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ひとつまみの焦燥

アルクリコールの音に覚えたざらつき

近年はThe Floorの躍進が特に目立つ札幌のミュージックシーンだが、昨年はバンドの解散が相次いだ。そんな中で、地道に歩みを進めてきたアルクリコールが先週、ミニアルバム「Re:versal」をリリースした。THEサラダ三昧からの改名後、初のリリースとなった今作は、バンドにとって初の全国流通盤である。

このアルクリコール、ただの爽やかなギターロックバンドではない。確かな歌唱力と、それを支え彩るサウンドはまさにギターロックとして正しい姿であると言えるが、どこか引っかかるのだ。耳触りがいいだけではなく、一瞬心にざらりと引っかかる。それが一体なんであるか、その時点では今ひとつ「これだ!」と断言はできない。しかし見過ごすことのできない、痛みにも似た一瞬のざらつきが、彼らの描く世界に、鳴らす音の渦に、リスナーを引き込む。
沈み込むように、たゆたうように彼らの音に身を委ねると、だんだんと視界がはっきりしてくる。このバンドのソングライターであるワタナベヒロキ(Gt.)の描くメロディーラインとリリックは切なさとほろ苦さが丁寧に織り込まれ、早坂コウスケ(Vo./Gt.)の柔らかくも存在感のあるアルトが、さらにそれを丁寧に歌い上げる。穏やかな響きの中に鈍い騒めきを持つ五十嵐ハヤト(Ba.)のその音色は早坂の伸びやかな声によく合い、後藤フミト(Dr.)の真面目で純朴なドラミングは、絶妙なバランスで重なり合う3人の音と声を支え繋いでいく確かさを持つ。綺麗でまとまっているようで、やはりざらつく。危うさをほのかに感じる。

このざらつきは、おそらく、所々に散りばめられた焦燥感だ。

生まれ育った札幌の街でバンドを組んで6年半、メンバーチェンジもなくTHEサラダ三昧として、アルクリコールとして重ねてきた時間の中には、苦々しげに顔を歪め、うまくいかないことに苛立って唇を噛み、感情を持て余して地団駄を踏んだ日もあっただろう。決して楽しいばかりでなく、美しいばかりでない日々が、あるいは若さゆえの遣り場のない不安や苛立ちが歌詞に、声色に、奏でるラインに滲んでいく。そしてその欠片はメランコリックな音の中で、静電気のように一瞬間、スパークする。

《迫る不安の影にいつまでしがみついてるんだ/つまらない自尊心などは必要ないよ》(M.01 ユアライト)

《本当何やってんだ僕は/こんなはずじゃなかったよ/日々、刻むリズム飽きてしまっていた》(M.05 Days)

この焦燥は、やり切れなさや苛立ちは、決して彼らだけが特別持っているものではない。だからこそ、聴きながら彼らの音や言葉にざらつきを覚えるのだ。言葉で表現しきれない、曖昧な既視感が心をよぎるのだ。しかし彼らは、その持て余した感情をどこかへ投げつけるのではなく、あくまで音の中に閉じ込めようとしている。

《繰り返してる劣等感も/いい加減に捨て去ってさ/明日を迎えに行こう》(M.05 Days)

《単純明快な問題の/解決策は知っていた/最大限有言実行/足を止めるな》(M.06 クラリオ)

それは彼らが、ただその手の感情を覚えるのみでどうしようもできずにもがいている時期を過ぎたことを示す。無謀に遠い未来予想図を描くことで見て見ぬ振りをするのではなく、ただ足元に続く日々の中で、それを抱えながら自分自身と折り合いをつけていく。人が10代20代に多かれ少なかれ持つもどかしさとその世代の華やかさを微妙なバランス感覚で混ぜ合わせた音を奏でるバンド、それがアルクリコールだ。
全国デビューを果たし、軽やかに地を蹴って走り出したばかりの彼らには未来が広がっている。希望も可能性も無限に散らばっている。甘く爽やかで心地よい歌の中に、ひとつまみの焦燥をスパイスとして織り込んで、彼らの音は響いていく。

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