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ロックになることを渇望している塊が放たれる

Walkings の「I’m Ocean」

政治的なメッセージも、
背中を押してくれるような励ましも、
まして、濃厚な恋愛ストーリーも、
Walkingsの曲にはない。

ギター・ヴォーカルの高田風(たかだふう)の生み出す歌詞は、
非日常的な日本語と、その組み合わせで、
シュールな世界を描き出す。

渋谷や、新宿で路上ライブをしていた頃、
彼らの音が鳴れば、どんどん人が集まって来た。
おおよそロックとは無縁そうな人も、
小さな子供も、
帰宅途中のサラリーマンも、
じっと三人の演奏に耳を傾けて、
曲が終われば、精一杯拍手をする。
外国の方々は、踊りだし、声も上げる。
Walkingsの「音」は、
多くの人の足を止める説得力があった。

私も彼らの「音」を聞きつけて、足を止めた一人だ。

意味の分からない歌詞で歌う彼の歌から、
何かが強烈に伝わってくる。
けれど、
彼が何を伝えようとしているのか、
私は何を受け取ったのか、
「何か」が確実にあるのに、
その正体が分からない。

この「何か」の正体が知りたくて、
私は、重い腰を上げ、勇気を振り絞り、
下北沢のライブハウスに行ってみた。

この年になって、一人で知らない町の小さなライブハウスに出向くのは、
簡単なことではなかったが、
下北沢の街も、
ライブハウスも、
そこに集うロック好きの人たちも、
「新参者」に優しく寛容だった。

何度かライブに行き、
毎日曲を聴くものの、
Walkingsから伝わってくる「何か」の正体を、
言葉にして誰かに伝えられるぐらいクリアにすることは難しく、
掴みかけては、今ひとつフィットしない感覚だけが積み重なっていった。

何しろ彼らは、急速に成長していて、
発見したと思った「何か」も、すぐに過去のものとなってしまう。

物凄く大切な「何か」を感じているのに、
その正体を言語化して伝えられないもどかしさをよそに、
Walkingsは次々と新曲を発表していった。

「自転車」
シュールな世界観はそのままに、
矢野顕子さんでも歌いそうな、脱力感。
『スピードはまだか、スピードはまだか〜』と歌われて、
日本の原風景が延々と流れるMVを見ていると、
なぜか、「そろそろやりますか!!」という気分になる。

「いっぱい洗面具」
全く、奇っ怪な曲名だ。
この微妙な日本語とは裏腹に、
変拍子のリズムと分厚い音は、
ライブ会場に散らばっているエネルギーを一点に集中させて、
宇宙の果てまで昇華させてしまうようなスケール感を持つ。
このクールな曲のMVは、
湯気の中、素っ裸の三人が真剣に演奏する。
腹を割って堂々と聴く者たちと向き合う彼らの姿勢と重なるが、
映像の端々に、彼らの「能天気」なムードも漂っている。

そして、すべての謎が解けたのが、
「I’m Ocean」
最初の一節で、自分の中にある何かと、
高田風の声が共鳴した。
それは曲の間ずっと響き合い震えていて、
そのことに感動し、泣きそうになった。

高田風の身体の中には、
ロックとなって外に出ることを渇望している塊がある。
その塊から放たれる歌声に、
私の中にも存在していた塊が共鳴する。

私の中の塊は、
ずっと前から抱えていた世の中に対する「違和感」かもしれない。
果たされることのなかった「夢」かもしれない。
見失っている「未来」かもいれない。

「I’m Ocean」を歌う、高田風は、
ロックの塊を解き放っていた。

なんと切なく、美しい「唸り」なんだろうか。

「何を伝えているのか」なんて、頭で考えていたことがバカバカしい。
ただ自分の中にあるロックの塊が、響き合っていただけ、
共鳴していただけ。

彼らのドキュメンタリーDVDで、
某ロックバンドの女性ヴォーカルの方が、
「すべての音が戦っている気がする」とWalkingsを語っていた。

実に上手いことを言う。
彼女もまた戦っているのだろう。

「I’m Ocean」で響き合えば、
自分の中で、
消えてしまいそうだったロックの魂が喜ぶ。
ちゃんと生きている、まだ戦える、そう思える。

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