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大人になるということ

私の彗星 10-FEET

言葉にも叫びにも出来ない感情が一気に溢れた。

「こんばんは10-FEETです!!『蜃気楼』!!」

2017年12月29日、COUNTDOWN JAPAN。
そう叫んだ10-FEETのボーカル、TAKUMAと私の間を遮るものは何もなかった。精一杯に伸ばした手の指と指の間から透けて輝く照明の中に、今にも手が届きそうな距離で10-FEETのメンバーが一層輝いていた。夢なのか現実なのか最早分からなかったし、夢でも何でもいいと思った。

『蜃気楼』

TAKUMAのその言葉を聞いて一瞬、私は電気が走ったように固まってしまった。

まさか、まさか聴けるなんて思ってなかった。
そんな心の準備は出来てなかった。

私の思いなんか他所に、イントロがこの巨大なEARTHステージを閃光の如く突き抜ける。

私がどんな表情をしていたかとか、どんな思いで聴いていたとか、そんなこと全く覚えていなくて、ただこれまで生きてきた中でこんなに音楽を愛する気持ちだけで涙が溢れてきたのは初めてだった。
 

そして思い出すのはこの曲との出会い。
 
 

あれは去年の夏頃の事だった。
何においてもしっくり来ないと言うか何か違う気がしてたまらなかった時期があった。
誰に相談しても「まぁ高校生ってそういう時期なんだよ」と済まされてしまい、そんな短い言葉で表せるほど単純な問題ではないんだと何かとイライラすることが多かった。

昔はあんなに泣けた映画も、感情移入しすぎて自分が主人公なのではないかと錯覚に陥った事もある小説も、3年ぶりに会う友達も、何故か色褪せて見えるようになった。
今ひとつ何かが違う。
何を忘れてるんだろう。何処かで何かを失くしたのだろうか。
音楽を聴いても歌詞が入ってこない。
友達と話していても上の空で、しまいには「薄情だよね」と言われてしまうほど激しい喪失感というか虚無感を感じていた。

いつものように淡々と学校に行き、部活をして、塾に行き、家に帰ったその日。
あぁそういえば先週のラジオ聴き逃したなと、動画アプリを開いて目的のものを探していた時、

「10-FEET 蜃気楼」

こんなタイトルと、ギターを持ち優しく気持ち良さそうに歌うTAKUMAの姿がおすすめ欄に並んでいた。

あれが衝動と言うものだろう。
すぐさまその動画を開いて、イヤホンの音量を少し上げた。

歌詞が入ってきた。
ストレートに、自分と重なって、凍っていた心に熱湯を注がれたような感覚に支配された。

こんなにも言葉で歌うバンドがいるのか。
こんなにも伝えたい事をはっきりと重みのある言葉でメロディーに乗せられる人がいるのか。

当時の私にとってその曲は突然現れた彗星の様だった。
 
 
 

「笑ってみても(笑ってみても)泣いてみても(泣いてみても)
あの頃の様な高揚も弱さも無くて
孤独ささえも肯定して強くなっちゃって
カッコつけた背中は滑稽に言い訳こぼした」

『蜃気楼 ー 10-FEET』
 
 
 

はじめのフレーズから、その言葉は私に鋭く突き刺さった。
そしてバラードに出来るような優しくはっきりとしたメロディーではじまる少しゆったりめのロックサウンド。
TAKUMAの喋っているような歌い方が感情を大きく揺さぶる。

私は何かを絶対に忘れてしまった。
小さかったあの頃には戻れない。
このまま、薄情なまま、あの頃の高揚も弱さも味わえずに終わるのかもしれない。

それでいいのか。何か思い出せないのか。

ぐるぐるぐるぐる頭の中で自問自答の繰り返しが起こる。
 
 
 

「日々に擦り切れて 青空が切なくて 見え透いた優しさが綺麗で」
 
 
 

ギターの刻みが激しくなる。
それに並行して私の胸の高まりも最高潮に近づく。

あ、なんかこれ、懐かしい。

まさにそれであった。
彼らのこの曲を聴いたことで私の心が解凍された。
答えはすぐそこにあった。
 
 
 

「見失っても遠くに消えても 繰り返しの日々も表情の無い日も ああ 僕はぎこちない朝 また同じ夢を見ていた」
 
 
 

感覚が彗星に乗って私の所へ戻ってきたように感じた。
この曲の主人公は私なのではないかと錯覚に陥る程に。

毎日ぎこちない朝を過ごした。
毎日同じ夢を見たかのようなつまらなく淡々とした表情のない日々の繰り返し。
小さかった頃のあの感動や弱さや全てを見失って、それでも何も無かったかのように格好つけて過ごしていた。
 
 
 
 

「見失ったあの頃の夢も 今では明日を生きる意味で ああ 僕は少し大人になって 驚き方さえ忘れた」
 
 
 
 

少し生き返った私の感情でも、もう小さかった頃のような純粋で繊細な感性には戻れない。

そんなことは分かっていた。
 

でもそれでもいいんだと、TAKUMAに教えてもらってもらった。
 

大人になってしまった自分、子供だった自分、どちらの自分も捨てずにどちらの自分のことも愛することが大切だと教えてもらった。
 

驚き方さえ忘れてしまったけど、あの頃沢山の驚きを経験した自分は覚えている。

それでいい。

それが大人になるということだと、分かった。
 
 

そしてこの曲の最後の歌詞はやはり、
 
 
 

「僕はぎこちない朝 また同じ夢を見ていた」
 
 

私はこれから毎日同じ夢を見るかもしれない。
でもその夢は、沢山色々な夢をみていたあの頃の私が主人公の夢かもしれない。
 

いつまでもいつまでも、子供だった頃のことを忘れない大人になりたい。

なってみせる。
 
 

10-FEETのおかげで私は一歩前に進めた。
 
 
 
 
 
 

「ありがとうございました〜!!!!!!」
 

最高の1時間をプレゼントしてくれた10-FEETの3人がステージ上で手を繋ぎ、一礼した。

年末にして今年1番泣いたような気がした。

笑顔で去っていく3人を目で追った。
 

大きく息を吸いこんで、3人に向かって叫んだ。
 

「ありがとう」

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