1317 件掲載中 月間賞発表 毎月10日
この数字はTwitterやFacebookでのリツイート・いいねなどの反応数を合算して算出しています。

生活密着型音楽依存症

打首獄門同好会に陸続きの夢を重ねて

『Start Up Music 音楽に魅入られた俺達は
耳の穴から注いだ何かを どういうワケだか力に変えてる
No Music No Life 音楽依存症の俺達は
今日も不快にまみれた世界を テンションだけで切り抜ける』

~【音楽依存症生活】 打首獄門同好会~
 
 

『生活密着型ラウドロックバンド』という不可思議な字面を目に焼き付けながら、米だ肉だ魚だうまい棒だと歌う音楽を聴いている。
 

レコードは家にあったけどぎりぎり知らない世代。
レンタルしたCDをカセットテープにダビングして、ウォークマンで聴いていた放課後の校庭には滑り台やブランコがあった、小学生。

耳から流れる音楽を聴いているだけで、なんだか大人になった気になって、ポケットの中の小銭でコーヒーを買って撃沈した。飲めない、苦い。

バンドブームはテレビ画面の向こう側の盛り上がり。地方の子どもだったわたしには遠すぎて、UNICORNもBOØWYも教室の机の上に誰かが彫った落書きだった。

音楽業界の黄金期といわれる90年代と同時進行していた青春時代は、日本中に同じ音楽が溢れていて、個人の嗜好は大掛かりな流れに支配されていた。
地方の、ようやく新幹線が停まるような駅前を歩けば、望まないのに耳に入ってきたあの歌たちは、今でも懐かしく口ずさむことができる。

でもみんなと同じはかっこ悪い。そんな価値観を持っていたわたしは流行の曲を避ける傾向にあって、ダビングして持ち歩く歌はだれかとイヤホンを分け合って聴くに至らず、いつも自分の頭の中に直接流し込まれる。

ウォークマンやCDラジカセ、MD、MP3と文明が少しずつ進化していくのをなぞるように、音楽が身近に気軽になっていった。

そんなただ聴くことで満たされていたわたしが、初めてライブハウスというものに足を運んだのは高校生の時。

小さな、とても小さな箱の中で聴いた音の大きさに驚いて、今まで何も考えずに聴いていた音楽が楽器というもので一つ一つ奏でられているのだということを知った。

18歳で付き合い始めた3つ上の彼氏の一人暮らしの狭いワンルームには、必要最低限の生活用品しかないままごとのような暮らしの中に、ひときわ存在感をもったエレキベースが鎮座していて、散らかった部屋に散らばったピックを時々踏んでは足の裏を傷めることとなる。

ミレニアムと大騒ぎした2000年代、社会人となったわたしの夜はライブハウスと練習スタジオ。こんな風に書くと、まるでバンドを始めたかのように思われるかもしれないが、わたしは昔も今もずっとお客さんだ。

3つ年上の彼氏が地元の友人たちと組んだアマチュアバンドの練習にくっついていって、スタジオの外にもれてくる音がその頃のBGMだった。
がこん、と分厚い扉が開いて彼らが出していた音が止み、喫煙スペースが白い煙で覆われる。次のライブのセットリストは決まらないまま、ファミレスに場所をうつしてただ時間を眺める。

まだドリンクバー制度がないファミレスで、お代わり自由だからと選んだコーヒーに胃を痛めるわたしの横で、あっちこっちへ飛ぶ会話が深夜のテンションで繰り広げられていく。

20代前半のわたしたちの夜には時間だけが馬鹿みたいにあった。

決まったセットリストを小さな紙に書いて箱に入れ、ステージの上でくじ引きのように引いていく演出は、あらかじめ決めた曲順どおりになるよう1曲目は右端、次は左にと貼り付けるという茶番を思いついて嬉しそうなメンバーの笑い声が、白んだ朝とファミレスの静かなBGMに混ざり合う。

そんな次のライブにワクワクしながら夜をいくつも過ごしたわたしはコーヒーが飲めるようになった。
 

あれからたくさん時間が経過して、わたしを取り巻く環境はいろんな出来事をはさんで変化している。
3つ年上の彼氏は夫となり、父となり、わたしも母となった。
練習スタジオ兼ライブハウスは取り壊されて、マンションが建っている。そこにあの頃の景色は残っていない。

音楽を生業にするという夢を持って地元のバンドを解散して東京に出て行った先輩は、1年ちょっとでまた地元に戻ってきた。どこかの工場で働いているという話を聞いたのは何年前のことだっただろうか。
一方で仕事をしながらいまだに楽器を手にして音楽を続けている友達もいる。変わってしまったものも変わらないものもある。
 
 

わたしは米だ肉だ魚だうまい棒だと歌うバンドを知ってまだ間もない。
ステージに立つ演者の3人とは同世代だ。つらつらと書いたわたしと同じ青春時代を送っていたのかどうかは知らない。

わたしが出産や子育てで子ども番組をBGMに生きている間に、フェスが一般化しyoutubeが市民権を得て、音楽との距離感があの頃とはまた違った形を成している。
CDが売れなくなったと嘆く音楽業界の荒波を、手探りで泳いでいる人たちだと思う。

彼らの公式サイトのブログにその歴史は刻まれていた。
2005年から削除されることなく残っているそれを、今の姿からさかのぼって読んでいくと、まったく勝手なことだと思うが、わたしが過ごしたあの頃の続きを眺めるような日々がつづられていて、そこには陸続きの夢がある。

もしもほんの少しの間でも演者側だったとすれば、また違う想いを抱くのかもしれないが、幸運なことにわたしは昔も今もいつだってお客さんだ。
ステージ袖からの景色に思いをはせ、しかしそこを見ることは叶わない。いつもそこから先にあるステージを観客席から見上げている。
 
 

『まぶたを閉じて 耳を済まして 意識は音の渦の中に
囁き声で歌をなぞりながら 心は妄想の世界に
身体が勝手に踊りだしたがる 衝動をおさえているんだろう
イヤホンつけて ボリューム上げて 再生ボタンを押した それだけで』

~【音楽依存症生活】 打首獄門同好会~
 
 

冒頭のサビはこうしてつながっていく。
米食べて美味しい、肉が食べたい、そんな食への衝動がストレートにつづられた打首獄門同好会の歌は、たしかに『生活密着型』だといえるだろう。布団の中からだって出たくない。
しかしわたしはここに紹介したこの曲が、わたしにとても密着している。

ほとんど小さなライブハウスにしか行った事のないわたしが、いまだに地方に住んでいるわたしが、日本武道館のチケットを仕事用の手帳に忍ばせている。
大きくて想像もできないその箱が、スポットライトで色を放つその瞬間を待ちわびている。

もしかしたらそれはあの頃に見た夢の続きを勝手に重ねているにすぎないのかもしれない。彼らが重ねてきた歴史とわたしの歴史はまったく別のものだ。そんなことはよく分かっている。

しかし武道館公演を観終えて会場を出たら、きっと白んでいく空をファミレスの窓越しに見ながら飲んだ煮詰まって苦いだけのコーヒーがわたしの喉の奥によみがえるのだろう。

そしてお祭りのようなライブが終わり、わたしはまた日常に、生活に戻っていく。
生きていくための課題は歳を負うごとに複雑化して山積みになっている。日々はスピードを速めて振り返ることを許さず流れている。
しかし根底にあるものは変わらないでいてくれるだろう。
 

音楽依存症のわたしたちは、イヤホンを耳の穴にさすだけで、どういうワケだかそこから流れる何かを力に変えていくことができるのだから。

  • 投稿作品の情報を、当該著作者の同意なくして転載する行為は著作権侵害にあたります。著作権侵害は犯罪です。
  • 利用規約を必ずご確認ください。
  • ハートの数字はTwitterやFacebookでのリツイート・いいねなどの反応数を合算して算出しています。
音楽について書きたい、読みたい