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Oasisが僕にもたらしたすべて

フェラーリに乗って

Oasisほど多くの人に聴かれ、語られたバンドは世界広しと言えど僅かだと思う。今更語ることもないかもしれないが、僕の人生を変えてしまったバンドなのだから語りたくてしょうがない。
 

僕がOasisと出会ったのは高校2年生の時。青臭い自分にとっての高校2年生はたったの4年前である。しかしこの4年、とにかく濃密で混沌としていた。音楽に束縛され、僕自身もベタ惚れだった。まさにジョンとヨーコさながらにグラマラスな関係性、周りからは奇異の目でみられていたことだろう。
どう考えても狂っていた、そしてそれは今も続いている。
音楽という泥沼、共依存のリアルがそこにはあった。
 
 

かなり自分語りになってしまうが、もっと早くにOasisに出会っていればと思う時がある。

特に出会う1年前、高校1年生の時だ。当時の僕は音楽にさほど興味のない、サッカーとゲームが好きな思春期真っ盛りの少年だった。初めて出来た彼女との、青々しく燦然と輝く、若き日々を過ごしていた。本当に最高で、最低だった。彼女を求め、彼女はそれを受け入れてくれた。

しかし、人の感情とはワイングラスに注がれるワインと一緒、満たされれば満足し、注ぎすぎると、溢れ落ちていってしまう。そう、中学の先生が言っていた。

つまりは、愛を注ぎすぎた。つまりは一方的に。そう、つまりはこっぴどく振られたのだった。
さらには高校内での恋愛だったため、僕にまつわる悪い噂が学年中に電撃のように駆け巡った!彼女の友達の仕業だった、女ってやつは。彼女を擁護する女に好かれるために僕を嫌う男まで出てきた、男ってやつは。

それからは僅かな友人と身を隠すように、心を伏せるように生きた。生きた心地はない、あるのは心臓の鼓動だけ。あまりにも過剰に見えるかもしれないが、高校が世界のほぼ全てな高校生にとっては、とにかくキツかった。

そんな絶望の淵に立たされた少年の心を癒し、微笑みかけたのは、神でも、親でも、先生でもない。ギャラガー兄弟だった。
 

僕は昨今のオリコンチャートを見て、ため息ばかりつく健全な男の子だった。
なんとなく洋楽を聴きたいと思った逢魔が時があった。
まさしく魔物と相対する時が迫っていたのだった。

そして、またなんとなく「洋楽 名曲」と打ち、ネットの海の波に乗った。
空が漆黒に染まりかけていた。会ってしまった、魔物。
異様に眉毛の濃い、やる気のなさそうな目をした、よく似た2人組み。

初めて聴いたのは「Whatever」で、ブカブカのジャージと、汚いジャケットを着ていた2人は、その姿から想像もつかない美しいメロディを奏でていた。聴き覚えがあったため、少し身を乗り出して聴き入った。
その後も動画サイトで美しいメロディと、聴衆を煽るメンバー、その圧倒的なカリスマ性に陶酔している観客、一体になった会場すべてに惹かれた。

周りの友人がOasisを知らなかったことがとにかく嬉しく、それが決め手となった。Oasisカッケェ!…ひねくれた奴め。

退廃的に、とにかく目立つことなく、自分を捨てていた僕は、この時から僕ではなく、俺となったのだった。とにかく自由を求めていたんだと思う。
ロッキングオン社様が広い心の持ち主であると踏んで、ここからの一人称は俺にする。
 
 

また重ねるようだが、Oasisを好きになってからの4年はとにかく混沌としていた。ヒットチャートの常連さんを軽い気持ちで、大した思い入れもなく聴いてる連中に心底腹が立ち、軽蔑した。「俺はお前らとは違う、音楽を尊敬しているし、メディアに操られる愚か者には成り下がらない。」といった具合にまで出来上がっていた。
ひたすら音楽を求め、それ以外を半ば、ないがしろにしていた。この時の俺は本当にロックじゃなかったと思う。

今では多様な音楽を聴いて、ようやく寛容性も身についた、この時はちょっと病んでいた。
 
 

「Oasisはフェラーリと同じだ。見るにはいいが、スピードを出しすぎると制御不能になる。」リアムの言葉だが、これはオーディエンス側にも言えることだ。

僕が俺に変わるには十分すぎるスペック、まさにロックンロールスター。

しかし、フェラーリもランボルギーニもスピードを出すためにあると思う。だから、制御不能になったあの時を後悔はしない、人生はスーパーソニックなんだから。そう教えてくれたOasisのためにも。
自由な生き方や、根拠のない自信にとにかく勇気をもらった。
 

そして、17歳にしてリアム・ギャラガーから天命を知らされることになる俺であったが、あれは本当に運命だったと思う。
Oasisに出会っていなかったらと思うと恐ろしい。あのままだったら、どれ程窮屈であったか。

音楽の価値観だけではなく、人生観が変わる体験だった。

人間は満足を越えると感動をし、感動を越えると感謝をするらしい。今俺はOasisに感謝をしている。こんなことは人生で2度はないかもしれない、その1回を17歳という時期に迎えれて幸せだと思う。
 

それでというとも私事ではあるが、就活生となった今、そのような経験から音楽関係の仕事をしたいと考えるようになった。そんな音楽に、どうしても恩返しがしたいと思った。
叶うかどうかもわからない夢ではあるが、「俺」のような「僕たち」へ音楽を伝えられたら幸せだと思う。

こういった書き物の経験がゼロに等しいため、稚拙な文章になっているかもしれないが、書いてよかったと思う。
 

『I’m free to be whatever I 』 「俺は自由に何にだってなれる」
『Whatever I choose 』「何だって俺は選んでいいんだ」
(Whatever/Oasis)

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