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2017年3月30日

渡邉茉莉花 (27歳)

世界を越える旅の、歴史的通過点

―ROCK IN JAPAN FESTIVAL 2015、初出演のUVERworldを観て―

バンド名が刻印されたマニピュレーター台、厳かに佇むウッドベースに、ドラムセットとその他あちこちに配置されるパーカッションの類。サックスは太陽光を力強く反射し、中心を示す赤のマイクスタンドは凛と立つ。出来上がったこのステージは、UVERworldを待っていた。

ROCK IN JAPAN FESTIVAL GRASS STAGE、この舞台にどれだけのアーティストが憧れを抱き、立つことができた者は誇りに感じていることだろう。そこへUVERworldが立つという現実を、私はこの転換中にやっと実感していた。一足先に姿を現した機材たちは、彼らの熱量を十分に知っている。しかし無機質なそれらが醸す静けさは、嵐の前触れを予感させた。歴史的瞬間に立ち会うことへの期待と恐怖に尋常ではない興奮をおぼえ、ただ待つことしかできない現状にそれらを受け入れる覚悟を強いられた。
 

8月2日17時10分。GRASS STAGE両サイドの巨大スクリーンに現れた「UVERworld」の文字が、幕開けを告げる。待っていましたと言わんばかりの歓声が、GRASS AREAに拡がっていった。無人のステージに流れるSE“THE ONE”が、彼らを迎えるための最後の色付けを施す。

SE終盤、1番手に登場した真太郎が畳みかけるようにドラムを打ち鳴らす。鼓膜だけでなく、体内に存在する空洞さえも震わせるそれは、理性の壁を打ち砕き感情の躍動を促していった。続いて登場した彰、誠果、TAKUYA∞、信人、克哉は各々の楽器を手に、ステージ最前のお立ち台に並ぶ。そしてその背後には、真太郎が鎮座している。誠果が正式メンバーに加入してから一年と数ヶ月が経ち、今では当然のように象られるこの姿は、彼自身が何年もかけた努力や忍耐と、それを支え共に戦い続けたメンバーがやっと取り戻した本来の形だ。お立ち台に上がる彼の姿もだいぶ見慣れてきたが、それらを想像するたび熱くなる目頭に慣れることはない。

下手2つ目のお立ち台に上がった誠果は、今やUVERworldを形成する大切なシンボルであるサックスを高々と掲げ、TAKUYA∞のシャウトを合図にこの日の一曲目“ナノ・セカンド”を描き始めた。イントロから全力でぶつけられるオーディエンスの声は一つの巨大な塊となり、まだ始まったばかりの彼らのステージをただ受け身で構えるのではなく、自ら欲するものを掴みに向かう気概が込められていた。

彼らの発する熱は、私たちの内側に潜む火種を探り当て確実に着火する。容赦なく照りつける真夏の日差しを忘れるほど、膨大なエネルギー量を持ったオーディエンスの歌声は出だしから地鳴りのように轟き渡った。しかしTAKUYA∞と相殺することのないそれは、共に歌いつつも彼らに呼応している。

語弊があるかもしれないが、この日私は彼らをとても「誇らしく」思えた。当然ながら彼らは決して私のものではないし、今に至るまでの経緯で何か力を貸したわけでもない。しかし、こうしていつも目の当たりにさせられる彼らの創る現実が、決してシンデレラストーリーではなく一歩一歩着実に歩み続けた果ての産物だからこそ、自分と同じ次元の出来事だとして見ることができ、喜びの感情が共鳴しやすい。

それが幻想のままで終わって行って
良いわけないだろう
伴う傷 厭わず Ride on…
(“ナノ・セカンド”)

GRASS STAGEのトリ前、初出演の6人が今そこに立っている。「夢は叶う。」など大変陳腐な言葉だが、身を持って証明した彼らが言うのなら、重みのある言葉に変わることだろう。
 

Don’t Think. Feel
無心 不動 且つ 唯一無二の思想
(“Don’t Think. Feel”)

限界の存在に臆することなく続く2曲目“Don’t Think. Feel”。楽器隊を含む6人が歌うこの思想こそが、TAKUYA∞が言った「UVERworldという宇宙」を確立させる核の正体なのだろう。アリーナ級のバンドに成長した今、ドーム公演を行う一方でライブハウス公演も多々行う。ワンマンも対バンもあれば、時々はフェスにも出演する。彼らはいつもそれぞれのキャパシティや公演に合わせ、十分な熱量を放つ柔軟さを持っている。それも全てこの核があってこそ、なせることだ。
 

重厚で乾いた打楽器音が、空気を新しく整える。ピックとネックから手を離した竿隊が握るのは撥。バンドのパートという枠をはみ出し、彼ら自身が音の自由を楽しんでいる。
彼らのグッズを纏ったCrew達でも、このイントロが予告する曲を察知できた者は少なく、期待を含む僅かな緊張が走る。まだリリースされてから間もない“Collide”。ライブで奏された回数もまだ片手に収まる程度で、更にはライブアレンジが加えられていたことが、この緊張を招く原因となった。しかし、次が読めない展開に翻弄されるこの「ライブ感」は、今紡がれるこの瞬間を余すことなく楽しもうとする私たちの願望に打って付けだ。

Rampage collide 理解超えそこで交わる意志
(“Collide”)

逃れようのない真っ向から突き迫るサウンドは、彼らの姿勢そのものに形容できる。そこには疚しさも狡さも皆無、触れた魂が純化されていく。
 

この日から10年前、UVERworldは結成5年目にしてメジャーデビューを果たした。「デビュー当時はROCK IN JAPAN FESTIVALへの出演を断られ、このGRASS AREA後方の大きな木の下でステージを観ていた。自分なら何を歌い、何を語るだろうと考えながら。」そうTAKUYA∞は、初めてこのフェスへの想いを話した。

視界の端に観覧車を添え、海の気配を感じるあの壮大な空間に向けて、彼らならどんな景色を描くだろうと、何度も想像を試みたが、いつも上手くいかなかった。それは、彼らがほとんどフェスに出演することのないバンドであること、ロッキング・オンについて語ることも掲載されることもなかったこと。この想像を憚るには十分な現状だった。
「『ROCKIN’ON JAPAN』、ここに載るようでなければロックじゃない。」そんな言葉を度々耳にするが、ロックだと認めて欲しいのではない、UVERworldを認めて欲しいとずっと思っていた。
そして2013年、ついに『JAPAN』誌に初めてUVERworldが掲載された。ゴシック体の「JAPAN」を背負うTAKUYA∞が飾る表紙は、両者が結び付いた表明であり、これから始まる新たな未来の想像を掻き立てる起爆剤となった。そして翌年、6人目のメンバーを揃えた彼らは、1本のサックスと共に全員が誌面に現れる。

それを経ての2015年5月、ついにROCK IN JAPAN FESTIVAL出演者にUVERworldの名が連ねられた。

ずっと願っていたものが次々と現実に姿を変える様を、私は一つ一つ冷静に受け止めていた。これらの事件は決して突拍子もないものではなく、彼らの精神力と努力があった上で叶うべくして叶ったものだと思えたからだ。

フェスへのオファーは、数年前からあったそうだ。しかし、当時まだ正式メンバーに誠果が復帰していなかったことも含め、自分たちの世界をもっと固めてから出演したいと返したと言う。この舞台に立つことはもっと以前に許されていたにも関わらず、拘りを貫いたその経緯に彼らの意気込みが見える。

次に続く“ENOUGH-1”は、その間に生まれた曲のひとつだ。

言葉というものは、文字や声でしかその姿を現すことができない。そんな危うい存在の歌詞はスクリーンに映し出され、視覚と聴覚を使って確実に届けられた。
彼らの歌詞は時に、「青臭い」と表現されることもあるようだ。平然を装い世間に紛れて上手く生きるには、邪魔な存在となる夢や展望や理想など封じ込めればいい。しかし、本当にそれが賢明な判断だろうか。

本気に触れたくて 俺達のことを聴くんだろ?
(“ENOUGH-1”)

拡がっていくハンドウェーブが答えだ。これを求め欲していた者たちの同調の証なのだろう。先ほどのMCにつなげられた“ENOUGH-1”には圧倒的な説得力がある。
 

ステージを縦横無尽に動き回る彼らは皆、GRASS AREAを覆い尽くす人の海を端から端まで隈なく見渡していた。その射抜くような眼差しで、ここにいる全てを巻き込もうとしている。演奏の隙に全身を使い煽る姿から、ライブバンドであることをしっかりと認識させられた。

My name is『世界を超える』
(“LIMITLESS”)

白のエフェクトマイクで明かされる「UVERworld」の意。開拓し続ける彼らの世界はまさに「LIMITLESS」だ。今が最高でもここで終わることなく、核がしっかりしているからこそ安心して拡がることが許される今後も更なる「無限」の拡がりを見せてくれることを、TAKUYA∞のステージネームから約束されている気がする。
 

研ぎ澄まされた一本のFemale voiceへ、Male voice、そして誠果のサックスらが重なり、徐々に肥大するSE“零HERE”が、続く“IMPACT”への準備を整える。表拍で打ち鳴らすクラップが空間の統一を図り、ライブの為に生まれた楽曲が本領を発揮する。この時間を作っているのは決してステージだけでない、
イヤモニを引き抜いた彼が、数多のオーディエンスから発せられる声やクラップを求めていた。それらを得て力を宿すこの曲は、ここに揃った全てから形成されているものだと感じた。

いつだって世界の中心は 今立つその場所
その世界の広さを決めるのはお前自身
(“IMPACT”)

それぞれが立つ地点は全てが異なり、ふたつと同じ景色はない。世界規模で見てもその理論は変わらない。そう思えば自分の存在価値を見出せたようで、この地点から見える世界を見届ける使命感のような気持ちに駆られる。
 

ここまでのアグレッシブさから一転。優しさを帯びた寛大なサウンドは、スクリーンに映る夕焼けのオレンジも相俟って、この壮大なスケールを柔らかく包み込む。前曲と異なる包容力を持ったクラップが似合う“7日目の決意”に、皆が口を噤み、耳を澄ませていた。

君は冬の夢を見て鳴く蝉
(“7日目の決意”)

非常に可笑しくも素直な表現をすると、この曲は「UVERworldらしくない」。その理由は恐らく、これがTAKUYA∞の夢で生まれたものだからだろう。そこで唯一聴こえた歌詞が、この一節だと言う。神様からの贈り物などという神秘的なものさえ信憑性を得てしまうエピソードを持つこの曲は、彼らがいつまでも大切にしたいと言う1曲だ。
繰り広げられる歌詞と芯を持つ柔らかなサウンドは、心に温度を灯していく。
 

間もなくUVERworldの持ち時間55分に到達する。ラストナンバーは“Ø choir”、始まりの合唱。彼らから最後に贈られた熱は、「温もり」だった。

愛が憎しみに変わって行くなら
僕を憎んだあの人は 愛してもくれた人かもな
(“Ø choir”)

愛と憎しみほど対極に存する感情があるだろうか。それをここまで軽やかに隣り合わせてしまうこの歌詞は、世界の見え方を変える力を持っている。言葉は自分の口で発することで、その意味の神髄を痛感できる。自分の声さえ聞き取れないほどの「合唱」が、最後の時を刻み込んでいった。
 

こうしてUVERworldのステージは幕を閉じた。彰が去り際に投げたピックの着地点を、風が変える。
手放したくないほどの濃密な時間の終わりを難なく受け入れられたのは、彼らが普段アンコールを行わないスタンスだからだろう。全てを出し切ったメンバーがステージを去り、徐々に人の群れも解け始めた。
 

デビュー10年歴でリリースした曲数は、数百に上る。その中から厳選された8曲で組まれたセットリストの大半は、昨年リリースされた8thアルバム『Ø CHOIR』から構成され、そこへ7thアルバム『THE ONE』から数曲と、新譜“Collide”が加えられていた。

「UVERworldの最高傑作はいつも次にやってくる。」

毎回欠かさず続けられた更新の果ての姿に、今後の更なるUVERworldの拡張が期待される。
 
 

ROCK IN JAPAN FESTIVALへの出演が発表された時点で、UVERworldに注がれた注目度は計り知れない。長年の反骨精神が綴った彼らの堅実な軌跡を糧に堂々と残された爪痕は、双方のクロニクルにおいてキーポイントとなったことだろう。

熱と生は共存するものなのだと思う。生を持つ者だけが熱を感じ生み出すことができ、熱を持った者だけが生きている。彼らが熱を放ち続けたこの日のステージは今となっては思い出と化しているが、未だにあの記憶をなぞれば再生される熱がある。きっとこの熱は、私が生きていく上での重要な道標の役割を果たす気がしている。

私事だが、会場である国営ひたち海浜公園は、幼い頃何度も家族と共に出掛けた温かい思い出が詰まった場所だ。GRASS AREAと化すこの草原で、ただ今この瞬間を楽しむことに全身全霊で駆け回っていた私は、いつの間にか理性に忠実な「大人」に変わっていた。ただ、まだ微かに残っていた童心の残骸は、UVERworldのステージによって息を吹き返したように、自分の感情に従順だ。
この日から私は、「明日」を迎えることにこの上ない楽しみを感じている。
 

まだ死にたくない そう言えるまで 僕達は生きて行こう
(“Ø choir”)

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