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手の平にがんばれと書いてくれた、私のサードマンとは。

夢を見るだけでなく追いかけて手を伸ばし続ける表現者、山本彩。

2011年2月、高校2年生。
受験生への助走を付けていた頃
私はNMB48劇場に足を踏み入れた。
 

「あ、これは推し変か?」
劇場公演が終わった直後、『推し変』という言葉と間近で見た山本彩の姿がぐるぐると頭を駆け巡る。
 

話は更に前に戻るが中学に入学し、部活が同じだった友人の兄は、大のロック好きで妹である友人もその影響を受け更にその友人に影響された単純な人間が私である。一番のめり込んだのは当時休止直前のELLEGARDENであった。それをキッカケにアーティストやバンドを聴きあさり、お小遣いの大半をTSUTAYAのレンタル代に溶かした。
 

AKB48が流行りだした頃、ロックをかじった私の口癖は「アイドルなんて興味がない」だったが、高校1年の秋口に『大声ダイヤモンド』のPVを見て見事にハマってしまった。紆余曲折し、ヘビーローテーションのPVに0.5秒しか映っていないと噂の、今や総選挙1位である指原莉乃を推していた私だったが、友人のとある一言により、冒頭にある『推し変』を経験することになる。
 

NMB48が結成され、私と同じくAKB48を好きだった友人が「せっかく難波にあるし公演見てみたい。」と言い出し、一緒に応募開始。数日後当選した私はオーディション番組で見た「この子かわいいな」と思う子を目当てに足を踏み入れた劇場は思ったより格段に小さいと感じたのを覚えている。座ったのは3列目上手。この日を境に7年応援するアイドルと出会うことになるとは思わなかった。
 

誰かのために公演1曲目「月見草」の序盤に、NMB48チームNキャプテン、さや姉こと山本彩から目が離せなくなり、終わったと同時に冒頭の言葉が頭に浮かんだ。
 

推し変とは言葉の通り好きなメンバーや応援しているメンバーを変える行為のことを言い、これは私だけではないと思うが、何故か少しの背徳感が生じたのを覚えている。
 
 

その日から今現在も私は山本彩という表現者を糧に生きていくことになる。
 
 

彼女はアイドルになりたいためではなく、シンガーソングライターという夢を叶えるためにNMB48一期生オーディションに応募し合格。元々芸能スクール出身、天性の歌声に加え、「克己心」を座右の銘にするほど努力する才能を持つ彼女。歌、ダンスの実力は一級品。更にアヴリル・ラヴィーンに影響を受け、小学5年生からギターに触れていたため、弾けるということでその後、ソロ曲「ジャングルジム」や「抱きしめたいけど」を歌う際には弾き語りがデフォルトとなり、「ヴァージニティー」のMV中には彼女が弾き語るシーンも収められている。
 

そんな多彩さと真っ直ぐさに射止められ、知る内に、私はそんな彩の心に惹かれていった。
 

真面目で真摯な性分で与えられたお仕事や公演には、どれだけ時間が限られていようと、自分の中に落とし込み、表現。どれだけ完璧に見えていても、本人は納得していないストイックな様子や打ち込む姿は、本人発信のSNSを始め、取材での言葉、他メンバーからの発信や、ドキュメンタリー等、様々な形で「山本彩のストイックさ」は届いた。
 

そんな遠くに感じさせてしまう完璧さを持ち合わせているにもかかわらず、握手会では関西弁で友達のように話しかけてくれる、等身大の山本彩は、良い意味で本当に同年代の女の子であった。
 
 

初めて握手したのは高校3年生。塾に行く前に1枚の握手券を握りしめて彩に会いに行った。
制服を着ていたため
「学生さん?」
『同い年で』
「あっ、じゃあ受験生?」と会話をした。
その後2度会ったのち、受験を終えて会いに行くと
「あ!ありがとう!名前聞いたっけ?」
『〜って名前でコメントしてる』
「え、〜?アイコン白黒で横向いてるやつ?」
『え、そう!』
「やっと会えた!誰やろうって思っててん!いつもコメントと手紙ありがとう」
と言われ、放心したのを今でも覚えている。
この日から私は名前を再度聞かれたことはないが
今でも同じ名前で呼び続けてくれている。
そんな親しみやすさから握手会人気は1位をキープ。
 

にもかかわらず、彩はAKB48でのセンターを経験したことがなかった。様々な音楽番組でアーティストとのコラボでギターと歌を披露するも、シンガーソングライターとしてのデビューはまだ遠かった。
 

「こんな子いないのに。何でやろう。」
「不遇だ。」と思わざるを得なかった。
それでも彩は夢のためにアイドルを続けた。
 
 

そんな中、ふと発表された分岐点の一つである出来事。
2015年8月に朝ドラ「あさが来た」の主題歌としても起用された「365日の紙飛行機」センターに抜擢。人生を紙飛行機に例え、明日への希望となる、洗われるような歌詞は老若男女問わず愛され、歌番組の引っ張りだこ。センターである「山本彩」という存在は一気にお茶の間に知られることとなる。
 

“ずっと見てる夢は 私がもう一人いて やりたいこと 好きなように 自由にできる夢”

“その距離を競うより どう飛んだか どこを飛んだのか
それが一番 大切なんだ さあ心のままに”
 

この部分を聴いて、ただドラマをイメージした歌詞であるとか、世の中を描いた歌であるとか、そんな風には思えなかった。これは山本彩そのものだった。
 

ようやく夢の尻尾となるものに指をかけた彩を見て
the pillowsのFunny Bunnyを聴いた。
 

“キミの夢が叶うのは 誰かのおかげじゃないぜ
風の強い日を選んで走ってきた
飛べなくても不安じゃない 地面は続いているんだ
好きな場所へ行こう キミならそれが出来る”
 

という歌詞に彩が重なった。
どれだけ辛いことがあっても、シンガーソングライターを目指すために、アイドルという道を選び、克己心を胸に夢を見るだけじゃなく、追いかけて手を伸ばし続け、何事も結果を残してきた彩。これから何だってできる。と感じた。まさにこのフレーズそのものだった。「やっと報われた。おめでとう。」と心でガッツポーズした。
 
 

翌年2016年8月25日のオールナイトニッポンにて
本人の口からソロデビューを告げられる。
サウンドプロデューサーは亀田誠治氏。
上記歌詞の”好きな場所へ行こう キミならそれが出来る”が体現された出来事だった。
 

「いつか必ず」と信じていたものの、ここまで結果を残して来た人物が報われない現実に「どうせグループにいる間は」と失礼ながらも半ば諦めがあったため、もどかしさも持ちつつ、ただただ年単位で時間が過ぎていたが、前触れもなくふとした拍子に踏み出された彩の夢。
 

その後、本人のTwitterでは「シンガーソングライターとしての夢が叶った」ではなく「シンガーソングライターへの一歩」と綴られ、「あ、彩らしいな」と感じた。
 

そんな彼女が出した1stアルバム「Rainbow」の一曲目には「レインボーローズ」が収録されている。
 

“明日世界が終わっても後悔しない
そう思える生き方をしたいと思った
あの日君がくれた花を忘れはしない
虹色の花言葉は「無限の可能性」”
 

と歌われたこの曲は、本人の生誕祭に、無限の可能性という花言葉を持つレインボーローズが贈られたことを元に、感謝の意を込めて作詞作曲されている。
 

Key,Gt:小名川 高弘氏、Gt:草刈 浩司氏
Dr:SATOKO氏、Bass:奥野 翔太氏(WEAVER)
Vn:Ayasa氏
チームSYと名付けられたバンドメンバーをバックに
ツアーがスタート。

11/21.22のZepp Nambaで開催されたライブに私は参加した。
 

楽しそうに真ん中で歌う彩に負けず劣らず楽しそうなバンドメンバー。彩の音の取り方をしっかり見てギターの運指まで見てペース合わせているのを見て、あぁ、愛されてるなぁと。心から感じた。

彩の声を聴いて、幸せそうな姿を見れる時間に比例して涙がこぼれた。
 

同年12/31の紅白歌合戦ではセンターを投票制とする番組企画「夢の紅白選抜」では見事1位となる。驚いた後に涙ぐんでも声を震わせず、しっかり実力を出す山本彩の姿があった。
 

軌道に乗ったシンガーソングライターとしての山本彩。2017年7月に放送された音楽の日にて新曲「JOKER」を演奏後、本人のTwitterから「JOKER」をリード曲とする2ndアルバム「identity」がリリースされることが報告された。サウンドプロデューサーは再度亀田誠治氏が務めた。
 

更に、1stアルバムツアーのチームSYにCho.Asami氏を迎え入れたメンバーでのツアーも発表された。
 

identityは彩も好きだと公言している阿部真央氏や、いきものがかりの水野良樹氏、阿久悠氏の生前の作品からも提供を受け、完成度の高かった1stアルバムをも凌ぐ作品となった。
 

この中でも「サードマン」が好きで
 

“ずっと そうずっと 君は君でいて
変わらなくていいから
君が君の 嫌いなとこは 僕が君の好きなとこ
あれもこれも合わせて 君は出来てる
僕がいるよ 大丈夫 さあ歩き出そう”

という、とてつもなく優しい歌詞に、仕事でミスをした日、家族と喧嘩してしまった日、何となく気分が乗らず機嫌が悪く自己嫌悪してしまった日。この曲に出会うまではそれをガムのように自分の中で丸め込み、自然消滅するまで戦ってきた「嫌な自分」を、この曲は「こうであれ」と言うこともなく、「手放しに無理矢理背中を押す曲」でもなく、ただただ私の心をほぐしてくれた。それと同時に、この歌詞は彩本人が辛かった時にかけてもらいたかった歌詞なのではないかと実は思っている。
 

また、亀田誠治氏とヒロイズム氏から作詞作曲された「夢の声」では
 

“覚えてるか? 君の声は 夢、歌うためにあるんだ”
 

という歌詞がある。
私は、彩がどれほどの熱量で夢を追いかけて、どんな気持ちで過ごして、どれほど悔しい思いをしてきて、どれだけの努力を費やしてきたかなんて全然知らない。この立場じゃ知り得ないからである。
 

それでも好きになってから「不遇だ」と思うことは山ほどあった。1/1000程だったとしても、彩の「弱音」を聞いたことがあって、1/1000程だったとしても、彩の「努力」が切り取られたシーンを見て、そんな彩が夢を1つ叶えて作詞作曲したレインボーローズの後に、こんな歌詞を貰って歌っている事実に、稚拙な言葉では表せないほどの感動が、身体全身に走った。
 

私が彩のことを好きな理由はありすぎてわからないが、
1つだけこれと言えることは
「夢を見るだけでなく追いかけて手を伸ばし続けるところ」であり、その姿に魔法をかけられたように
私は人生を左右されたと言っても過言ではない。
 
 

大学生活を何の目的もなく過ごす自分に嫌気がさし、留学を決意した。彩の姿を見てなければ、この道を選んでいなかったかもしれない。留学前の握手では私に手の平を出させ、指で「がんばれ」と書いてくれた。

就活を目前にした私は握手会に行くことを制限した。就活前の握手で『彩からもらってばかりだ。』と言うと「そんなことない。こういう仕事って形があるものはどうしても限りがあるからそう思うだけで、あたしは、〜ちゃんからいっぱいもらってる。体壊さんようにめっちゃ頑張って、行きたい企業行って。それでチャラにしよう。」と言ってくれた。

私は第一志望の企業にエントリーシートの趣味欄や面接でも山本彩の話をした。お陰様で内定し、現在2年目として働いている。
 
 

シンガーソングライターとして駆け出して2年。フェスにも出たいと目標を掲げていたところ、今年1月にメトロックへの出演が決定した。不安だと口にしている彼女だが、肩幅に足を開いてギターをかき鳴らし、マイクに向かい、自分の音楽を信じて歌い上げて欲しい。「アイドル」という色眼鏡で見ているであろう多くのフェス参加者を「え、アイドルじゃないの…かっこいい…」と心を奪った後、阿部真央氏から提供してもらった「喝采」のラストフレーズ “これで満足か?” と一蹴して欲しいと思っている。
 
 

私は山本彩に心を彩られた。
夢を追いかけ、手を伸ばし続けられたのは彩の強さ。
夢を掴めたのは彩の弛まぬ努力。
きっとNMBに入らなくてもいつか歌手になれただろう。でも入ってなかったら歌手になる過程から応援出来てるかわからないから、本当に良かった。出会ってくれてありがとう。と言いたい。

彩はライブで自身のことを「石橋を叩きすぎるタイプだ。」と言った。石橋叩いて人の3倍時間がかかったら、彩が刻んだものたくさん見れるし、もし叩きすぎて崩れたら、その時は今まで作ったものとは違うものを見れる。それもそれでいいかなと思う。渡るのも叩くのも疲れたら何年でも休んでくれたっていい。

その時には、

“ずっと そうずっと 君は君でいて
変わらなくていいから
君が君の 嫌いなとこは 僕が君の好きなとこ
あれもこれも合わせて 君は出来てる
僕がいるよ 大丈夫 さあ歩き出そう”

と歌ってやりたい気持ちだ。
 

彩の背中を、彼女の夢である「歌い続ける」ことが彼女なりに叶うその日までずっと応援していきたい。

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