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七色の放物線のその先

KEYTALK 5thアルバム「Rainbow」に寄せて

KEYTALKのアルバム発売はここ最近の私の唯一といっていいほどの楽しみだった。2月に入ってからというもの、これまで周りに呆れられるほど行っていたライブの予定も全くない。何かすることがあるわけでもない。いわばモラトリアム期間の中、毎日をぼーっと過ごすのが苦痛だった私にとって、いつしかアルバム発売はその名の通り、雨上がりに現れた虹のような出来事となっていた。
 

いつもと様子が違うと思ったのはトラックリストが公開されたときからだった。
「SUMMERのつく曲名がない!」友達とのグループラインがざわついた。その後、雑誌のインタビューなどで知った、今回のアルバムには今までのようなパーティーチューンがないこと。その時点で確信した。このアルバムはきっととんでもないものになる、と。決してパーティーチューンが嫌いなわけではない。そうは言っても、きっと、私はパーティーチューンで踊ることにどこか飽きを感じていたのかもしれない。

遠足前の子どもみたいにあれだけ楽しみにしていたのにも関わらず、いざアルバムがすべて聴けるとなれば、なぜか躊躇した。聴いてしまうのがもったいないような、そんな感覚に陥った。そんなこと言わずに早く聴けよという友達の後押しもあり、ドキドキしながらイヤホンを耳につける。
KEYTALKの新譜を聴くときはいつも緊張する。
この緊張と同じ緊張を何度も味わったことがある。ライブが始まる前だ。
楽しみなんだけど、心臓がもたないと思うほどドキドキする。期待している証拠でもある。

私は一つのことだけに集中するというのが少し苦手だ。DVDだけをじっと見る、無音の中で勉強をする、できなくはないが、すごくむずむずするし逆に集中できない。音楽だって同じ。ライブならまだしも、家で音楽だけを聴く、なんてことはしない。基本、何かのBGMと化している。

イヤホンから流れる一音目。そこから無意識のうちに音に、声に、集中していた。集中して聴かずにはいられなかった。

“僕らはいつも追いかけていた あの放物線を 願って探してた夢って何だっけ”
戦争の曲だと、事前にインタビューを読んで知っていた。もちろん戦争に直結しているようなワードはない。しいて言うなら「ワルシャワ」という言葉で第二次世界大戦を想起したくらいであろうか。やはりそこに前作、前前作のような明るさは感じられなかった。どちらかといえば暗い。でも暗いだけじゃない。かすかに漏れる光。それを信じる二人。

“届いているのなら そこから合図して”

義勝の裏声と歌詞に胸がキュッと締め付けられる。1曲目からロックだ。

「暁のザナドゥ」がリードだと知り、初めてのラジオオンエアで耳にした時、正直、攻めたな、と思った。リード向きではないと思う。でもこの曲がリードであることで、私の期待と想像はかなり膨らんだ。これがリード曲になるってほかの曲は一体どうなっているのか、気になって仕方なくなった。だからKEYTALKの作戦は成功である。「ワルシャワの夜に」がリードだったら、ここまでの期待はなかったかもしれない。

おしゃれでどこか不気味な雰囲気を残したまま続くのは「ロトカ・ヴォルテラ」。元々シングルで出されたときからかっこいいと思っていたが、「ワルシャワの夜に」「暁のザナドゥ」のあとに続くとダークさとかっこよさが引き立つ。
「ロトカ・ヴォルテラ」に限らず、はじめ3曲はダークである。しかも1曲目、2曲目、3曲目・・・と行くうちにそのダークさは増していく。海の深いところにどんどん潜っていくような感覚だった。しかもただダークなだけではなく、ロックでかっこいい。KEYTALKのかっこよさはこういったダークな曲に一番現れるのかもしれない。

そんなダークさを包むようにつながる「セツナユメミシ」。
この曲はある意味、はじめ3曲からの転換のように感じる。シングル曲で聴き慣れているのもあるせいか、ここで少し落ち着く面もある。最初3曲が影ならば、影と光の挟間のように感じる。だから聴く者を引き込むためのジャブのような役割をこの位置で果たしているような気がする。この1曲でがらっと雰囲気が変わって、それでいて前の曲とも後ろの曲ともつながっているように思えたから。「セツナユメミシ」という曲はそういう意味でこのアルバムの中ではすこし不思議な存在なのかもしれない。
私はこの曲が4月からのツアーでどのような位置にくるのかとても楽しみにしている。

聴き慣れたアウトロのあとの「nayuta」は「OVERTONE」のころに作った曲だと聞いていたが、おそらく言われなければわからない。それくらい違和感がない。武正が作る曲はきらきら感があるなと個人的に思っている。きらきら感といっても、輝いてるとか光ってるとか、そういう意味とは少し違っていて、音がはねてキラキラしているような、そういったキラキラ感である。とにかく音が自由で楽しそうなのだ。そこに義勝の詞が乗ると言葉まで踊りだしてしまう。今も昔も一番底にあって基盤となっているものは揺らいでいないんだなあと実感できた。

トレーラーで一番気になっていた「雨宿り」はイントロから期待を裏切らなかった。音からも雨を感じ、義勝の優しい声に包まれる。KEYTALKの曲には切なさを感じることが多いのだが、歌詞の幸せでもない、でも悲壮感もない、どっちともつかない感じが余計に切なさを誘った。

“なんでだろう こんなつもりじゃなかったんだけどな”

恋愛の場面に限らず、おそらく誰もが一度は思ったことがあるであろうこの言葉がこんなにも優しく切なく響くなんて思っていなかった。歌詞にしても歌にしても、成長しようと思って取り組んだ、とインタビューで語っていた義勝の変化が一番見られる1曲だと思う。
 

降り続いていた雨もやがて止み、ふと見上げた空にはマジックアワー。
そんな風景が思い浮かぶような流れになっている「黄昏シンフォニー」。この曲がこの位置で本当によかったと思う。流れが最高に良い。八木が「黄昏シンフォニー」の位置をここにすることを譲らなかったと知って、私は心の中で盛大に拍手を送った。ここにあることで、「雨宿り」も「黄昏シンフォニー」も両方引き立つ。それでいて、アルバム後半の始まりの1曲である。個人的なイメージとしては、薄暗い雲に覆われてすっきりしない空が徐々に明るくなっていく印象を受けた。

そんな「黄昏シンフォニー」のあとに続くのが「テキーラキラー」なのだからやられた、という感じである。このままエンディングに向かってまっしぐらかと思いきや、ここにもジャブを一発。トレーラーで聴いた限り、かなりふざけた曲なのかと思っていたが、歌詞を見ながら聴いていくと気だるさと大人の雰囲気を感じる1曲になっていた。八木が作った曲の中に「wasted」があり、それもお酒に関する曲だと記憶しているが、それとはまた雰囲気も違っている。「wasted」が意図せずアルコールに飲み込まれてしまう曲だとすれば、「テキーラキラー」は自らアルコールに飛び込んでいくような印象を受けた。

“もっともっと愛をもっと”

きっと飢えている。全然足りないのだ。弱いのにめちゃくちゃ飲む。八木だから書ける歌詞だろう。そして偶然か、この曲はアルバムの8(八)番目である。
そしてここからエンディングまで壮大さを感じる曲が並んでいる。
そのスタートを切るようにイントロが鳴る「ミッドナイトハイウェイ」。巨匠が作っただけあって、バイクで走っている場面がすぐに思い浮かぶ。身なりは軽いが音は重い。巨匠いわくドンシャリのベースに重なるツインボーカルの声の映えること。ライブ映えもしそうである。

疾走感たっぷりのこの曲に続く「Rainbow road」。イメージは、ずっと走っていたトンネルを抜けたときのような印象。そこからさらに加速していく。空には虹が浮かんでいる。そんな風景を思い浮かべた。

聴きながら、この部分はライブでシンガロングするんだろうなという想像が容易につくくらい、この曲はメンバーも言っているがライブがよく似合うと思う。笑顔で演奏する4人がいて、それを涙交じりの笑顔で聴いている私たちがいる。そんな場面を頭の中にすぐ描ける。

“Anything.
You can always start with someone again.
Anything.
You can always laugh with someone again.
Anything.
You can always cry with someone again.“

前作「PARADISE」の「Oh!En!Ka!」が、頑張れ!と背中を押すのなら、「Rainbow road」は、一緒に頑張ろうぜ!と仲間と肩を組んでいるようだ。
どんなことも、誰かとまたいつでもできる。
一人で聴いているはずなのに誰かと一緒に聴いているような感覚だった。

“いつか 僕にも 描けるだろうか 君が憧れる 七色の放物線”

巨匠は応援するのが上手い。自身がいろんなことにチャレンジしているのもあるのだろうか。弾き語りは歌詞も気持ちもよりしっかり心に響く。

そんな余韻に浸りつつ「旅立ちのメロディ」へ。
イントロから想起されるのは映画のエンドロール。本人も言っていたのでそう思ったのかも知れないが、想像の中で、私は映画館にいて、この曲を聴きながら架空のエンドロールを目で追っていた。そう思っていたら、八木も全く同じことを言っていた。それだけイメージしやすいということだろう。巨匠の作るバラードは名曲が多いが、一番といっても良いと思う。大きな会場のライブでも映えそうな1曲である。

そして無償の愛をテーマにしたという「FLOWER」。トレーラーで聴いた時は巨匠が作ったと思っていたから、義勝だと知った時の衝撃はすさまじかった。義勝がこんなにドストレートな曲を作ると思っていなかった。でも作り上げてしまうのだから、やはり彼は天才だと思う。
この曲で私は、虹がだんだんとうすくなっていく風景を思い浮かべた。うすくなるということは、なくなるということで、なくなる、消えてしまうとなるとマイナスにも聞こえるが、私のイメージは決してそうではない。そこに悲しさや切なさはなく、虹を見送って、さあここからまた始まるんだというような前向きさを感じている。ぬくもりや優しさであふれている。イントロからそれが表れている。そして同時に頭に思い浮かべたのは、大切な家族、友達、私を支えてくれている人たち。
とくに、曲を聴いて家族を思い浮かべたのは初めてだった。

“たくさん愛をもらって 好き勝手歩いてきたけど 本当の優しさ 僕は誰かにあげられたかな”

少し前の私なら、こんな歌詞を見れば何かクサいなと思って素直に受け入れられなかったかもしれない。
全部の歌詞を見ても、テーマを考えても照れくさくなるような1曲だけれど、スッと入ってきたのはそれだけ自分が大人になったということだろうか。
心があたたかくなって、アウトロが消えていく。「FLOWER」は確かに最後の曲で、締めくくりの1曲ではあるのだが、私はアルバムが終わるというよりはまた巡っていくといった方が正しいなと思った。
1曲目からもう一度聴きたいなと思ったし、実際聴いてみると、かっこよさが増している気がした。

KEYTALKの曲はどれも好きだ。でも一番かっこいいのは一番新しい曲だと思っている。だから「Rainbow」は今の私にとって最高の作品になった。曲順、流れを含めて一枚にこんなにストーリー性を感じ、こんなに好きだと思ったアルバムは今までにそうそうない。普段なら何回か通して聴いたらお気に入りの曲だけプレイリストに入れてシャッフルで聴いてしまうのだが、しばらくはこの順通りで聴きたいと思っているほどである。好きだから、ファンだからそこまで思うのかもしれないとも思ったが、お世辞抜きでこのアルバムは間違いなく今のKEYTALKの最高傑作だ。
2017年、史上最多本数のツアーを終え、横浜アリーナでのワンマンも成功させた経験がこのアルバムに活きている。スケールが大きいと感じる曲が多いのはきっとそういうことだろう。彼らはライブをはじめ様々な活動を原動力にしている気がする。そして彼らの口からよく耳にするのは、「良いものを作りたい」、「やりたいことをやった結果がこれ」。シンプルではあるけれど、そこを突き詰め、4人が4人とも曲を作れることも相まって唯一無二のものができるのであろう。かっこよくありつづけるのはそうそうできることではない。29歳にもなってよくふざけているのに、音楽のこととなればさっきまでのはなんだったの?と思わせるくらいかっこいいからKEYTALKは本当にずるい。
だからこれからKEYTALKがどんな風景を見せてくれるのか私はとても楽しみだ。そんな私の期待ですらきっと彼らはすぐに超えて見せるのだろう。
虹の向こう、その先に。今日もきっと進み続けている。

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