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想い出を抱きしめて

BUMP OF CHICKENと寂しさの先へ

よく冷え込んだ冬の朝、愛犬が亡くなった。

愛犬は生まれつき心臓に病気を患っていた。亡くなる前日なんだか具合が悪そうで、病院に連れて行ったとき
「一晩入院させて様子を見ましょうか」
先生にそう言われてなんとなく覚悟をしたつもりでいたけれど、やはり心のどこかでは翌日にはいつも通り、ご機嫌でしっぽを振って帰ってくるものだろうと思っていた。

だけど翌日帰ってきた愛犬はしっぽを振ることもなければ
目をあけることもなかったし、大好きなおやつをせがんでくることもない。
確かに目の前にいるのに、姿かたちはあるのに、そこに愛犬はいなかった。

9年6か月の愛犬の生涯はあまりにも短く、それでいて愛おしい日々だった。

私は幼いころから犬が大好きだった。マンションの規定で飼うことが許されなかったのだが、犬の図鑑や犬のまんが、ついには犬を飼っている人に向けた雑誌まで読み漁るような子供だった。
そんな私のもとに、引っ越しに伴い、ついに念願が叶って、中学1年生の秋に愛犬は我が家にやってきた。
ミニチュアダックスフントの雄、クリーム色のふわふわの毛に、くりくりのまあるい瞳をしていた。可愛くて可愛くて、まさに目に入れても痛くない存在だった。

そしてちょうどそのころ、時同じくして私はBUMP OF CHICKENと出会った。
それまでは適当に流行りのJ-POPを聴く程度で、なにかひとつのアーティストを熱心に聴くことはなかった。自分でも不思議なほどに、藤原の紡ぐ詩に、4人の奏でるメロディーに魅了され、どんどんのめりこんでいった。

それからの9年間、試合に負けて悔し泣きした日も、受験に挑む日も、就職活動でくじけそうな時も、大きな怪我をした日も、いい時も悪い時もとにかくどんなときだって愛犬とBUMPは私のそばにいてくれた。特に気分が沈んでいるときには、人にみせたくなかった弱気な自分を唯一さらけ出せる存在だったのかもしれない。頑張れと背中を押すことも、大丈夫だよと優しい言葉をかけてくれることもないのだけれど。ただそばにいてくれた。でもそれだけで私の力になった。

なのに、こんなに支えてもらったのに、どうして。私は愛犬に何もしてあげられなかった。
もっと撫でてあげればよかった、もっと散歩に、もっと遊んであげれば、もっと、もっと…。
後悔に苛まれた。

でもそんなときに手を差し伸べてくれたのもまたBUMPだった。

全国ツアーPATHFINDERが終盤に差し掛かったころ、彼らは私の地元に訪れていた。
愛犬が逝ったのはまさにBUMPのライブが開催される日だった。

正直ライブに行くような気分にはとてもなれなかったが、チケットを譲ってもらう約束をドタキャンしては悪い。相手に迷惑がかかってしまう。ただその一心で泣き腫らした目で会場に向かった。

開演ギリギリに会場に滑り込み、すぐにライブが始まった。
なんだか頭がぼーっとして、曲に集中もできない、それでもなぜか時折涙だけは頬を伝ってきて、自分でもなんだかよくわからない状態だった。あー、やっぱり来るんじゃなかったかな。
そんななかである曲でなにか胸につっかえていたものがとれたように、想いのダムが決壊したように、涙がボロボロとあふれ出た。

《お別れしたって覚えていられれば 大丈夫なのかな》
《今 私が泣いていても あなたの記憶の中では
どうかあなたと 同じ笑顔で 時々でいいから 思い出してね》
《信じたままで 会えないままで どんどん僕は大人になる
それでも君と 笑っているよ ずっと友達でしょう》  (いずれも『友達の唄』より)

今私は間違いなく悲しみのどん底にいるけれど、愛犬がくれたあの楽しかった日々は、どれも本当に愛しい宝物だということを、BUMPは思い出させてくれた。お別れしてしまったけれど、後悔もあるけれど、一緒に笑顔で過ごした日々を忘れなければいいんだ、そう思えた。
愛犬が私と過ごした時間は、愛犬にとっても宝物になっていればいいな、天国で私のこと、思い出してくれるかな、そんなことを考えてまた泣いていた。

BUMPには別れの曲が多く存在する。しかしそれらの曲たちはただ別れを嘆くのではない。
《寂しくなんかなかったよ ちゃんと寂しくなれたから》(『ray』より)
《愛しい空っぽを抱きしめて》(『HAPPY』より)
以上の例のように彼らは別れすらも愛おしみ、その虚無感や悲しみこそ、大切な何かがそこに在った証だと歌う。

私はあの日ライブで『友達の唄』を聴くまでは、これらの歌詞に得体の知れない哀愁やもの悲しさ、切なさを覚えていた。BUMPの曲たちに対して正体不明の切なさを、以前の私のように漠然と抱くリスナーはおそらく少なくないのではないだろうか。
自分の経験に基づいた具体的なものなのか、それとも見聞きしたものがそうさせるのか、それはわからない。しかし誰もが知っている「何か」なのだ。

そんな曲たちが愛犬を亡くした私に、突如として具体性をもって迫ってきた。
でもそれは、決して乱暴にどかっと目の前に立ちはだかるのではなく、降りしきる雨の中、そっと隣で雨が上がるのを待っていてくれるような、静かな温かさを帯びたものだった。
BUMPは私が愛犬を亡くした悲しみや寂しさを肯定してくれた。

それを抱くことができる出会いがあったこと、出会ってからの日々のこと、それが自分にとっていかに大切なものであるかをBUMPは失った悲しみや寂しさを通してこれ以上にないほど、曲を通して前向きに捉えているように思う。

前向きに、といってもただ「前を向いていこう」というわけでもなく「悲しいときは泣いていい」というのでもない。失ったという変えようのない事実を受け止めて、大切な何かが在ったことを確かめながら、抱きしめながら生きていくことを教えてくれる。

さて、実は文章を書き始めてからここまでで1か月と少しが経った。
冒頭の一文を書いた時と今では普段の生活の中に愛犬の面影は確かに薄くなりつつある。そんななかで先日3月18日にPATHFINDERツアー福岡公演に参加した。藤原のインフルエンザのため延期となり実質のツアーファイナルとなった公演である。
その中で『宝石になった日』が演奏された。

《あの温もりが 何度も聴いた声が 君がいた事が 宝石になった日
忘れたように 笑っていても 涙越えても ずっと夢に見る》 (『宝石になった日』より)

ふいに愛犬を思い出した。自分でも驚くほどに涙が出た。

亡くなった悲しみがフラッシュバックしたというよりも、まだこうして覚えていること、寂しいと思えることがなんだか嬉しかった。日々の生活の中で愛犬を思い出すことは減ってきたが、まだちゃんと、私の中で生きていた。ああ、よかった。BUMPはおそらくこうして私に愛犬のことを思い起こさせ続けてくれるのだろう、そう強く感じた。

愛犬と過ごした9年という月日は中学生だった私を高校生にし、大学生にし、ついには社会人にしようとしている。
今こうして振り返ってみると、愛犬とBUMPは私の青春そのものだ。
いや、正確には青春時代に最も近くで支え続けてくれたもの、というべきだろうか。

そんな存在のうちの一方は無情にも私の前から去ってしまった。青春の終わりを告げるように、手の届かないところへ行ってしまった。どうしようもなく悲しかった。それは紛れもない事実である。

だが、本当の意味での別れは忘れてしまうことではないだろうか。だとすればどこまでいっても、彼らの音楽があれば大丈夫。
私はずっと愛犬と過ごした日々の先を生きていける。

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