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“新しい世界”へと

アジカンに左頬を殴られた

「世界」というのはいつだって自分だけのものだ。
…そう言うと誤解されるかもしれないが私が言いたいのは、一般名詞として使われる、いわば地球全体を表す言葉ではなくて、今、私や貴方が自身の目で見ているモノのことだ。ひとりひとりものの見方や考え方が違うのだから、それは当然ひとりひとり違う「世界」を持っているということになる。
 

現実から逃げることは容易なことだ。だって目を瞑ってしまえば何も見えなくなるから。
耳を塞いでしまえば何も聞こえなくなるから。
…それは私が日常的に意識していること。
群れていなければどこか冷たい目で見られる。
将来について話せばプレッシャーになって返ってくる。
繰り返される毎日はたいして変わらない。
そんな現実が嫌いだった。
だから家に帰ると、一人きりで音楽ばかり聴いていた。現実から逃れようと目を瞑って、耳をイヤホンで塞いだ。
音楽は鼓膜を通って血液のように全身を巡り、やがて身体を優しく包み込む。その中でだけは自由になれた。
 

あの日手にした『ワールド ワールド ワールド』もそんな現実逃避の手段として手に取ったものだった。
 

家から1番近い(と言っても自転車で片道30分はかかる)小さなCDショップで手に取ったCD。そのジャケットはカラフルでその華やかさに目を奪われた。
…でも、外側のカバーを外してしまうと、たちまち「色のないカラフル」になってしまった。
…何故か、心臓がドキッ、と嫌な音をたてた。
いつものようにCDをセットして再生ボタンを静かに押す。
ゆったりとしたメロディーが緩やかに流れ、途中でスネアドラムのロールが鳴り響いた。少しすると、遠くからゴッチが「ワールド」と何度か繰り返し叫んでいる声が聞こえてくる。伸びやかに、高らかに響くその声は、どこかファンファーレを連想させた。
「おぉ…」と感嘆の声を漏らし惚けているといつの間にか曲は終わっていて、次の曲のドラムのサウンドが軽やかに通り抜けていった。
 

在り来りな表現になってしまうが、あっという間だった。
最後の曲が終わるまで、否、CDの回転が止まった後も私は呆然とラジカセの前から動けずにいた。
胸が痛い。図星を突かれた時のような、きまりの悪い痛みだ。歌詞がグサグサと刺さったまま抜けてくれない。
そして、衝撃。感動とも違う強い衝撃だった。まるで左頬を殴られたような衝撃は私の「世界」を歪ませた。
私の「世界」、それは現実から逃れた先にある偽物ばかりの「世界」。実物から目を背けて、自らが勝手に作り上げた虚像だけで成り立っているような、言わば「見せかけのカラフルな世界」だ。
アルバムを聴き終えた頃には、私の「世界」はすっかり色を失っていた。偽物だと見抜かれてしまったのだ。
ふと、ある事に気づく。私はさっき目にした「色のないカラフル」な歌詞カードの表紙と、自分の「世界」を重ねていたらしい。
 

この時私が思い出したことは沢山あったがその中のひとつを書こうと思う。
 

単刀直入に言えば、思春期にありがちな人間関係の揉め事だ。
あの日以来、私は人と関わるのが億劫になってしまった。
元々私を含めた3人でいつも一緒にいたのだか、いつの間にか2人は私から離れていった。その事に気づいた時、「奇数は余りがでるのよ。気をつけなさいね。」という母の言葉が脳裏を過ぎったことを今でもハッキリと覚えている。原因なんてものは未だにわからない。

それがきっかけで私は自らの手で沢山のものを消そうとした。もちろんこれは物理的な意味ではなくて、”私の世界から”という意味だ。”私の世界に存在している”と認識しなくなった。所謂、人間不信とかそういうものに近いのかもしれない。
 

そして私が辿り着いたのは「始めから何も持っていなければ何も失わなくてすむ」という考えだ。だから自分自身を閉じ込めた。喪失感と虚無感が漂う世界で私はひとりぼっちだった。それは、何とも弱く、惨めで…。
ひとりを望んでいると思い込もうとしてもそんなこと出来るはずがない。寂しさに押しつぶされそうで…だから、失うことも壊れることもない偽物を沢山作り上げたのだ。
 

彼らはそんな私に問うた。
『ソコカラナニガミエル?』(或る街の群青)

「何も見えやしない。」
踞ったまま私はそう答えた。

『塞ぎ込んで何を知った?』
『塞ぎ込んで何になった?』(旅立つ君へ)
肩を掴まれて大きくない揺さぶられた。

ハッとして顔をあげる。その歌詞には「見ようとしていないだけだろ?」という言葉が隠れていた。

彼らが私の手を引いて、遠く向こうを指さす。
『意味無いようで 確かにある/見たこともないようなワールド/ワールド ワールド』(ワールド ワールド)
私そこへ向かわなくてはならないらしい。

のろのろと立ち上がると、彼らは最後に力強く私の背中を押してくれた。
『進め』(アフターダーク)

大きく一歩を踏み出すと、視界が開けた。
 

アルバムを聴いているとき、ひとりぼっちだったはずの世界で私は彼らとそんなやり取りを交わしたのだった。
 

あの日から私は失ってばかりだ。
「もうあんな思いはしたくない」と、そんなことばかりをいつまでも引きずって、そのせいで失ったものからも目をそらしてきた。
「傷つきたくない」と、自分を守る方法はいつも他の誰かを犠牲にして、自己嫌悪に陥る前に逃げて、逃げて、逃げて…。

そんな弱い私を、彼らは見捨てなかった。
「逃げてばかりじゃダメだ」
そう言って左頬を思いっきり殴ってくれた。目を覚まさせてくれた。
 

『此処に在ること/此処で見ること/そのすべては誰のもの
塞ぎ込むより/まだ見たこともないような景色があるよ』(トラベログ)

此処に在ること、此処で見ること、その全ては
───世界は───いつだって私だけのものだ。
 

長所が短所に、短所が長所になりうるように捉え方次第で見え方は変わる。
現実が、世界が”変わらなかった”んじゃない。私が”変わろうとしなかった”だけなのだ。
私の『世界』を変えられるのは私だけだ。
変わらなきゃいけないのは私自身だ。
逃げていても何も変わらないと、気づけた今、目を、耳を塞いでいた手を解いて『世界』を彩れ。
逃げてきた此処からでも始められる。遅すぎることなど何処にもないのだから。
 

アルバムの最後の曲である「新しい世界」。
『新しい世界』と歌い叫ぶ荒々しさを孕んだゴッチの声が強く、強く───
もう逃げるのはやめにしよう。色のない世界を変えてみせる。私もそう。強く、強く───

『変わりない日々の/逃げ入るその地下室の片隅から/さぁ始めよう/胸踊るような新しい世界』
『何もない君が/逃げ入るその自意識の片隅から/さぁ飛び出そう/胸躍るような新しい世界
世界!/世界!/世界!』(新しい世界)
 

私はもう一度再生ボタンを押した。
緩やかなメロディーの向こう側では、やっぱりゴッチが大きな声で叫んでいた。
伸びやかに、高らかに、
───私の”新しい世界”の幕開けを祝福して。

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