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嫌いな自分と一緒に世界まで嫌わないように

BUMP OF CHICKENが私にくれたもの

わたしがBUMP OF CHICKENと初めて出会ったのは
中学2年生の時で、当時好きだった人が聴いてたから
というとても不純な動機から聴き始めた。
最初はその彼と共通の話題が欲しいと思って
インターネットで調べて聴いた ガラスのブルース に心打たれた。
《生まれてきた事に意味があるのさ 1秒も無駄にしちゃいけないよ》

当時、父と母の仲があまり良くなかった。
頻繁にケンカになるし、それを聞いていても
またか、としか思わなくなっていた。
父が務めていた会社の経営が良くなかったため
お金だってなかった。
そんな中でも私たちは学校に行って部活をしていた。
ケンカをするたびに何度も部活やめたほうがいいかな、
高校に入ったらバイトしようかなと思っていた。
究極、生まれてこなきゃ良かったとまで思うほどだった。

学校生活でも、友達は少なくはなかったけれど
本当に心から話せる友達は1人もいなかった。
八方美人で誰にでもいい顔する、そんな人間だった。
部活では部長を務めていたが、後輩から 嫌われたくない
そんな理由で後輩にも強く言えず、仲間にも何も言えない。
後輩たちからは優しくていい先輩と言われていたが、
いい先輩ではなく、叱らない都合のいい先輩だった。

家でも学校でも気を使い続ける生活がずっと続いていた。
友達には嫌われたくないから思っていなくても合わせなければならなかった。
家の中の誰かが不機嫌だと、それを紛らわすために明るく演じていた。
ずっと誰にも本当の自分を見せられなかった。
うすっぺらい嘘で固めた自分だった。

そんな時に彼らに出会った。
最初こそは不純な動機だったが、その当時好きだった彼よりもBUMP OF CHICKENを好きになっていた。
毎晩寝る前に聴いて、毎晩枕を濡らしていた。
《きっと 今もまだ震えながら 笑おうとして泣いて 音のない声で助けを呼ぶ それは 正しい姿》(プレゼント)
《精一杯 精一杯 笑ったでしょう みんなの前 あの子の前 取り繕って 誰も気にしない様な事 それでも自分には大ゴト》《多分平気なふりは人生で 割と重要なスキルだと思う 多岐に渡り効果示すので 使用頻度もそれなり》(透明飛行船)

誰にも言えない本音に気付かれたような気がした。
最初は恥ずかしいような感覚もあった。
親にも友達にも、自分が気を使っている事をバレたくなかった。気付かれたくなかった。
それを彼らに見透かされているように感じた。
でも、自分だけじゃないんだって思えた。

《もう精一杯 精一杯 笑ったでしょう 皆も あの子も 笑ってるでしょう たまに本気で 泣いているでしょう 大丈夫 もう一回 笑えるでしょう》(透明飛行船)
《何も言えないのは 何も言わないから あんな事があったのに 笑うから》《触れないのが思いやり そういう場合もあるけど 我ながら卑怯な言い訳 痛みを知るのがただ怖いだけ》(ウェザーリポート)

彼らの音楽に何度も逃げたし、彼らの音楽だけが自分の味方だって思えた。
背中を押して励ますというよりも、手を差し伸べて背中をさすってくれる音楽に何度も救われた。

結局中学3年間は心の底から友達と呼べる人は誰1人いなかった。
仲のいい友達はそれなりにいたが、本当に思っていることは最後まで言えなかった。
卒業式の日、担任の先生から一人一人にメッセージが送られた。
わたしのもらったメッセージ、そこには
“もう1人で泣いてないかい” そう書かれていた。
涙が溢れ出した。
気付かれていたんだ。平気なフリして過ごした学校生活でも見てくれていた人はいたんだと思った。

私は高校に入ったらもっといい人間関係を築きたいと思うようになった。
きちんと本音で話し合える友達、仲間が欲しいと思えた。
最初は難しかった。今までの性格があったために、
すぐに綺麗事を並べてしまう自分がいた。
でも、もっと黒い部分見せなよ、と言ってくれる仲間が出来た。
環境が良かったのもあるが、自分の思っていることを吐き出せるようになった。

高校の卒業式の日、父からメールが届いた。
“卒業おめでとう 昔から手のかからない子で自分で何でもできるし、こっちのことを先読みして先回りして行動してくれるので、本当に助かります。あなたがいなかったら我が家は壊れていたかもしれません。本当にありがとう。〜 諦めたり見て見ぬ振りをするのは簡単だけど自分を高める努力をしている人はやはり輝いて見えるものです。そんな人になって欲しいです。最後に、僕ら夫婦の間に生まれてきてくれてありがとう。あなたが僕たちの子供で本当に良かった”
涙が止まらなかった。
きっと父も私の性格も、私が悩んでいることも、それを誰にも話せないことも全部気づいていたんだ。

あの頃はBUMP OF CHICKENの音楽だけが全てだった。
彼らだけが味方だった。
でも彼らに出会ったおかげで、色んな人に出会えて、
自分を変えたいと思えた。
ただ彼らの音楽に逃げていた私ではもうないんだと思った。
すごく変わったわけではないけれど、どうにかしたいと
思えるようになっただけで、こんなに世界は変わって見えるんだと思った。

社会に出てからのほうが大変なことは多かった。
理不尽なことだってあるし、自分の不甲斐なさを思い知らされる。
何度もやめたいと思ったけど、それでも毎日仕事に行った。
《真っ直ぐな道で迷った時は それでも行かなきゃいけない時は 僕の見たかった 欲しかった全部が 君の中にあるんだよ》(流星群)

いましている仕事に満足しているわけではない。
本当にやりたい事でもないし、でも自分で何がしたいか正直今はまだわかっていない。
もうそんな夢を見れる歳でもないと思っていたけれど、
彼らの音楽は、好きなことを好きなようにやっていいんだよ、夢をみていいんだよと言ってくれているような気がする。
まだまだ長い私の人生だからやりたい事を思い切りやって生きていきたい。

毎日彼らの曲を聴いて出勤して、帰宅している。
彼らの音楽は決して私に答えをくれるわけではない。
ただそばにいてくれる。見守ってくれている。
そんな気がする。
彼らが 《どうか生き抜いて》と歌ってくれるから
毎日をきちんと生きていこうと思える。

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