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2017年3月28日

いとう ゆりか (21歳)

中学3年生の私と、大学3年生の私の邂逅

tacica jacaranda再現ライブにて

就職活動をしている。昨日も今日も、そして明日もリクルートスーツに袖を通し、オフィス街へと向かう。髪を束ね、いつもより控えめなメイクをする。今だって、本当は締め切り間近のエントリーシートとにらめっこしなければならない。けれど、この気持ちが邪魔をするのだ。この気持ちをなんとか文字にしておかないと、私は明日、何百人もの就活生と人事の数人の前で泣きわめいてしまいそうだ。

やりたいことだってある、自己分析もしてアピールだってできる。けれどもあのお祈りメールを見ると「自分は必要ない人間なのか?果たして何者なのか?何ができるんだ?」とジメジメした気持ちになる。まだ就活解禁から1ヶ月も経ってない。先が思いやられる。そんな中、3月26日の朝、「日曜日だし説明会もないよな?寝てやろう」と思いながらスケジュール帳を開いた。そこには「tacicaライブ@東京キネマ倶楽部」の文字があった。なんてこった。毎日3度は開いていたスケジュール帳のはずなのに、全く目に入っていなかった。あんなに大好きな音楽なのに、いつもなら楽しみに指折り数えているのに、なぜだか自分にとても腹が立った。いつの日かに発券したチケットをなんとか探し当て、雨の降る鴬谷へ向かった。

その日のライブは、8年前にリリースされた2ndアルバム「jacaranda」の再現ライブだった。リリース時にリアルタイムでは聴いていなかったが、初めてtacicaの音に触れたCDがjacarandaだった。そのことを思い出した開演10分前、人でいっぱいのフロアに思わず手に持っていたビールをぶちまけたくなった。(なんとか飲みきってカップをゴミ箱に投げ入れた。)私の人生において、数少ない10年近く聴き続けている音楽だ。何度も助けられ口ずさみ、ライブにも通った。そんな大切な音楽を私は忘れていたのか。怒りと悲しみと恥ずかしさで涙が出そうだった。

ライブはjacarandaの収録順に進行していった。曲が終わり、拍手が響く。次の曲への間の数十秒は息すらできない静けさで、私たちは曲の余韻と次の曲へのわくわくを体に溜め込み、ステージをただ見つめていた。私は初めてtacicaを聴いた中学3年生の春休みのニオイを感じ、高校生への期待と不安、そして今も変わらないやりたいこと、夢へ素直な気持ちを思い出した。

MCもないままアルバム収録の最後の曲になった。やっとVo.Gt猪狩が口を開いた。「最後の曲です。これでjacarandaの曲は終わって一度捌けるけど、まだやるから帰らないでね。」みたいなことを言っていた気がする。そして始まった<γ>。“何時まで経っても僕と僕の身体 離れなかったから 何時まで経っても僕は僕だった”小気味よいドラムのリズムに響き渡る、霜が降りる凍てつく寒さの朝のような声。「何時まで経っても僕は僕だった」当たり前のことを言っているが、それを知ることが大切だった。中学3年生の時の夢を、何度も無理だと思って諦めようと思ったはずだ。でも、私の身体は行動し続け、自然と足が向かっていた。そのまま今に至っている。あの大ヒット映画のように心が入れ替わることはないし、前前前前世からの気持ちは残念ながら持ち合わせていない。私は私で変わらない。

拍手の中メンバーが捌けて行った。私は大切なことに気づけて、大好きな音楽が聴けて、完全に満たされていた。さあ帰ろう、明日からこの気持ちを真ん中においてがんばろう。あれ、周りの人は全く動かないな。ああ、次があるんだった。猪狩の言葉を思い出した。私の中では、2時間近くのライブを見た体感だった。それはもちろん私が、jacarandaを通じた7年間に思いを巡らせていたこともあるが、jacarandaリリースから8年経ったtacicaの豊かさにもあるだろう。演奏や表現のスキルアップだけでなく、時間が熟成させるうま味が曲に含まれていた。基本的にtacica の曲はジメジメしていて日陰で、サビでかろうじて陽が射してくると思っており、そこが好きだ。しかし、今回のライブ中には、賛美歌を聴いているような、スポットライトが大聖堂のステンドグラスを通した陽に思えて仕方がなかった。その瞬間は一瞬で、アッと思った時にはいつものジメジメだ。そんな、時間を、刹那を、感じるライブであった。

再びツアーTシャツを来てメンバーが現れた。いつも通りの言葉は少ないながらも、きちんと伝えようとしてくれる穏やかなMC、アニメタイアップの<newsong>では多くの手があがった。あまりライブでは演奏されないシングルのカップリング曲<セメルパルス>やアルバム曲、そして新曲というご褒美付きの6曲が演奏された。いつものtacicaだった。ただ違う点は、デビュー時から3ピース構成のtacica(Dr脱退以降はDrのみサポートメンバー)にサポートGtが加わり4ピースになっていたことである。メインGtは変わらず猪狩であるが、1本音が増すだけで色が増えていた。猪狩は「スタジオに4人で入ってみて、すごく楽しかったんですよ。演奏するのがとても」と笑顔で話した。3ピースであることにこだわっているとばかり思っていたが、その笑顔を見たらこちらも笑顔になってしまった。

本編最後の曲は「ずいぶん前の曲だけど、今の自分に一番刺さる曲」と猪狩が言った<アースコード>。インディーズの頃から歌い続けている曲である。“あの日から同じように何時でも奏でた アースコードを”“ここからも同じように何時でも奏でる アースコードを”とサビを、曲を、ライブを締めくくる。私の心も締めくくった。tacicaは変わらないことの正しさを示してくれた。時間が変わらないことに深みを持たせてくれることを示してくれた。私の中学3年生からの変わらない気持ちを、今も同じように何時でも思うことを思い出させ、示してくれた。

ああ、いつの間にか2時間が経って2000字を越えてしまっていた。エントリーシートは真っ白で、提出期限が目の前だ。さっさと書いて寝て、早く起きてリクルートスーツにアイロンをかけなければならない。けれど、3月26日からの気持ちを文字にできた私は、明日人事の前で泣きわめかないし、中学3年生の春休みを思い出した大学3年生の春休みは前より少しは楽しくなるだろう。お祈りメールを見たジメジメした気持ちも、少しずつ聖書に思えてくる(?)気がする。“どれだけの夢 観続けていく? どんな終わりが待っていたって良い”(アンコール曲<キャスパー>)変わらない気持ちの先は、何であっても良い。

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