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わたしにとっては、あなたたちこそが「とうとい」

flumpoolの活動休止を受けて思い起こした、ある一人の少女の半生

INTERROBANGの皆様へ
いつも応援ありがとうございます。
INTERROBANGサイトにて、大切なお知らせを掲載いたしました。
詳細はINTERROBANGサイト及び、オフィシャルサイトをご確認ください。
flumpool Official fan club “INTERROBANG”

 バンドからの「大切なお知らせ」が良い知らせであったのを見たことがない。
普段それほど聴いていないバンドであっても「大切なお知らせ」を見るとつい先を読み進め、いったい何事かと確認してしまう。そしてその先に待っている「大切なお知らせ」とは、その多くがメンバーの脱退などそのバンドがそれまでの形を失ってしまうこと、そして最悪の場合は解散、無期限活動休止などこの世から消えてしまうことの報告だ。それゆえ、flumpoolのファンクラブからこのメールを受け取った時は本当に心臓が止まった気がした。flumpoolは私の一番好きなものであり、今の私を作ったものであり、そしてこれからの私を決めたものでもあるのだ。大袈裟だと思われるかもしれないが本当なのだ。誰が何と言おうとも。

 15歳の頃、私は本当に平凡だった。朝起きて登校し、放課後は部活の弓道をし、帰宅したら大量の課題をこなし、終わったら眠りについて、翌朝起きたらまた登校する。毎日その繰り返しだった。もちろん日々の生活に特に不満は無かった。友達との学校生活や部活は楽しかった。帰宅して家族とテレビを見て笑いながら食べるご飯は美味しかった。ただ、特別に好きなものも、夢中になっている趣味も、将来やりたいこともなくただただ普通だった。私の毎日も、私自身も。

 そんな平凡で幸せな私の毎日に、彼らは突然やってきた。
 きっかけは弟だった。私には3歳年下の弟がいる。世の中の流行に敏い弟が、友達の多くが持っているポータブル音楽プレーヤーを欲しがった。そして弟は親に頼んでMP3プレーヤ―を買ってもらったのだが、それじゃ容量が足りなくなったと言って、しばらくしてウォークマンを買ってもらった。そうして2台持ちになった弟は、片耳にMP3プレーヤー、反対側の耳にウォークマンのイヤホンを付け、「こうやると2曲同時に聴ける」と言って遊んでいた。
 それって楽しいのかと疑問に思ったのと、なんとなく興味が湧いたのとで私もやってみた。操作方法が分からないので曲は弟に選んでもらった。その時だった。
 私の右耳に、安物のMP3プレーヤーからまっすぐにあの曲が滑り込んできた。

―よろこびも 悲しみも 星のない夜も 君という 花が咲く 涙が色付く
 二度と無い 一瞬を まっすぐに咲き誇れ かなわない輝きを 見つめていたい

 えっ、この曲誰の歌!?CMで聞いたことある!!めっちゃいい曲やん!!なんてバンド!?

 その曲に飛びついた私に弟は「フランプール」と答えた。

 フランプール知ってる、名前見たことある。
 どこで見たんだっけ、CMかな。
 綴りは確かflumpoolだったよな。

当時使っていたガラケーで検索すると、曖昧に記憶していた綴りは合っており、思っていたよりも若そうな4人組の写真が出てきた。

この人たちがflumpoolっていうのか。

一気に引き込まれてしまった。左耳にも流れていたはずの音楽はいつの間にか聴こえなくなっていた。

 その日から私はすっかりflumpoolに夢中になった。音楽プレーヤーを持っていなかった私は弟に毎日「プレーヤ―貸して!一曲だけ聞かせて!」と頼んだ。弟のプレーヤーに入っていたのは最新アルバム「What’s flumpool!?」だった。弟が2台持ちなのになぜか私になかなかプレーヤーを貸してくれなかったため、16曲すべて聴くのにずいぶん長い時間がかかってしまった。だが出会う曲出会う曲すべてになぜだか強烈に惹かれた。

―この瞳の輝きは君と生きた証 欲しがるままに 求め合っていい 恋をしようよ
―見上げた空の遥か彼方 故郷(ふるさと)の桜が ひらひら 舞いあがれと 今年も背中押す
―指で創ったフレイムを覗きこめば 遠くで手を振る 真っ白な僕がいる
 こんな風に生きてんだって たったひとつ 光る瞳で Yesと答えたい

耳に残る歌いやすいメロディと綺麗なサウンド。歌詞も気になり、歌詞を読みながら音楽を聴いた。そこに並んでいたのは、こちらが照れてしまいそうなまっすぐな恋心、夢を追って離れた故郷への思い、夢を追い続ける途中の不安と希望。歌詞もいい。

 今まで全然音楽に興味が無かったのに、どうしてこのバンドの曲だけこんなに好きなんだろう。こんなに聴きたいんだろう。理由は分からなかった。けど彼らの音楽を好きになった。通学電車の中や帰宅後、暇さえあれば彼らについて調べていた。
 
 「残像」という曲が、今放送されているドラマの主題歌になっているらしい。
 What’s flumpool!?の他にもう1枚アルバムがあるらしい。Unrealっていうのか、早く聴かなきゃ!
 そして彼らはそのアルバムのジャケットにお尻を出した自分たちの写真を使ってしまうような面白い人達らしい。

 ボーカルの色白で目の大きな人は山村隆太というらしい。
 ギターのぽっちゃりした人は阪井一生といい、下の名前はカズキと読むらしい。
 目が見えないほどもさもさした前髪の人は尼川元気というらしい。その人が弾いている楽器はベースといって、形はギターと似ているけど弦は4本で、ギターよりも低い音が出るらしい。
 ドラムのサラサラした長い黒髪の人は小倉誠司というらしい。
 全員が関西出身で、ボーカルとギターとベースは幼稚園からの幼馴染らしい。

 まだデビューして1年と少ししか経っていないけれど、もう武道館でワンマンライブをしたらしい。
 配信限定でリリースされたデビュー曲「花になれ」は異例の100万ダウンロードを記録したらしい。だけどその曲の作詞作曲は本人たちではないらしい。

 早々に達成した大記録や、デビュー1年での開催となった日本武道館でのワンマンライブ。flumpoolは異例の速さでこの世に出てきたことを知った。それと同時に、彼らを取り巻く様々な「音楽ファン」の意見があることも知った。

 デビュー曲が売れたのはCMのタイアップだったからだ。作詞作曲も本人じゃない。
 明らかに「大人の力」が見える。

 私が好きになったものは、世の音楽ファンからはなかなか厳しい目で見られているらしい。
 それでも私は彼らの音楽が好きだった。顔も見えない誰かの意見なんか気にならなかった。

 通学電車の中でもflumpoolが聴きたくて、初めてiPodを買ってもらった。
 初めてCDを発売前に予約して買った。
 初めて音楽番組を録画した。
 初めてテレビの向こうのミュージシャンを格好いいと思った。
 初めてファンクラブというものに入った。

 そして何よりも忘れられない初めてのライブだ。
 もちろんライブに行ったのもflumpoolが初めてだった。私が初めてライブに行くことができたのは高校3年生の時。2011年4月9日、Fantasia of Life Stripeツアーの福岡公演初日だった。あの日の感動は一生忘れない。

 ライブってどんな感じなんだろう。
 どのタイミングで立てばいいんだろう。
 演奏中はどんな風にしていればいいのかな。
 っていうか本当に本物が今から来るのかな。
開演前はすごく緊張して、隣にいる友達の腕をずっと掴んでいた。

会場が暗くなり、SEとともに雑誌やテレビでしか見たことがなかった4人が現れた。本物だ!

 隆太さんは写真で見るよりもずっとカッコいい。
 一生さんはテレビで見るよりも痩せている気がする。
 元気さん茶髪になってる。前髪も少し短くなったかな。相変わらず目は見えないけど。
 誠司さんって本当に細いんだ。あと少し猫背かな。

 そして演奏が始まった。
 いつもイヤホンを通してしか聴くことが出来なかった歌を今、目の前のボーカリストが歌っている。ギタリストがすぐそこでギターソロを弾いている。ベースとドラムの音は心臓まで直接響いてくる。私が好きなバンドって本当にカッコいいんだ!そう思った。

 この日がライブでの初披露だった「証」。音源の無い「ハイドレンジア」。隆太さんがアコギを抱えて一人で歌った「Over the rain~ひかりの橋~」。初めてのライブに私のテンションも最高潮で、すべて完璧に覚えている訳ではない。しかし目の前で演奏される大好きな曲たちに、人生で一番大きな感動をしたことは鮮明に覚えている。

 興奮が冷めぬまま帰宅し、翌日の公演に行く母と弟にライブの話をした。「ネタバレになるけんセトリは言わんけど」だなんて、覚えたてのライブ用語を使った。翌日ライブから帰ってきた母と弟も楽しかったと言っており、初日とはこの曲が違った、そっちの曲も聴きたかった、一生さんがMC中に食べたものが昨日とは違うねなどと話した。次のツアーは絶対に福岡公演2日間とも行く、と決めた。

 そしてその頃、私は進路を大きく変えた。特に好きなものも、将来やりたいこともなかった私は、それまでなんとなく地元の国立大の農学部を志望していた。お菓子が好きだから農学部で食べ物の研究するのなんて楽しそう。卒業したらお菓子メーカーにでも就職しようかな、程度だった。食品業界は需要が多いから仕事にも困らないよ、という母の助言も大きかったと思う。
 しかしこの時期に、仕事でも音楽に関わりたい、音楽を聴くだけではなくて発信する側にいたいと思うようになった。そして志望していた大学に音楽や音響を扱う学部があると知った。ここしかない!そう思った。
 そして進路変更について両親を説得しにかかった。父は「あんたの人生なんだから」とあっさり認めてくれた。しかし心配性の母がなかなかいい顔をしてくれなかった。母は自身が薬剤師であり、現在でもパートタイムの勤務でなかなかの収入を得ている。資格があるから仕事に困ることはない。自身が安定した仕事をしているからこその心配だったのだと思う。

 音楽の仕事するって、東京とかにいくと?
 安定した職業がいいよ、将来何があるか分からないんだし。
 音楽の仕事って就職も難しそうだよ。
 エンタメ系の仕事はお給料だってそんなに良くないと思うよ。

母が意地悪で言っているのではないことは分かっていた。しかし私は、安物のMP3プレーヤーから流れてきたあの曲に一気に引きこまれたあの日の初期衝動に、そしてあの日のライブで感じた、大好きなバンドが大好きな曲を自分の目の前で演奏している感動に突き動かされていた。

 東京にでも行くよ、福岡に音楽の仕事がないなら。
 安定した仕事は良いと思う。でも私はその仕事はしたくない。
 音楽の仕事がしたいから何とかして探すよ。
 いくらお給料が良くても、やってて楽しくない仕事なんかしたくない。

私ってこんなに頑固者だったのか。母の助言をすべて突っぱねた。私のあまりの頑固さに、最終的には母も折れてくれた。

 そして努力の甲斐あって第一志望の大学に合格した。入学してすぐに軽音楽部に入部した。音楽初心者ではなかったため入部しやすかったというのもあるが、何より私も音楽をやりたかったからだ。憧れの彼らと同じように。
 彼らの中でも特に、ステージの真ん中でギターを抱えて歌っている隆太さんに惹き付けられていた。自分の言葉を自分の声で歌う姿がカッコいい。歌いながらギターを弾いているところも。だからパートは迷わずボーカル。そしてギター弾いたことないけどギターボーカルがしたい。先輩に付き添ってもらい初めて訪れた楽器店で選んだギターはもちろんFenderのTelecaster。白にするつもりだったけれど、お店に並んでいたソニックブルーの方が可愛くて、隆太さんのものとは色が違うがそれを選んだ。

 軽音楽部なのだから当然であるが、周りは当然音楽ファンばかりだった。好きなバンドは?という話題になるとみんな様々なバンドを口にした。彼らが好きだというバンドは、テレビよりも音楽雑誌で見るバンドや、名前すら初めて聞くような洋楽バンドがほとんどだった。
 flumpoolが好きだと答える人はいなかった。flumpoolが好きだというと、あああのバンドか、とネット上の人々と同じような反応をする人もいた。大人の力で売れたんでしょ、などと露骨に言われたこともあった。パソコンの画面の向こうの、顔も見えない誰かの評価ならいくらでも無視することが出来た。でも目の前の人に直接言われると流石に傷ついた。

 やっぱり私の好きになったものは、世の音楽ファンからはなかなか厳しい目で見られているらしい。

 好きなものを否定されるというのはなかなかに辛い。発言者にそんなつもりはないことが多いが、自分まで否定されたような気分になってしまう。
 好きなものを悪く言われるのは嫌だ。それで嫌な思いをするのなら、好きなことを表に出すはやめた方がいいのかな。そう思い、好きなバンドを聞かれた時にflumpoolの他に、いわゆる「音楽ファン」が好きそうなバンドをいくつか挙げて何となく誤魔化していたこともあった。もちろん列挙したバンドも本当に好きだから嘘ではない。けれど、そんな答え方をするたびに、flumpoolに対しても、そして誤魔化しのために名前を挙げているバンドに対してもなんだか申し訳ない気持ちになった。
 そんな答え方をしているうち、徐々にこんなの変だよな、という感情が生まれた。「好きなバンドは?」と聞かれて好きなバンドを答えているのだから私は何も悪くない。彼らを厳しい目で見ている世の中はいったん置いといて、彼らを好きなことを隠している私の方がきっとおかしい。私が自分の好きなものを隠さなければならない理由はない。何かを好きでいることに資格が必要であるとするならば、それは「堂々と好きだと言えること」ではないか。そう思った。

 それからは、好きなバンドを聞かれたら「flumpool」とだけ答えるようにした。
 好きなものは好きなのだ。誰が何と言おうとも、理由は分からなくても。そして自分の好きなものが自分にとって大切であるように、誰かが好きなものはその人にとって大切なものなのだ。だからたとえ自分がそれを理解出来なくても、それを否定する必要は無いし、してはいけない。他の人の好きなものを、自分の尺度で否定することはしないという数少ない私の長所は、彼らのおかげで手に入れることが出来た。

 flumpoolが好きだと言っていたら、自分の1つ下に入学してきた後輩が自分もファンですと声をかけてくれた。彼女とは一緒にライブに行くようになり、特別に仲良くなった。好きなものを好きだと言っていたおかげだ。

 大学入学以降、私は彼らのライブを見るためにあちこち飛び回った。神戸に行って新幹線の乗り方を覚えた。大阪に行って夜行バスの乗り方を覚えた。東京に行って飛行機の乗り方を覚えた。初めての夏フェスに行く途中、静岡で一人道に迷ったこともあった。ライブのために遠くに出かけ、観光して帰ってくるのはとても楽しい。そのためにバイトも始めた。彼らを追いかけているうちに出来るようになったことがたくさんあった。

 周りの人を盛大に巻き込みながら、そして日本中あちこち飛び回りながらファンを続けてもう9年目。flumpoolを好きになってから他の音楽も聞くようになり、他に好きなバンドも少しずつ増えていったが、一番好きなのはいつだってflumpoolだ。

 そして2017年になり、大学院にまで進学した私にもいよいよ就活の時期がやってきた。
 音楽を届ける仕事がしたい、音楽を届ける側にいたいと決意して受験する大学を決めた時は、レコード会社やイベント会社に就職するつもりだった。だが大学+大学院生活を通して考えが変わり、メーカーの音響機器部門を第一希望にして就活をした。自分が好きなことをやりたいという意思を貫いた就活の結果、来年から希望通り音響機器の設計に携われることになった。当初予定していた職種とは変わったが、これも音楽の側にいられる仕事だ。
 彼らを好きにならなかったら、私は大学での専攻を音楽や音響にすることはなかった。そして来年からの仕事を音響機器の設計にすることもなかった。心の底から何かを好きだという気持ちはこんなにも強い。彼らを追いかけていたらいつの間にか自分にもやりたいことが出来た。そしてそれを掴むことが出来た。

 自分の好きなものを堂々と好きでいること、大切にすること。そして他の人が好きなものを傷つけないこと。自分が直感で好きになったものを信じて、自分の将来を自分自身で決めること。今の私の大切な信念だ。私がそれを手に入れたきっかけはいつだって彼らだった。

 だからflumpoolは私の一番好きなものであり、今の私を作ったものであり、そしてこれからの私を決めたものでもあるのだ。大袈裟だと思われるかもしれないが本当なのだ。誰が何と言おうとも。たとえ本人たちが「大袈裟や」と否定しようと。

 そうして私の来年以降の居場所が決まったのが2017年の春。その頃flumpoolは3度目の武道館公演を大成功させた。秋からはRe:imageツアーが始まった。

 flumpoolのファン仲間ということで仲良くなった後輩は現在兵庫に住んでいる。Re:imageツアーの神戸公演の後、楽しかった?と連絡すると彼女はもちろんと答えた。だが同時に「隆太さんって今喉壊してるんですか?」と尋ねてきた。神戸公演は九州での公演よりも前だったため、この時点で私は彼の調子については何も知らなかった。神戸公演では高音が出ていないことがあった、心配になる感じだったと彼女は言っていた。
 
 その3週間後、私は母と一緒に熊本公演に行った。
 開演時間を5分ほど過ぎて鳴り響く一生さん渾身のSE。ステージ前面の紗幕に映し出される東京の街。白い照明がスモークでいっぱいのステージを照らした。スモークに隠れていつの間にかそこにいた4人の立ち姿は今日もカッコいい。

 1曲目がWorld Beatsだなんて最高だ。初っ端から裏切られた。
 久しぶりのHello。大好きなバンドの生演奏をバックに大合唱できるのはとても楽しい。
 アルバム「EGG」の中で一番好きなDILEMMAを聴けて良かった。
 そして本編最後の新曲が本当に良い。これまでにあるようでなかった雰囲気のメロディに、flumpoolらしい、隆太さんらしい優しい歌詞。今日のライブも最高に楽しかった。
 その2日後の福岡公演には友達と向かった。その日も文句なしに楽しかった。ただ、熊本でも福岡でも、隆太さんが少しだけ歌い辛そうにしているときがあったような気がした。私は後輩の言葉を思い出していた。
 そしてその後の横浜公演で本格的に隆太さんの調子が良くなかったということを、彼のブログと横浜公演に行った友人から知った。
彼がブログで、無理して強く振る舞っているように見えた。本当に大丈夫なのだろうか。実はすごく悪いのではないのだろうか。ステージ上では決して弱い顔を見せない、プロ根性の据わったボーカリストが心配になった。ツアーと年末のカウントダウンライブが終わったらしばらくライブは無いかもしれない。そう直感した。

 そして12月6日、20時ちょうどにファンクラブからそのメールが来た。
 バンドからの「大切なお知らせ」は99.9%、良いお知らせではない。
 カウントダウンが中止になったんだろうな。そう思いながら開いたURLの先には「活動休止」の文字。心に穴が開いたようだった。

 カウントダウンライブが中止どころか、まだ4公演残っているツアーも完走を待たずに打ち切り。いつ戻ってくるかは書かれていない。なんとなく予想していたことではあったが、実際に告げられるとどうしようもなく動揺する。一番好きなバンドからの「大切なお知らせ」がこんなに心臓に悪いものだとは知らなかった。flumpoolに限ってそんなお知らせをすることは絶対にないと思っていた。

 実は彼らにも一時期、バンド解散の危機があったそうだ。彼らはあまり詳細には話さなかったが、世の中が彼らを厳しい目で見るのと同じ理由で、彼ら自身は世間が思う以上に悩んでいたのではないかと私は思う。しかし彼らは自分たちの音楽を手放さなかった。flumpoolであり続けてくれた。
 そして今年行われた、3度目の武道館公演。「武道館に良い思い出がない」と言っていた4人が口を揃えて「大成功だった」と言った。その公演を観て感じたことがあった。彼らは強い。あの4人は絶対に自ら音楽を手放すことはない。だから私は活動休止の知らせを受けて最初はそんなまさかと信じられない気持ちになったが、すぐに「絶対に戻ってくる」と彼らを信じることが出来た。これはもう長年のファンの勘だ。多少おこがましいかも知れないが。

 そして彼らが活動休止を発表した20日後というタイミングで、ニューシングル「とうとい」がリリースされた。このタイミングでのこの曲のリリースには、いろんな意味でやられた。
 まずはプロモーションがないことにやられた。新曲のプロモーション時期にはだいたいメンバーの誰かが福岡に来てラジオに出演するのだが、当然ながらそれがなかった。彼らが活動休止中であることを実感してしまった。
 そして歌詞にやられた。リリースの前日に購入し、帰宅して真っ先に開いた歌詞カード。そこには今まで以上に優しく、説得力のある言葉達が並んでいた。ツアーでその言葉を歌っていた彼がいない今、その歌詞がさらに心に突き刺さった。

―ただひたすらしぼんでく心 膨らませる毎日の中
いっそもう捨て去ってみようなんて そんな勇気もなかったけれど
―どうして生まれたのかなんて そう思わないでいてほしい
夢とか光とか なくしたって与えているんだ 強さをくれるよ そう君に会えない夜だってさ

彼らは、きっと自分達だって負けそうになったり諦めそうになったりしながらも強く夢を追いかけてきたのだ。そして自分たちは強くある一方で、目の前の「君」に対してはいつも全てを受け入れた上で優しい言葉をかけてくれる。こんな優しく強い歌を歌う彼らが、戻ってこないはずがない。

私は、彼らが届けてきた言葉たちが、まさに今彼ら自身を励ましてくれることを願っている。

―速度を上げるばかりが人生じゃないから 自分らしくでいいさ 助走をつけて未来へ

厳しい目で見られていた時期は長かったはずだ。それでも負けずに、音楽を手放さずに駆け抜けてきた彼らが「活動休止」という選択をした。だとすれば、それはきっと来たるべき10周年に向けて助走をつけるための期間ということだろう。

―――時を 急かして 飛ばして きっとまたすぐに逢えるよ

彼らは必ず帰ってくる。それはきっと、私たちが思っているよりも早い。これも長年のファンの勘だ。

 彼らが私たちの前に帰ってくるのが、デビュー10周年となる今年の10月1日になるのか、それよりも早いのか、遅くなるのかはまだ分からない。だがそれがいつになったとしても、しっかりと助走をつけて飛び出してくる彼らの復活ライブは絶対にすごいことになる。
 いつか必ず来る彼らの復活の日、そのライブは絶対に見逃すわけにはいかない。ただ、今年までと違って来年から私は社会人。その日がもし平日だったらどうしよう。何としてでもその日は休みをもらわなければならない。私はすでに頭の中で、その日はどうしても休みをください!お願いします!と、まだ顔も知らない上司の顔色を伺っている。

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