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SEKAI NO OWARIと僕のハジマリ

彼らの終わりと始まり、僕の始まりとそしてこれから

僕はあの日のことを今でも色濃く覚えている。
生きていて良かった、生まれてきて良かったと、初めて本気で思った日のことだ。

この前給食放送で流れてた曲、なんて曲だか知ってる?
“ーーーーーーー”みたいな歌詞だったんだけど。

中学1年生の授業中、ノートの切れ端に小さな字で書く。一度聞いただけで僕の中に残り続けていたあの歌詞を、何の迷いもなく書く。先生が黒板に向かった瞬間に、僕は前の席に座る友達にそれを渡す。その紙は次に先生が黒板に向かった時、ごめん、分かんないや、と書き足されて返ってきた。何気無いどこにでもあるような普通の夏の日。

僕と彼らとの出会いは、そんな『偶然』だった。

当時携帯電話を持っていなかった中学生の僕にとって、姉が昔使っていた古くて動きの重いノートパソコンが唯一の武器だった。当時の僕は流行りに疎く、特に好きなものも打ち込んでいるものも将来の夢もやりたいことも欲しいものもなく、部活も習い事も曖昧にしていて、勉強も運動も特別できるわけではなかった。今思えばの話だけど、言ってしまえば何の取り柄もなかった。友達との関係も、うまくいっているとは言えなかった。いじめとまではいかないかもしれないが、顔色を伺って過ごしていることが裏目に出たのか、悪口を言われたこともあったし、僕の机を蹴り飛ばす音を聞いたこともあったし、仲の良かった友達にすれ違いざまに「うざい」と言われたこともあったし、行事の打ち上げに呼んでもらえないことだってあった。それを親にも友達にも言うこともできなかった。弱みを握られることも、寂しいやつだと思われることも、自分が嫌われていると自覚することも嫌だった。学校という世界の中で、僕を抜いた皆は国が作るかのようにグループが出来上がっていき、楽しそうに笑う。その中に僕はいまいち入れなかった。入りたかった。入れて欲しかった。好かれたかった。でも無理だった。だから、あのノートパソコンは僕の居場所であり、僕の周りのセカイにしがみついていくための武器だった。友達が好きなアニメや芸能人を検索して学校で話題に乗れるようにしたり、SNSや動画サイト、オンラインゲーム、掲示板やチャットに入り浸ってネット上で知らない誰かと会話したりしていた。僕にはそれしか無かった、青春の始まりの日々。彼らに出会ったのは、そんな時だった。

あの歌詞の検索結果は、『SEKAI NO OWARI』だった。

“Ah 君はいつの日か深い眠りにおちてしまうんだね
そしたらもう目を覚まさないんだね”(眠り姫)

僕の毎日に、SEKAI NO OWARIというカテゴリーが追加された。

パソコンを開けばSEKAI NO OWARIと検索し、公式サイトや動画サイト、ブログを開いた。片っ端から全て見た写真やミュージックビデオ、最初の記事から最新の記事まで全て読んだブログ、HELLO ENDING。お小遣いを計画を立てて必死に貯めて、アルバムを買った。自分のお金で初めて買ったCD、ENTERTAINMENT。彼らが出ているラジオ番組を聴いた。初めて聴いたラジオ番組、SCHOOL OF LOCK!。こんなにも一つのものにのめり込んだのは今まで生きてきて初めてだった。

“僕がいますぐ欲しいのは「ソレ」から逃げる「理由」なんかじゃなくて
僕がいますぐ欲しいのは「ソレ」と戦う「勇気」が欲しいんだ”(Fight Music)

彼らの音楽でわんわん泣いたあの日の、涙で歪んだ景色は今でも思い出すことができる。少しずつSEKAI NO OWARIが僕の全てになっていった。

彼らに出会ってから約2年後の春、僕は星空の下にいた。
片手には、親に秘密で申し込んで当選し、なんとか行くことを許してもらったチケット。
遠くに輝く巨大樹の上に瞬く星空を、見上げていた。
涙が出た。あの瞬間僕は、生きていて良かったと思った。生まれてきて良かったと思った。本気で。本気で、本気でそう思ったのだ。
「生きていて良かった」「生まれてきて良かった」なんて、まさか自分が思う日が来るとは思わなかった。漫画やドラマだけの台詞じゃない。僕の中に確かに生まれた気持ちだった。

赤髪の彼の頰にはピエロのような涙と星のマーク、そしてマイクを片手に魔法の言葉で僕らの居場所を作り上げる。眼鏡と帽子で楽しそうに踊るように動き回る彼の周りには、たくさんの楽器たちがきらきらと輝く。金髪の彼女は優しくふわりと微笑み、細い指が鍵盤を撫で、煌めくように世界を彩る。赤い鼻のピエロが大きく手を広げ、僕たちを愛で溢れた魔法の世界へと誘う。巨大樹が光を拾い上げて輝く。全てが輝いていた。全て、本当に、全て、全てが。

SEKAI NO OWARIとの出会いは、僕自身のハジマリだった。あの頃、僕の全てが始まった。
僕が音楽を好きになったこと。バンド好きになったこと。ライブ好きになったこと。ラジオ好きになったこと。初めて音楽で泣いたこと。彼らがきっかけで出会ったエンターテインメントもある。
 

“虹が架かる空には 雨が降ってたんだ”(RAIN)

この歌詞が『雨が降った後に虹が出る』のではないのだと気付いた時、僕はまた涙が出た。
僕は残念なことにあまり前向きな方ではないし、ポジティブだとはお世辞にも言えない。前向きな日もあれば、次の日には名前も無いどうしようもない気持ちで俯いてしまうし、ポジティブな発言をしたって、心の中では自分の発言に自分で「そんなわけないのに」と言い返したりする。何かを楽しみにすることもあれば、数日後にはそれが憂鬱で仕方無くなったりする。生の脆さや大切さを知ったって、「生きたい」と「死にたい」と「生きたくない」と「死にたくない」を何度も何度も飽きることなく繰り返して今を生きている。
雨を見て、虹を思う人はいるだろうか。傘を持っていかなくちゃ、早めに家を出なくちゃ、いつ止むだろうか、どれくらい降るだろうか。それが普通ではないだろうか。雨が降っているのを見て虹が出ることを楽しみにするだろうか。少なくとも僕は違う。雨は憂鬱の象徴だった。虹を思うことができるほど余裕は無い。雨が止んだ後、虹がかかる空を見て、そうかこの虹は、雨が降ったからかかったのだと、初めて気付く。本当に辛い時には感情がぐちゃぐちゃになるから何も考えられなくなり、それを乗り越えた時、今まで辛かったのだと自覚したりする。嫌なことがあった時、今までの幸せに気付いたりするのと同じように。感情はいつだって、少しだって遅刻する。

“そうだ 次の雨の日のために 傘を探しに行こう” (RAIN)

今の僕は、それでもいいのではないかと思えるようになった。次に訪れる雨を、嫌なことを、辛いことを、乗り越えるための糧になるような気がしているから。

彼らに出会ってもう5年以上が経つ。僕はあの頃の12歳の僕のまま18歳になったけれど、僕は、彼らに出会って少しだけ強くなれたような気がしている。今までがそうだったように、これからもきっと彼らは僕にとって大切な存在だ。誰がなんと言おうと、あの日から何年経とうと、僕にとってSEKAI NO OWARIは最高のエンターテイナーであり、最高のファンタジーであり、最強のヒーローなのだ。

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