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暗がりの中から

クリープハイプと映画「自分の事ばかりで情けなくなるよ」について

クリープハイプの音楽を初めて聴いたのは、Mステに出演していた時だ。そのときのクリープハイプは歌詞を間違えていたのを今でもよく覚えている。間違えた瞬間に、尾崎さんがニヤッとしていたのも覚えている。
Mステが終わったあと、「さっきのバンドの人声たけーなー。」と、ぼんやり考えていて、その日はもうクリープハイプのことは忘れていた。
しかし、次の日、やっぱりあのバンド気になる!と思いTSUTAYAでCDをたくさん借りた。その時行ったTSUTAYAでは、DVDプレーヤーで「社会の窓」のMVが流れていて、それも当時小学六年生だった私にとっては、衝撃的なものだった。地味な雰囲気のOLの女性が画面いっぱいに映っていて、しかも涙を流していたのだ。

そのとき、自分の中で何かが完全に始まっていた。

そのTSUTAYAはもうなくなってしまった。

「社会の窓」のMVの画が私の瞼にこびりついて離れなかった。私はどんどんクリープハイプに興味が湧いた。
そしていつしか、CDを全て買い、昔発売されていた自主制作のCDもネットや中古のお店で必死に探すまでになっていた。

私はクリープハイプが、好きだ。と気づいた。

その年の冬(たしか)に、クリープハイプのMVが1つの映画になり、それが私が住んでいる仙台の街でもやるということが決まった。私は映画が好きでよく見ていたし、クリープハイプが関わっているなら、という軽い気持ちで、その映画を見に行った。

その日は夜の上映だったにも関わらず、たくさんの人がいて、席は埋め尽くされていた。わたしは真ん中より少し左寄りの、後ろから2列目の席に座っていた。

冒頭のシーン。ピンサロ嬢が店の前で客を見送ったあと、煙草を吸っている。

これは「イノチミジカシコイセヨオトメ」という曲にまつわる物語である。
この物語の終わり近く、主人公のピンサロ嬢が部屋をめちゃくちゃに荒らして、1人部屋の真ん中で、泣きながら笑っているシーンがある。

わたしはこの映画のDVDを買い、何度も何度も見返した。

私はこのシーンに「共感」することができた。

もちろんそのとき小学生だった私にピンサロ嬢の気持ちはわかるはずがない。しかし、確かにあの時、「この感じ、わかるなあ」と思ったのだ。

「なにもかも、投げ出したいけど、明日も生きてみたい」

そんな気持ちが自分にもあるのかもしれないと思った。
私は今高校生で、人並みに毎日を過ごしている。学校では、1年生の時から、進路のことを考えなければならない機会がたくさんあった。私には好きなことがある。したいことがある。夢と呼べるほど綺麗じゃないけど、夢のようなものもある。
よく、夢が叶う人はひと握りだと言う。自分がなりたいものに対して、好きな気持ちだけじゃどうにもならないことも分かってはいるはずだ。このMVの主人公のピンサロ嬢もきっと夢があって上京してきたのかなぁと私は思った。でもいつしか生活していくために、やりたくもない仕事をして、という生活になってしまったんだろうと思う。そして、「こんなはずじゃなかった。」と後悔と情なさで、ぐしゃぐしゃの気持ちになったのだろうと思った。

私はずっと昔から自分の好きなものに自信がなかった。今でもそうだ。だからきっと夢に対しても素直になれず、学校で進路の話をされても、自分のしたいこととは全然違う、普通に進学して、就職したいですみたいなことを言ってしまう。でもそんな自分が恥ずかしく、情けなく、やるせない、そんな気持ちになる。
そんな気持ちがずっと続き、もうなにもかもどうでもいい、どうでもいい、どうでもいい、投げ捨ててしまいたい、もう何もしたくにい、そう思うとこがあった。

きっとそれがあの時見たピンサロ嬢の気持ちに重なったのかと、今は思う。
私の代わりに、爆発した全てを放り投げて、ぐちゃぐちゃにして、涙を流してくれたんだ、と勝手に思っていた。

あれは「鏡に写った自分」だと思った。

この物語以外に、3つの物語があった。個人的には「社会の窓」という曲にまつわる物語が好きだ。

「あたし、頑張れ。頑張れ、あたし。」

トイレにこもり、1人涙を流しながらOLの女性が鏡の自分に向かって言うセリフ。このシーンがいちばん好きだ。自分自身に声をかけ励ますなんて機会は今までなかった。もっと自分を大切にしようと思うことができた。
辛いことがあった時、私はこのシーンをよく頭に浮かべている。

他の物語は、登場人物にしか分からない愛や恋の話、憧れと過去と現在に悩む話など、当時の私には早すぎたかもしれない。でも絶対に今の私に影響しているし、映画をさらに好きになることができた、とても大切な映画になった。

私はこの映画を無性に見たくなるときがある。それは決まって、嫌なことや辛いこと、ムカつくことがあった時だ。そんな時この映画の登場人物が、台詞が、景色が、全部全部、私を認めてくれるような気持ちになる。
「毎日楽しんで、頑張れ」
みたいな、そんな強くて曖昧なメッセージではなく、
「明日は何かいい事ある」
そんな小さくて、脆くて、やさしいメッセージがこの映画にはあると思う。
この映画があったから、どうにかやってこれたことが、自分の中に、確かにあるだろう。

私はこの映画、そしてクリープハイプを見つけ出すことができて、本当によかったなと思う。そしてこれからもずっと助けられていくんだろうと思う。

映画は極端に言えば、人が何かになりきって決められたセリフを話したりするだけである。それが劇場の暗がりの中でスクリーンに映し出される。それだけ。でも、その決められた世界以上のものが映画にはあって、見た人の人生を変えてしまったり、セリフ1つで誰かを励ましたり元気にしたりすることができる。
私はそんな「映画」というものが、大好きだ。

好きなものを素直に愛していたい、夢を見ていたい。

そんな気持ちにさせてくれた、クリープハイプと「自分の事ばかりで情けなくなるよ」という作品にとても感謝している。

今度は私の順番だ。

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