持っているのだ。
僕は彼が提示したこの「挟持」を圧倒的に支持する。彼がこの「現実」をより良い方向へと導いてくれる事を願ってやまない。そして、僕も彼が他者の作品を信じるのと同じように、彼の作品とその希望を信じている。今後も彼の活躍を追い続けよう。

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