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新生・真空ホロウをうけいれて

変化を受け入れるということ

昨年11月から12月にかけて、真空ホロウの自主企画ツアー『真空パック vol.12 ~○○○をうけいれて~』が行われた。サブタイトルにある”うけいれて”というワードは、昨年5月にアルバム『いっそやみさえうけいれて』が発売されて以来ライブやツアーのタイトルに繰り返し用いられてきたものだ。彼らにとっては単なる言葉遊びに過ぎなかったのかもしれないが、私はこの”うけいれて”がずっと心に引っ掛かっていた。それは私がこの2年程の間、真空ホロウを受け入れきれずにいたからである。

その理由は2つあり、まず1つはバンドの体制が大きく変わったこと。真空ホロウは以前は男性3人のスリーピースバンドだったのだが、2015年7月に松本明人(Vocal/Guitar)以外のメンバー2人が突如脱退。その後約1年半の松本のソロプロジェクトとしての活動を経て、昨年3月にサポートメンバーだった高原未奈(Bass/Chorus)が正式加入し2人体制になった後、11月にはMIZUKI(Drums/Chorus)が正式加入し、再びスリーピースバンドとして活動をスタートさせている。5年前に出会ってからこれまで3人、1人、2人、3人と変わっていく真空ホロウを見続けてきた私であるが、あまりにも突然すぎた元メンバーの脱退を引きずる気持ちがもう完全に消えたかというと決してそうではなく、ふとした時に昔を思い出して比べてしまうことがあった。
そしてもう1つは、楽曲の雰囲気が変わったこと。昔は暗い曲や荒々しい曲が多かったように思うが、最近は明るい曲や優しい曲が増えた気がしていて、私の乏しい語彙力では上手く説明しきれないのだがとにかく以前とは「変わったな」と感じていた。

真空ホロウに限った話ではなく、それまで好きだったバンドに対して「なんか変わっちゃったな」と感じた経験がある人はきっと少なくはないだろう。実際私にはその経験が何度かあり、昔はよく聴いていたが今は聴かなくなってしまったバンドがいくつもある。
ただバンドが変わったと感じるのには、メンバーチェンジや音楽性・方向性の変化などももちろん理由になり得るだろうが、変わるのは決してバンドだけではない。私も含めリスナーの好みや感覚だって変わっていくし、全てを取り巻く環境も日々変化していく。何事も変わっていくのは当たり前のことで、新しい真空ホロウを受け入れられないのならば、過去に聴いていたバンドと同じように追うのをやめればいいだけの話だ。しかし私がそうしなかった、いや出来なかったのは、私が松本明人の歌声と彼の作る曲がたまらなく好きだからということに他ならない。だからこそ私の葛藤は続いた。この先もずっと聴き続けていたいのに変わっていく真空ホロウについていけない自分は、もしかしたらこのまま昔好きだったバンドと同じように真空ホロウを聴かなくなってしまうのではないか…そんなことが頭をよぎる度、寂しさやむなしさや後ろめたさでいっぱいになった。
 

そんな私の気持ちを変えたのは、12月7日の下北沢SHELTER公演だった。
この日の1曲目『開戦前夜』が始まりすぐに気付いたことがある。それは音、熱量、メンバーの目付きや表情、どれをとってもこれまでとは明らかに違っていたことだ。この3人でのライブはこれまで何度も見てきていたが、ドラマーMIZUKIの加入後初のこのツアーで仙台・水戸・福岡・大阪・名古屋と各地を回ってきた彼らは、バンドとしての一体感を驚くほどに高めていた。
《スタートラインに立って ひとつになって
その扉を開いて 差し込んだ光
雲ひとつない空に 手にした希望 離さないように
昨日には戻れないから》
このツアーの1曲目にこの曲を選んだのは「この3人でこれから真空ホロウを作っていくんだ」という決意の表れだったのだろうか。真偽は定かでないが、少なくとも私には彼らのそんな強い思いを感じ取ることが出来た。
途中、MCで高原が「言うつもりなかったんですけど…やっぱりツアーファイナルって特別じゃないですか」と言っていた。ライブが始まるまで私は特に意識していなかったのだが、ツアーファイナル、しかもこの3人になって初めてのツアーファイナルという特別感がこの日の彼らの結束をより強いものにしていたこと、そしてそれが演奏に表れていたことは間違いないだろう。

この日のライブは素直に楽しかった。終わってからあんなに晴れやかな気持ちになった真空ホロウのライブは正直なところ久しぶりで、そんな気持ちにさせてくれたのは、やはり彼らのあの強い一体感のある音だった。これまで弾き語りやアコースティック編成の真空ホロウも見てきたが、やはり私はバンド編成の真空ホロウがいちばん好きだった。全員が正式メンバーとなったことでまたバンドの真空ホロウの音を安心して聴けるようになったことがとても嬉しく、この2年間私はあのような真空ホロウの音を求めていたのだなと思った。

そんなことを考えているうちにふと頭に浮かんだのは、「私はこの2年間”今”の真空ホロウをちゃんと見ていただろうか?」という疑問。変わったことに戸惑い嘆くばかりで、真空ホロウが何故変わったのか、どう変わったのかを知ろうとしていなかったことに、この時ようやく気が付いたのである。
 
 
 
 

そもそも元メンバー2人が脱退した時、松本明人が1人でも真空ホロウを続けることを選んだ理由は何だったのか。

  僕は音楽的にもっと歌やメロディを大事にした方向にいきたいとずっと思っていて、2年前のアルバムもそういう方向で作ったんです。でも他のメンバー2人はもっと難しいことをやりたかったみたいで、それとは正反対の方向を向いてしまっていて。 (中略) その後もしばらく話し合った結果、2人とは別々の道を行くという話になったんですけど、自分は1人になってもやろうと思っていて。だからといって、“松本明人”のソロ名義になるっていう考えにはならなかったんです。“真空ホロウ”を捨てる意味がないと思ったから(※1)。

ソロ名義ではなく”真空ホロウ”として「歌やメロディを大事にした方向にいきたい」と思っていたということは、ベーシスト高原未奈が選ばれた理由が”歌いやすいベースだったから”ということとも繋がる。
そして高原が加入し2人体制となった真空ホロウが昨年5月に発表したアルバム『いっそやみさえうけいれて』は、これまでよりも表現の幅を広げた1枚だった。それは高原の存在があってこそのことで、「昔からロックの枠を超えたところにも行きたかったけど、行けなかった」という松本は、高原について「僕と被っていない音楽に関する造詣も深いんですよ。それで、僕のロックからはみ出した部分を、“キュッ”としてくれるんです。上手く纏めてくれるので、僕が本当にやりたいことを詰め込むことが出来た」と話す(※2)。
この『いっそやみさえうけいれて』というタイトルにはどのような思いが込められているのだろうか。まずこの”やみ”というワードには”病み”と”闇”の2つの意味が込められているといい、

  曲を聴いて、その人の持っている「やみ」を、悪あがきではなく昇華して受け入れて、そしたら今まで見えていなかった光も見えてくるんじゃないかって。いっそ「やみ」さえ受け入れてしまえば。そう考えた時に、今回のタイトルが出てきたんです(※3)。

彼らのその思いが集約されている曲が、8曲目に収録されている『ラビットホール』。この曲は、聴く人を光のほうへと導く曲だ。
《雨も 涙も 血も 愛も 全部
あらゆる邪魔者 抱きしめて
ヒカリノホウへ
ヒカリノホウへ
あの声のする闇の先へ
行こうぜ 行こうぜ》
この”ヒカリノホウへ”という呼びかけは、ドラマーMIZUKIの加入によりさらに強さを増すこととなる。MIZUKI加入発表時に松本は次のようにコメントしていた。

  僕は今までこんなに笑顔が煌びやかな人と会った事がないのに彼女は真空ホロウがとても似合います。彼女が加入したことでみんなをヒカリノホウヘ導く力が、より一層強くなっていくと確信しています。当たり前の日々のやみを俺らの光で笑い飛ばせよ(※4)。

これらのことから分かるように、今の真空ホロウのテーマは光であり、今彼らが目指すのは、聴く人のやみを照らす光になること。そしてそれはただ明るいだけの光ではなく、やみがあるからこそ輝きを放つ光。

以前まで、私は真空ホロウに対してやみを感じたことはあっても光を感じたことはなかった。インディーズ時代のファーストミニアルバム『contradiction of the green forest』は松本明人が自身の抱える思いをただひたすらに吐き出したものだったし、私が出会った頃の彼はまるで人を拒んでいるかのような雰囲気で歌っていた。ここ数年における彼の変化はきっと多くの人が感じていることだろう。昔はライブ中ほとんど言葉を発さなかったのが今ではMCでよく話すようになり、長い前髪で隠れてどこに向けられているのか分からなかった視線は観客の瞳に向けられるようになった。
彼が変わるきっかけとなったのは、元メンバーが脱退してソロになった時のこと。

  “なぜ自分は音楽をやっているんだろう?”と思い返したというのがあって。あと、真空ホロウという看板を背負って10年経って、“真空ホロウって、なんだろう?”と思って。その時に、真空ホロウというのは何もない状態を現した言葉なのに、何をそこに自分は固定概念を付けているんだろうと思ったんです。音楽性に限らず、キャラクター云々といったことも含めて。そうじゃなくて、普通に生きている松本明人という人間を出さないと嘘になると思って。それで、普段の生活から、こういう風にインタビューを受けたりする時から、ステージに立つ時から、もうすべてに素の自分を出すことにしたんです。そういう風に内面が変わったら、歌も変わりました(※2)。

彼が変わった理由は自分自身を受け入れたからであり、そんな彼をさらに変えたものがあった。それは他者の存在だ。
12月7日のライブで本編最後に演奏されたタイトル未定の新曲。この曲は昨年夏のツアー『いっそみなさえうけいれて』で初披露された曲なのだが、その際彼は、一時期見える景色が色を無くしてモノクロになってしまっていたことを明かし「それに再び色をつけてくれたのはあなた方です」と言った。
《枯れない花がないとかいうなら
今日の僕らで種を蒔いてみよう
そしていつしか花開く時を信じて
今日の僕らの美しくて強く愛しい涙をあげよう》
かつて人を拒むかのように歌っていた彼は今、自分を変えてくれた人に対する感謝を込めて、聴く人に優しく手を差し伸べる歌を歌っている。

ここまで真空ホロウが変わったと言い続けてきたが、松本明人が変わったからこそ真空ホロウは変わったのだと思う。自分自身を受け入れ、高原未奈を受け入れ、MIZUKIを受け入れた彼は、バンド・真空ホロウの要として聴く人を”ヒカリノホウヘ”と導こうとしていて、スリーピースバンドになった新生・真空ホロウは、この先”ヒカリノホウへ”と突き進むのみなのである。

実をいうとこの”ヒカリノホウへ行こうぜ”という真空ホロウの呼びかけに、これまで私は全く興味を抱いていなかった。何故なら私はひどく卑屈な性格で、こんな自分には光などというものは似合わないと思っているし、自分の未来に対しても希望を抱いていないからだ。だからこそ《僕の身体が腐敗すればこの街は明るくなるのかな》(The Small world)、《永遠じゃないことなど信じたくないわ》(シンデレラコンプレックス)、《今だってそう吐き気がするほど劣等感で一杯です》(アナフィラキシーショック)、《世間の目線が気になり過ぎてるだけじゃないって信じさせて》(バタフライスクールエフェクト)と歌う真空ホロウに惹かれたのである。ただ私のその性格が、傷付くことを最小限にとどめる代わりに正も負も含めたあらゆる感情を私から奪っていることには以前から気が付いていたが、今更変わることは出来ないと諦めてずっとやみの中を彷徨ってきた。
でも今こうして真空ホロウと松本明人の変化について改めて考えてみたら、彼らの示す”ヒカリノホウ”を見てみるのも悪くはないのかもしれないと思うようになった。何故なら”ヒカリノホウへ”向かう今の松本明人は、以前よりも断然良い表情で、感情のこもった素敵な歌を歌っているように思うから。私も自分のやみを受け入れて光を見つけたら、感情を取り戻すことが出来るだろうか。真空ホロウは、こんなどうしようもない私のことも”ヒカリノホウへ”と導いてくれるだろうか。先のことなど分からないが、今はひとまず彼らの音楽を信じてみようと思う。

新生・真空ホロウをうけいれた今思うことは、バンドというものは変わり続けていくものであり、今の真空ホロウは今しか見ることが出来ないということ。私は変化の最中にいる彼らをこれからも追い続け、その変化をこの目と耳で確かめていたい。再びスリーピースバンドとして歩み始めた真空ホロウが2018年はいったいどんな音楽を届けてくれるのか、今はただただ楽しみである。
 
 
 
 
 
 

(※1) JUNGLE☆LIFE『いっそやみさえうけいれて。そのさきにあるひかりのほうへ』(2018年1月7日閲覧)
(※2) BARKS『【インタビュー】真空ホロウ、豊かな音楽性が花開き多彩さと完成度の高さを兼ね備えた新作『いっそやみさえうけいれて』』(2018年1月7日閲覧)
(※3) VANITYmix マガジン『真空ホロウ WEB LIMITED INTERVIEW』(2018年1月7日閲覧)
(※4) 音楽ナタリー『真空ホロウ、ドラマーMIZUKI正式加入で再びスリーピースバンドに』(2018年1月7日閲覧)

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