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あきらめの気持ち

BUMP OF CHICKENの「Butterfly」を聴いて今思うこと

 私は、20歳を迎えて数年になるが、最近初めて挫折した。
今までの私の人生、そんなに誇れるものはない。だが、学生時代から、目標達成に向けてやるべき事を継続してやることだけは得意だった。勉強でも運動でも最後まで気の済むようにやり切ってきたため、学生時代に挫折した記憶があまりない。
 それでも、精神的に乗り越えられそうもないとき、挫折しかけてしまいそうなときは、学校の同級生にすすめられて聴いて大好きになった、BUMP OF CHICKENの曲を聴いて乗り越えていた。
 当時は、諦めないで続けることが一番大事だと思っていた。諦めずに頑張る自分を応援してくれるような、そういったことを歌った曲をたくさん聴いていたと思う。

 しかし、最近、目標達成のために頑張り続けてもどうにもならないことがあると痛感した。これが、俗にいう挫折なのかもしれない、と心の中で泣きながら思った。でも、どうにもならないことが分かっても、その達成されなかった目標とどう向き合っていいのか分からなかった。
 最近の私は、音楽から、BUMPの曲から力をもらう、といった趣旨では聴いておらず、とりあえず聴いていると落ち着く声だから聴いている、といった理由で聴いていた。歌詞や演奏を無視した、申し訳ない曲の聴き方をしていた私だが、なんとなく聴いていた時、BUMPのとある曲に、ハッと気づき教えてもらえたことがある。
 その曲とは、「Butterfly」である。
 この曲は、BUMPの楽曲の中でも今まであまり聴いたことのないサウンドで、初めて聴いた時は、とても驚いた記憶があるが、私は、この曲は、その人にとって大事な何かを諦めようとしたけど諦められない人の歌、「諦める」ことを明るい曲調に乗せて歌った曲なのかもしれないと思った。
(以下、「Butterfly」の歌詞を一部引用する。)

〈誰かの掲げた旗を 目印にして
 大人しく歩くけど 作った旗も隠している〉
〈このまま終わるものだって なんとなく悟り
 笑って歩くけど 作った旗が捨てられない〉

「旗」は、夢や目標や希望を表わしているのではないか、と私は思う。この曲に出てくる“人”は、現在持っている自分の「旗」を隠しているが、その夢や目標や希望の終わりを悟りつつも捨てられないでいる。つまり、夢や目標や希望を諦められていない人のことを歌っているといえる。

一方で、

〈光らなくなった靴の事 忘れてしまった唄の事
 失くさないで運んでいく やり方はないと決めている〉

という1番の歌詞は、2番で、
〈光らなくなった靴の光 忘れてしまった唄の唄
 失くさないで運んでいく やり方を上手に出来ている〉

と、変化している。この「靴」は、もう過去になってしまったけれどずっと抱いていた夢や目標や希望のことを表わしていて、「唄」は、今では響かなくなった夢や目標や希望のことを歌った唄を表わしているのではないか。
 しかし、そうして過去になってしまった、忘れてしまった靴や唄は、この“人”に「光らなくなった靴の光」や「忘れてしまった唄の唄」があることを通して「失くさないで運んでいく」術を自覚せずとも知っていること、もうそれが「上手に出来ている」ことを教えているかのように歌っている。
この「失くさないで運んでいく」という歌詞は、生きていくうえで折り合いをつけるということを表わしていると思う。

 この曲から私は、行き場をなくした自分自身の目標は、捨てずにまだ持っていてもいいのだということ、また、その目標を諦めたとしても、その目標があったことは、生きていくうえできっと上手に失くさずに生きていける、ということを教えてくれているように思う。

 「Butterfly」という曲は、一度諦めたとしても、諦めきれない自分がいる限り諦めたことにはならないという、捨てられない「旗」や「光らなくなった靴」や「忘れてしまった唄」と共に生きる、諦めない自分自身への諦めを歌った曲のように思えてならないのである。

諦めてしまいそうだった私に、“諦めないで”と歌わずして、諦めないことがどういうことかを教えてくれたBUMP OF CHICKENの「Butterfly」という曲と共に、私は、まだ光っている靴を履いて、旗を持って、また目標へ一歩ずつ歩き出そうと思う。

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