1497 件掲載中 月間賞発表 毎月10日
この数字はTwitterやFacebookでのリツイート・いいねなどの反応数を合算して算出しています。

アジカンにしかできないこと

才能を持たないことに悩む貴方へ~ASIAN KUNG-FU GENERATIONから学んだこと~

もしかしたらコレは誰もが当たり前だと思っている事で、こんな事で悩んでいるのは私だけかもしれない。だけど、もし私と同じ悩みを抱えている人がいたら、コノ一言だけでも読んでほしい。私がアジカンから学んだ事だ。
“「何もできない人」なんかいない。なぜなら、「何もできない人」は同じ立場で悩んでいる人の心に寄り添うことができるからだ。”
 

「個性的」
アジカンに出逢う前、私はその言葉と自分のことが大嫌いだった。
その言葉は人が持つ才能を褒め称えるために多用される一方で、お世辞にも上手いとは言えないものや「自分は普通じゃないのかもしれない。」と悩む人をフォローするために使われるものだ。一見すると明るい響きを持つ言葉かもしれない。
しかしそれは、”そうでない人”即ち”普通の人”、”凡人”を傷つける言葉でもある。
私はまさに”凡人”だ。自慢できるような何かは持っていないし、ぶっ飛んだ発想をすることもできない。だから自分自身が嫌いだった。
学校生活の中などで、私以外に向けられた「個性的だね。」の一言を耳にする度に思い知らされる。
「私は無個性だ。普通なのだ。」と。
この科白を見た時、多くの人はきっと”諦め”や”落胆”、”失望”といった感情をイメージすると思う。確かにそれらも含まれているかもしれないが、私が最も強く感じるのは”恐怖”である。
「自分は大勢の中に埋もれていって、いつか認識されない存在になってしまうのではないか。」
そんな不安が襲ってくる。そして同時に焦りをも生み出す。
「自分を変えなければ。」
「才能を見つけなければ。私にしかできないナニカを…。」
いつの間にか、そう自分に言い聞かせるようになった。
…でもそれは始めにも述べたように”アジカンに出逢う前、救われる前”の私である。
 

私がアジカンに出逢ったのは、今から1年半ほど前のこと。それほどインパクトはない、言ってしまえばありきたりな出逢い方だった。きっかけは、当時国語を教わっていた先生が私と同じ趣味を持っていたこと。それは、邦ロックを聴くことだった。先生はその中でもアジカンの大ファンで、話を聞いているうちに私も自然と興味を持つようになった。
ある日、学校から帰って来て何気なく手に取ったタブレット端末で彼らの名前を検索してみた。テスト期間が終わった金曜日だった。
パッと画面に映し出された彼らのアー写に思わず口にした「おじさんやん。」という関西人でもないくせに関西弁が混ざったツッコミ。その頃、キラキラした若手バンドの曲ばかり聴いていた私には画面の向こうからこちらを見ている彼らがどこにでもいそうなおじさん4人組にしか見えなかった。
アー写のすぐ下にあったミュージックビデオを人差し指でタップすると画面が変わって曲が流れ始めた。
ベースが鳴り響く印象的なイントロ。今まで聴いてきたボーカルよりもやや低めの声。強風に吹かれ、水を被り、びしょ濡れになりながら演奏する、さっき見たアー写より若い彼らを、率直に「カッコイイ」と思った。
でも、逆に言ってしまえばそれだけだった。
ギター、ベース、ドラムなどが織り成すバックサウンドよりも、私は歌詞を聴くタイプだ。音楽的な技術云々についてはまだまだ知識が乏しい私でも、歌詞から何を伝えたいかを読み取ることはできる。
私にとって、アジカンの歌詞はどこか漠然としていて、解りにくい気がした。歌詞の意味が理解できなければ、彼らが創る世界に入れない。
出逢ったばかりの彼らは私の中で「カッコイイバンド」であり、それ以上でもそれ以下でもない、ありふれた存在だった。
…ただ、ぼんやりとではあるが、「彼らは私と似ているのかもしれない」という淡いオレンジ色の感情が私の心に芽生えた気がした。
 

それから月日は流れ中学3年の夏。
私は自分を変えるために、そして才能を見つけるために、一大決心をした。とある弁論大会に出場するということだ。誰かに認めてもらえれば「私は凡人なんかじゃない」と胸を張って言えるかもしれない。結果が出れば、私自身がそれを自分の才能だと認められるかもしれない。そんな思いから決めたものだった。
吹奏楽部員であり受験生である私は、最後の演奏会を成功させるための部活と、進路実現のための受験勉強との両立に苦戦しながら原稿作成や練習に時間を費やした。文字通り、夏休みの全てを才能の発見にかけた挑戦だ。それは私にとって相当勇気がいることだった。時間を費やした分、駄目だった時に受けるダメージが大きくなることは安易に予想できる。でも決めたからには全力で臨むしかなかった。
 

迎えた大会当日。もうすぐ9月になるのに、その日は太陽がジリジリと照りつけて、真っ青な空がどこまでも高いところにあった。
会場の体育館には300人くらいの観客が集まっていた。緊張のあまり、他の発表者の声はどこか遠くから聞こえるようで、内容は全く頭に入って来なかった。名前が呼ばれ、演台へ向かう。頭の中には1番なりたくない姿、「頭が真っ白になって、呆然と立ち尽くす姿」がぐるぐる渦巻いていた。怖かった。失敗することが。期待に応えられないことが。自分が無個性だと思い知らされるのが。
演台の前に立つと、膝がガクガク震えていた。私は最後の発表者だった。
目の前の観客に目を向けて、私は覚悟を決めた。
やるしかない。やってやる。
震える膝をいなすように深呼吸をした。悪いイメージを頭の隅っこに追いやると、背筋をピンと伸ばし私は第一声を放った。
 

演台の前にいた間のことはほとんど覚えていない。
ただ、精一杯を尽くしたこと、上手くいったのではないかという淡い自信、そして演台を離れる直前に安堵の息を漏らしたことは今でもはっきり覚えている。
結果発表は演台の前にいたときより鼓動がうるさく鳴るほど緊張した。会場はシーンと静まり返り、司会者の声がよく聞こえた。
3位から順に受賞者の名前が呼ばれていく。その間、私は目を伏せ、祈るように両手を組んでいた。
最後の1人…最優秀賞の発表。

…私の名前が呼ばれることはなかった。

その瞬間、まるで私がいる空間だけが切り取られたように、視界が黒く塗りつぶされ、周りの音が消えた。
まさに絶望の淵だった。
今回こそは認められるはずだと信じていた。費やした時間が長いほど、抱いた期待が大きいほどその全てを打ち壊されたときのダメージはやっぱり大きかった。自分の全てを否定されたような気分だった。
 

それから慌ただしく行われた表彰や記念撮影の最中も、帰りのタクシーの中でも私は泣かなかった。
泣き方を忘れてしまったようだ、そうぼんやり思ったが、そういうわけではなく、ただ単に脳が状況と気持ちを整理しきれていなかっただけなのだろう。その証拠に、学校に帰ってきて先生や友達の顔を見るなり馬鹿みたいに泣いた。
恐れていたことが起きてしまった。いっその事、頭の中の私のように演台の前で失敗したのならまだ受け止められていたかもしれない。「やっぱり私には才能なんてない。」そう思い知らされた。悔しさ、虚無感、失望、そして恐怖。それに加え、期待してくれた人に申し訳ないという思いも混ざってとにかくグチャグチャだった。顔も心も。
職員室の前の廊下で泣きわめく私を慰めてくれたのは、あの、アジカン好きの先生だった。先生は国語の先生だったから、弁論大会へ向けての原稿作成や練習に付き合ってくれていた。だから、誰よりも近くで私がもがきながら才能を手にしようとしている姿を見守ってくれていたといっても過言ではない。そんな先生の言葉は温かかった。
先生のおかげでようやく泣き止むと、先生は最後励ましとして、「アジカンの曲、聴きな?」と言った。
自分が好きな曲をおすすめし合う。それはよく邦ロックについて話している私と先生の間ではごく普通のことだった。
「きっと力になってくれる。」先生の柔らかい眼差しがそう言っていた。
 

家に帰ると、家族も温かく励ましてくれて夜ご飯が美味しかった。
自室で1人きりになると、先生の言葉を思い出し、徐にCDラックに手を伸ばした。手に取ったアジカンのアルバム、『ソルファ』。
当時私が持っていた唯一のアジカンのCDは財布が潤っている時に何気なく買ったものの、あまり聴く機会もなくCDラックに仕舞いっぱなしになっていた。
ラジカセの再生ボタンを押した。
勢いよく耳に飛び込んできたギターのメロディーライン。
歌詞カードを開いてその文字のひとつひとつを目で追う。
“振動覚”1曲目であるその曲のサビに差し掛かった途端、息が止まった。
『特別な才能を/何ひとつ持たずとも/心 今 此処で掻き鳴らす』 (振動覚)
彼らと出逢った日のことを思い出した。あの日ぼんやりと感じた「彼らは私と似ているのかもしれない」という淡いオレンジ色の感情。それがもっと鮮やかに私の心を照らす。
似ているどころではない、同じだ、と。
鼓動が高鳴り、視界が滲む。
2曲目、”リライト”。それは演台の前の私とぴったり重なる。
『歪んだ残像を消し去りたいのは/自分の限界をそこに見るから』 (リライト)
そして、その直後の私とも。
『所詮ただ凡庸知って泣いて』 (リライト)
初めて聴いたときは解りにくいとさえ思っていた歌詞がこんなにも胸の奥まで入り込んでくる。確かに漠然としているのかもしれない。ゴッチの書く歌詞はどの曲も具体的な場面や状況が書かれていない。そして、最後まではっきり言わないことが多い。含みのある歌詞とは、まさにゴッチの書く歌詞のことだ。そんな歌詞だからこそ、どこまでもリンクする。ぴったり重なる。
彼らは知っているのだ。私が抱く恐怖を。だからこそ、私の心に、寄り添ってくれるのだ。
 

アジカンは謳う。

『頬を撫でる弱い風でも 時に人の胸に突き刺さって/此処で強く声をあげても 届く距離に君は足りなかったんだ』 (夜の向こう)
誰かに認められることが全てではない、と。

『叶うこと/叶わないこと/それよりも大事な何かを』 (真夜中と真昼の夢)
才能がなくても大勢の中に埋もれていくのに抗うことはできる、と。

『所詮 突き刺して彷徨って塗りつぶす君の今日も/つまりエンド&スタート』 (ループ&ループ)
此処で終わりじゃない。むしろ此処から始まるのだ、と。
 

いつか、ゴッチが自身の日記に綴っていた言葉がある。
『続けることで、堰が切られる瞬間ってのが、絶対にやってくる。それまで続けられるかどうかだと俺は思う。水位は上がったり下がったりする。それに一喜一憂する瞬間も乗り越えなければならない。「意味がないのかな」なんて思う日もあるかもしれない。でも、それは、堰が切られるその一瞬のためにある。』(「何度でもオールライトと歌え」 ミシマ社 より)
この言葉がもう一度新たな一歩を踏み出すために背中を力強く押してくれた。
此処で負けてたまるか。諦めてなんかやるもんか。
 

才能がない人=無個性ではない。才能がないこともまたひとつの個性だ。
才能がない人にだってできることはある。否、才能がない人にしかできないことがある。
…今の私ならそう思える。
 

アジカンは私を救ってくれた。彼らに出逢っていなければ、私はもう立ち止まっていただろう。
ただ、彼らは”正義のヒーロー”ではないと思う。どんな悩みでも解決して、誰でも簡単に救えるわけじゃない。
烏滸がましいのを承知で言えば、”もう1人の私”だ。これは、自分が抱えたことのある悩みを今抱えてる人、自分が感じた恐怖を今感じている人しか救えない。でもだからこそ、すぐ傍に寄り添える、心の深いところまで言葉を届けられる、という意味だ。
アジカンの曲は、ゴッチの歌詞は「俺もわかるよ、ソレ。」そう言って肩を叩いてくれる。
決してキラキラなんかしていなくても、薄汚れていても、彼らだから綴れる言葉を届けてくれるのだ。
出逢えてよかった。心からそう思う。本当に感謝しかない。
ありがとうなんかじゃ全然足りない。
 

私はまだ自分を変えるために挑戦し続ける。
大勢の中に埋もれていくのに抗って走り続ける。
彼らのように人の心に寄り添える人になりたいから。
そして、それが私自身が此処にいることを証明する方法のひとつだと思うから。

『存在証明を鳴らせ』 (サイレン)

  • 投稿作品の情報を、当該著作者の同意なくして転載する行為は著作権侵害にあたります。著作権侵害は犯罪です。
  • 利用規約を必ずご確認ください。
  • ハートの数字はTwitterやFacebookでのリツイート・いいねなどの反応数を合算して算出しています。
音楽について書きたい、読みたい