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米津玄師が連れてきた嫋やかで美しき春の嵐をみた夜

冬将軍をも呑み込んだ、気まぐれな春の匂いを纏った武道館1日目

赤と黒だけが観客席を埋め尽くしている。そして嫋やかで美しい淡い光に照らされるステージ。そこに立つのはボカロ名義”ハチ”こと米津玄師である。この間まで冬将軍が居座っていたのに、一足早い春風を連れてきたのではと勘繰るくらい、しなやかな動きと共に創り出された幻想的な美しさには息を飲む。季節外れの暖かさの中、九段下に聳え立つ武道館で奏でられた春の匂いを纏った音に酔いしれた1日目の夜をレポート。

1月もまだ初旬。年が明けてようやく落ち着いたこの国に、春一番のような強い風と、陽の当たる場所の暖かさから、季節外れに春がやってきてしまった、と驚いた。米津玄師が唄う”春雷”に示し合わせたようなライブ当日は、最新アルバム『BOOTLEG』を引っ提げたリリース・ツアー・ファイナルだ。誰しもが今か今かと彼の登場を待ちわび、高揚しているのか肌寒かった武道館が暖まる。突然暗転した中、披露したのは池田エライザを迎えた今回のツアー・タイトルにも通ずる「fogbound」。淡い青色はまるで海の底、優しくそっと自らの世界に誘う幻想的な始まりだ。そのまま水面を這うように音楽が流れる中、怪しげなイントロから始まる初音ミクとのコラボ曲「砂の惑星」。かつてはボカロPとして活躍した彼のミクとのコラボが突如発表されたときは、ファンを沸せていたが、まさか2番目に持ってくるとは考えていなかったのだろう。会場中から悲鳴に近い歓声が響き渡る。かと思うと「ナンバーナイン」で美しく収めるのだから初っ端から緩急をつけたセットリストに胸が高鳴った。
 

冒頭に述べたように冬将軍が居座ったとは思えない暖かい春の日とも捉えられる今日この頃。春、といえば新しいアルバムでも話題をかっさらっていった「春雷」が頭を過る。そのイントロが流れたとき、米津の足元の映像は色鮮やかな花びらを彷彿させる演出に切り替わる。それは本当に一瞬のできごとだった。一足早い春がいきなり私たちの周りを囲むようにやってきたのだ。しなやかな米津の体の動きに、目を奪われながら人が恋に落ちる瞬間を歌う彼に誰もが釘付け。本当に美しくて、儚くて、実際の生で聴いた音は、はらりと花びらが落ちるように心の中にひとつひとつ言葉を置いていく。そして次に演奏された「かいじゅうのマーチ」では、春の午後を思い浮かべたくなるような温かさと優しさが人間ではない”かいじゅう”の目線で語られていく。そして今度は人間らしい誰かを愛するときの不安と、幸せを丁寧に歌い上げた名曲「アイネクライネ」。儚くでもどこか美しい春のイメージにぴったりだ。照明もすべてパステルで柔らかい空気を壊さずして、米津の歌声に馴染ませていく。そして極めつけは冬からだんだん春に変わろうとする手前の夜―「orion」だ。今度は米津の足元が幾千万個にもなる星の映像、そしてそれを邪魔しない紺碧のライト。目の前に星空が広がったような気がしてため息がでる。この一連の流れには確かに一足早い”春”が来て、今日の天候も彼が春を纏ってきたのではと疑いたくなるほど。そして驚いたのは、1曲1曲はインストで繋げていくのではなく、一つ一つ区切りをつけていることだ。インストで繋げるのはよく聞くが、しっかりピリオドをつけているのにもかかわらず、しっかりストーリーができているその流れはあまりにも鮮やかだった。

「LOSER」では、MVでも米津のダンスを監修した辻本知彦がサプライズで登場。そのビデオの中でもくねくねとしたまるで不協和音のような不安定さを内包した独特の世界観に相応しいパフォーマンスで華を添えていた。リリース・ツアーとはいえ、昔から人気の高い「ゴーゴー幽霊船」や「ドーナツホール」には今もなお愛されている彼の曲のクオリティに度肝を抜かされていく。続いて披露された「ピースサイン」は疾走感がありアニメの主題歌ということで認知度も抜群。観客が皆綺麗に”ピース”するものだから、私も思わずあのCDのジャケットみたいに高らかに”ピース”した。そのままのスピード感で「Nighthawks」では手拍子と共にそのままどこまでも行けそうな力強さをステージ上で見せつけた。

真夜中をふらりふらりと歩き続けるような「Moonlight」ではこの曲の持ち味である危うさを人間とは思えないほどの柔軟さで見事に表現してくれたダンサー・菅原小春が登場。これには私も驚きつつ、最初は彼女だと気づかないほど曲の雰囲気に溶け込んでいた。この曲の持つ怪しさと、妖艶さをさらに増すことができたのは菅原の自由なダンスだろう。そして本編の最後を飾るのはアルバムの最後でも彩ってくれている菅田将暉と夢の共演を果たした「灰色と青」だ。幼き頃のふと蘇る懐かしい風景を大人になって思い出す、切なさと郷愁を併せ持つ一曲だ。緩急がついて、そのエモーショナルさはライブで演奏されても変わらず。最初から最後まで無駄のないセットリストで本編を締めくくった。

アンコールではアニメーションが映し出されボカロ名義では「沙上の夢喰い少女」として世に放たれたものであるが、今回はシングル『ピースサイン』のカップリングとしてリアレンジされたバージョンを披露。優しく、どこか物悲しい。でも絵にはどこか温かみを感じ取れて自然と胸がいっぱいになる。彼の歌と描かれたアニメ―ションのコラボレーションで吸い込まれそうになる。ああ、これが彼の創り出した世界なのだ、と再確認した。そしてここにてメンバー紹介。幼馴染でもあるギター中島宏士(Gt)の武道館の即興の創作話が、米津が止めないために着地点を見失っているのは面白かった。何も音楽をやっているものならば一度は夢見るこの舞台で(しかも自分のではなく他人のライブで)話を長々する下りは会場中から笑いが起こる。そんな中米津が最後にこう言った。
 
”ちひさな自分を劃(くぎ)ることのできない この不可思議な大きな心象宙宇のなかで もしも正しいねがひに燃えて じぶんとひとと万象といつしよに 至上福祉にいたらうとする それをある宗教情操とするならば そのねがひから砕けまたは疲れ じぶんとそれからたつたもひとつのたましひと 完全そして永久にどこまでもいつしよに行かうとする この変態を恋愛といふ ”[宮沢賢治著:春と修羅より]
 

「宮沢賢治の名言で僕が好きな言葉なんです」と。それを話すまでにだいぶ遠回りしていたけれどそれは照れ隠しだったのかと思案しつつ、彼の「春雷」のような目には見えない恋の落ち方を言葉に並べたその心情を理解できた話でもあった。フィナーレは辻本知彦や菅原小春を従えて「アンビリーバーズ」。このときの盛り上がりは本日の中で一番で米津はもちろんのこと観客のボルテージも上がった瞬間だった。美しくもあり、激しくもあり、嫋やかでもあり、強靭でもある―。一貫性のないように見える彼の一曲一曲に込められた魂が見事に開放された一夜であった。
 

春とはそもそも四季の中で一番感情的だと思う。昼間は微睡を誘発するように暖かいのに、夕方になると、青空が時雨れてなんでも吹き飛ばす風をお供に雷が鳴り響く。突然美しい桜のはなびらを乱暴に舞い散らし、去っていけば肌寒いと自分を守るように両腕をさする夜が来る―。春はとても気まぐれで、まるで人間のようだ。今回の米津のライブも、その様々な感情を春の気まぐれに載せて連れてきた一夜だった。「かいじゅうのマーチ」や「アイネクライネ」のような心が温まるものから、「春雷」のように誰も予期せない恋に落ちる瞬間をたとえたもの、「orion」「灰色と青」のような冷たい空気を僅かに残す夜に聴きたい落ち着いたものまで、一貫性のないように思えたセットリストがすべて”春”を意識しており、まんまと私はその春を纏った米津の世界観に呑まれてしまっていた。最後のMCで宮沢賢治の「春と修羅」の言葉を持ち出したとき、やはり彼は”春”を引き連れて、この寒い冬の凍えそうな日々から、やがては巡りくる次の季節の準備をしたのだと思えた。計算されつくされていた、照明も彼の歌声も、ダンスも―。そのすべてがあの場に足を踏み入れた人々全員に確かな足跡を残しただろう。彼が創り出した幻想的な世界は、私たちの生きる現実をも呑み込み、春の嵐のように爪痕を残して去っていく。身勝手だなあと思いつつその春の足音を待ちわびている自分がそこにいた。

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