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I respect THE ORAL CIGARETTES!!

ある意味運命的な出会いをしたバンドの曲が、一番の想い出の曲になる話。

「音楽と匂いは記憶に残りやすい」と言われる通り、きっと誰にでも、歌に支えられたり救われたりした経験があることだろう。
片想いに苦しんでいる自分に重なり、感情移入できた曲。勝負に挑む前に聴き、自分を奮い立たせた曲。友達と喧嘩した帰り道、一人泣きながら聴いた曲。
そんな想い出の曲を聴くたび、その時のことを思い出したりもするだろう。
私が初めてそんな経験をしたのがいつだったかは思い出せないが、その中で一番よく覚えているのは最近のことだ。
当時小学6年生だった私はあるラジオ番組にドハマりし、毎日必ず聴いていた。ある日そこで流れてきた、とにかくかっこいい曲。それ以外に感想が思い浮かばなかったぐらい、とにかくかっこよかったのだ。私は思わずやっていた漢字練習の宿題を一時中断して、ラジオに耳をくっつける勢いで夢中になって聴いたのを覚えている。
曲が終わった後にアーティスト名とタイトルが読み上げられたが電波が悪く、よく聴こえなかった。
その数日後、私は近所のCDショップに行きうろうろしていた。すると最近聴き始めた邦ロックコーナーで、何やら知らないバンドが特集されていた。
ざ おーらる し、しがれ…?何て読むんだこれ?
何やよく分からんけど、とりあえず聴いてみるか。
そんな「バンド名がなんかかっこいいから」という理由で聴いたことさえ運命的だと思えるほど、私は驚くこととなった。
あ、これ、あのラジオで流れてためっちゃかっこいい曲だ。
そのことに気付いた私は、興奮を抑えきれないままアルバム「UNOFFICIAL」を購入し、帰って早速聴いた。
やっぱりこれ、あの曲だ…。こんなことってあるんだなぁ…。
その時の曲とは、THE ORAL CIGARETTES(以下オーラル)の「5150」だった。
当時高音ボーカルのバンドを多く聴いていた私にとって、山中拓也(Vo/Gt)の低く太い、しかし聴いていて心地よい声は新鮮に感じられた。そこからオーラルにすっかりハマった私は、ほぼ毎日このアルバムを聴いて過ごした。
が、これが一番の想い出というわけではない。
ここからが本題である。
それから数か月経ち、私は中学生になった。
しかしそこであまりうまく行かず、自己嫌悪に陥っていた。さらにそれは日に日に深くなっていき、毎日部屋でうずくまっていた。全てが嫌になり、意味もなく絶望することもたびたびあった。当時の私には、いつも聴いていた明るすぎる応援歌も哀れみを含んだような同情の歌も響かなかった。
そんなある日、オーラルの「カンタンナコト」という曲をふと聴いた。その時の気持ちを一言で表すと、「救われた」とでもなるのだろうか。
泣いた。とにかく泣いた。
どんな音楽も救えなかったこんな私を、オーラルだけは見捨てないでいてくれた。そんな気がしたのだ。
曲の内容は、「本当の辛さを知らないお前らが簡単に消えたいとか泣きたいとか口に出すな、その一言一言に責任を持て」というもの(と私は解釈している)だ。
この、普通の人が聴いたら「病んでる」と思われかねないが、同情でも励ましでもないこの曲に、私は何より救われたのだ。
今、私はどうにか学校でうまくやっている。
辛い時期に「カンタンナコト」を聴いて「救ってくれた歌」から「戒めになる歌」に変えていき、同時に自分の気持ちも「辛くて仕方ない」から「一言一言に責任を持ち、うまくやろう」と変えていった、というのが大きな推進力となった。
こうして、私に忘れられない想い出の曲ができたのだった。これからも私はたくさんの曲に支えられて生きていくだろう。
しかし、これを越えるような想い出の曲はなかなか出来ないとも思う。
最後に言いたい。
こんな稚拙な文章ながらここまで読んでくれた皆さん。本当にありがとうございます。
そして、THE ORAL CIGARETTESの皆さん。
どん底にいた私を見捨てないでくれて、ありがとう。

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