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僕の“がらくた”な毎日に価値を与えてくれた桑田佳祐

「桑田佳祐 LIVE TOUR 2017 がらくた」で渦巻いた悲しみと希望

冷静に部屋を見渡すと、本当に生きる上で必要な物の少なさに驚く。見栄で買った値の張る腕時計、衝動買いした映画キャラのフィギュア、本棚に格納しきれないCDやDVD……極論ではあるが、無くても、どうにか生きてはいける物で溢れかえっている。ま、無駄が嫌いなわけではないし、無駄こそ人生に色艶を付けると思う性質だが、生命を紡ぐのに必要かって基準で考えれば、言ってみれば、これらは全て“がらくた”と括っていいだろう。そんな、“がらくた”が、“がらくた”であってもいい、むしろ、“がらくた”だからこそ必要だと思わせてくれたのが桑田佳祐だった。

秋深まる2017年11月、薄手のジャンパーを着てきたことを後悔しながら水道橋の駅に降り立つ。2017年の秋から冬にかけて五大ドームを含む40万人を動員する大規模ツアーを繰り広げている桑田佳祐の「がらくたツアー」の東京ドーム公演を観に来たのだ。(ツアーが長期間にわたっている為、ネタバレを極力隠すという目的で今日まで投稿は避けていた。)

2017年8月に発売された最新作『がらくた』を聴き込んで、この日に至った。桑田佳祐の新作を聴くたびに毎回思うのは、ポップ、ロック、ジャズ、レゲエ、歌謡曲、全ての音楽のエッセンスが入った、楽曲のふり幅の大きさ足るや邦楽界随一であるということ。過去に小林武史氏がこう発言したことがある。「(どんなに売れても)桑田さんのように多様性がないと飽きられてしまう」。まさしく桑田佳祐の才能を的確に表した最たる表現だ。桑田自身のディスコグラフィーを見ても、同様な作品は無い。それこそ飽く無き探究心の末に成り立つ作品だ。それが、ドームという巨大なステージだと、どう栄えるのか楽しみだった。

結論としては、ポップ・ミュージックの最高峰を自ら更新していた、そんなライヴだった。桑田佳祐のライヴを「凄まじかった!」「良かった!」と形容するのも、常套句化しているのは十分に承知の上だが、それでも桑田佳祐のライヴは凄いと言いたくなった。

なんでこんなにも大衆の心を鷲掴みに出来るのか? そんな問いかけをしながらも、ライヴの途中で、はっと気付く。桑田ソロの楽曲群は、パーソナルな部分が全面に押し出されたものが実に多い。パーソナルな部分とは、“孤独”や“成就しない恋愛”を憂うものだ。サザンとは違う。大スクリーンに映し出された歌詞を見ながら改めて聴くとめちゃくちゃ切なくなる。最新作『がらくた』の楽曲群も例外ではなかった。

少し例を挙げれば、「愛のささくれ~Nobody loves me」では《Nobody loves me/モテないんだもの/あんなに恋して燃えて》《マブい娘はもう誰かのもの/呪うよ幸せを》と冴えない男心を歌う。2000年に桑田が出演していた「音楽寅さん」では、自身の学生時代を振り返り、共演者のユースケ・サンタマリアに「桑田君は面白いんだけど~(恋人対象ではない)」と、ピエロ気質がゆえにモテないことを暴露し、ユースケの青春期も同じだったことで握手していたっけ。
精神的にプラトニック、ずーっと「還暦ライク・ア・バージン」なんだと桑田は言うが、個人的には、自らのコンプレックスをこういう形で表現できる男はかっこいいと思う。

また、至極のバラード「ほととぎす[杜鵑鳥]」では《星の瞬きより/儚い人生(いのち)と/君と出会って覚えた/砂の粒より小さい運命(さだめ)忍んで》と、人生の儚さや切なさを歌った。限りある生命の儚さを描いた哀愁漂う詞を、ここまで美しい旋律に仕上げてしまうのだから桑田が抱いている人生観というのは美しい。

往年の名曲である「東京」も「白い恋人達」も同様に孤独が歌われているし、今や夏の代名詞的名曲「波乗りジョニー」で描かれているのも、成就しない恋だ。そことなく孤独を感じ、寂しいなと思ったりもしたが、これこそ桑田ソロ楽曲の一貫した共通項であるのだ。

特に現代人は孤独を抱き生きている。それをカヴァーするようにSNSが台頭し、表面上の人間付き合い(いいね)が飛び交う。少しでも多くの“いいね”を獲得しようとするあまり、逆に根源的な寂しさから逃れられなくなっていく悪循環。リア充なんて言葉に憧れて、何も特別じゃない自分の日常を憂い、それこそ“がらくた”な日々だと、ため息をつく。そんな孤独な世の中で、桑田は“憂い”を歌う。

けど、最終的に我々は桑田楽曲に希望を見出す。それは、憂いを歌う桑田自身の生き様が希望に満ち溢れているからだ。この日の公演でも、「ついこの前、内視鏡検査をしてきました。OKでした!」と観客の安堵感を煽る。ワーカーホリックな人である。休むことを知らない。ファンの中には、身体を気に掛ける人もいる。しかし、いつ見ても桑田は陽気にステージ上でおどける。そのスタンスは何十年と変わらない。底なしに明るい。桑田佳祐を見て陰気になる人など存在しない。“がらくた”な毎日が再びやってこようとも、明日からまた“がらくた”なりに頑張ろうとさえ感じる。桑田の人間性が希望そのものなのだ。桑田自身の日常も365日が特別では無いかも知れないし、“がらくた”な日もあるかも知れない。けど、「この日だけは!」と精一杯、表面上では、おどける姿を見せながらも、人生を憂う心情を歌詞にする。そんな相反する個性こそ、桑田佳祐のソロワークスの本質(パーソナル)だと気付かされる。

若者からお年寄りまで幅広い年代の人間が集まった国民的ライヴにして、その大半の観衆が桑田の“パーソナル”に共感している。涙を流している中年の女性がいる、両手を挙げてノッテいる若い男性がいる。すべて、桑田佳祐と彼の楽曲への共感の表現だ。パーソナルな思いを大衆化させることのできるミュージシャンは、なかなかいない。正しく桑田佳祐とは、時代・大衆の代弁者である。それを何十年も続けるなど奇跡に近い。今年2017年が桑田ソロ・デビュー30周年であるという祝祭的な意味合いと並行して、ずっと歓声が鳴りやまなかった東京ドームの光景は、そんな“奇跡が蓄積された結晶”だと思った。桑田のライヴを「凄まじかった!」と形容したい思いは、こういうところから来る。

その他、個人的に印象深かったのは、「サイテーのワル」が演出含めて、かっこ良かったこと。ネット世界の暴走、真実の確認を一切しないで、自分達の都合の良い解釈で人を扱き下ろす媒体への桑田なりの意見。大体の人が感じてる違和感を、こういう重厚なロックで表現した桑田は流石だ。桑田のロックな側面が久々に垣間見れたなと思って嬉しかった。

そして「過ぎ去りし日々 (ゴーイング・ダウン)」では、黒縁メガネで金色のシルクハットとマントという、いかにも敢えてダサくしてますといった装いで登場。究極の自虐SHOWだ。《その名もTOP OF THE POPS/栄光のヒストリー/今ではONE OK ROCK/妬むジェラシー》《無理したってしょうがないじゃない/若い時と同じようには/Time goes by》と還暦を迎えて、若かりし頃のように何事もいかない憂いから、過去の栄光を振り返りながらも、今の若手に嫉妬するハングリー精神を見せる。しかし、注視したいのは、桑田は決して自らの過去の栄光を羨望しているわけではない。むしろ、貪欲に現代に挑もうとしている。事務所の後輩で、今最も実力があるバンドと評したこともあるワンオクに対して「嫉妬」と表したことが証明している。そして、恐らくこの曲はライヴ化けを想定して作ったに違いない。単純明快なロックで表現することで、現にドームでは老若男女がノッていた。希代のポップ・スターの“したたかさ”に唸った。

そして、「もう60だけど、まだまだひよっこ」と桑田が言った後に演奏されたのが、朝ドラの主題歌に抜擢されたことで2017年の国民歌と言っても過言ではない「若い広場」。大きな歓声と共に、ドームが揺れる。歌謡曲に五万人以上が一体となり、みんな笑顔で横に揺れる光景というのは凄い景色だった。EDMでも、四つ打ちビートなロックでもない。音楽的な時流や流行を廃した歌謡曲が2017年に東京ドームで歌われ、歓声を浴びる。時代錯誤とさえ捉えられる歌謡曲を王道に書き換えてしまう、正に桑田にしか出来ない偉業である。
思えば、昨年末の紅白歌合戦でも桑田佳祐よりも何回りも年齢が若い歌手が自身の昔のヒット曲・懐メロを歌う中、きちんと、その年の自分の代表曲である同曲を歌い、その歌が大衆に認知されている。ヒット曲不足な時代と言われる昨今において、桑田佳祐は第一線に君臨し続けている証でもあった。
 

そこからは、桑田ライヴでもお決まりのアゲ曲が連投される。『がらくた』の中でも、桑田節が特に冴えわたった「オアシスと果樹園」、ソロ・デビュー曲「悲しい気持ち(Just man in love)」、人気曲「波乗りジョニー」で観客を煽るだけ煽る。待ってましたと言わんばかりに大歓声が次々に上がる。こういう時の桑田のライヴの高揚感は至福過ぎて言葉では形容し難いほどだ。大衆を喜ばせるためだけに存在する音楽。そこには、ナルシズムは一切無い。十代から六十代までいるだろう、日本の縮図のような会場が、世代を超えて同じ反応を示し、笑顔で応える。ポップ・ミュージックがどう機能すべきかを的確に示している。もはや脱帽としか言いようがない。

そして、本編ラスト、この二年間の桑田ソロでの最重要楽曲でもある「ヨシ子さん」で観客を完全な桑田ワールドに引きずり込む。そもそも、桑田は同曲で「R&Bって何?」「ヒップホップって何?」と歌ってるが、「それ、あなた自身が何十年とやってきたことだろ」って。むしろ「愛の言霊~Spiritual Message~」はじめ、「邦楽にヒップホップ要素取り入れるなどの実験を成功させてJ-POPの裾野を広げた功労者は、あなただろうが!」と敬意をこめて突っ込みたくなる。しかも、《R&Bって何だよ、兄ちゃん(Dear Freind)?/HIP HOPっての教(おせ)えてよ もう一度(Refrain)》って、きちんと韻を踏んで正当なHIP HOPやりながら、それを「何?教えてよ?」ってフザケまくってるのがいい。ドームでも、そのハイ・テンションや異空間演出は変わらなかった。

そこからアンコールで「ダーリン」「銀河の星屑」「白い恋人達」「明日晴れるかな」と人気曲を披露する。ここまで聴いくと、桑田佳祐の凄味が分かる。最新曲群から往年のヒット曲まで、総括的にフルスロットル。全てに大歓声が上がる。それは、桑田のキャリアとポップ・ミュージックが、正当に大衆に届いているという証でもあるからだ。

正しくポップ・ソングの理想郷。まるでベスト盤のようなセットリストは、豪華絢爛で、40年間第一線を走り続けてきたポップ・スターは衰えることなく、大衆に感謝の意をサービス精神をもってライヴという形で捧げていく。ここまで献身的になってこそ、初めて自らの作品を「がらくた」と自虐的な言葉で表することができ、唯一無二の至極のエンターテイメントとして成立するのだと気付く。

途中、55,000人の観衆を前に、桑田佳祐は「今日のバンド・メンバーや、サザンのメンバー、スタッフと今後もどんどん派手にやっていきます。よろしくお願いします。」と言った。2018年はサザン40周年という国民的行事が待ち構えている。桑田佳祐は歩みを止めない。その現役感に脱帽しながら、我々も励まされ、歩むことを恐れない。自分なりの“がらくた”な人生を、胸張って「“がらくた”だ! けど、素晴らしいんだ!」と言えるまで、桑田佳祐と、今後も足並みそろえて歩んでいく。

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