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古ぼけたアルバム

SUPERCARと僕

小学生の頃、下の階から毎晩のように聞こえてくる両親の喧嘩の音から逃げるように、僕は音楽を聴くことを覚えた。容赦なく襲いかかってくる現実から自分という存在を護ってくれる、いわばシェルターみたいなものだった。

初めのうちは、TVから流れてくる流行りの音楽や好きなアニメの挿入歌などを受動的に聴いていたが、様々な音楽にのめり込んでいくうちに段々と自分の中での好みが確立するようになり、「バンド音楽」というものに対して強い興味を抱くようになった。

すっかりバンドに熱中してしまった僕は、近所の楽器屋で安い初心者用のアコギを買ってきてそれらの真似事をしてみた。ギターを持ってCのコードを掻き鳴らしているだけでなんだか無敵になった気がした。

そんな中学2年生の頃、僕はスーパーカーに出会った。

そのバンドは歌唱力に秀でているわけでもなく、超絶技巧のギターソロがある訳でもなかった。ただただ素朴で一見すると地味なそのバンドの奏でている音は、何故か僕にはキラキラと光って聴こえた。

残念なことに、僕がスーパーカーを知った当時の時点でとうの昔に解散してしまっていたが、それでもそのバンドの持つ「輝き」はそれまで聴いてきたどんな音楽よりも強く感じた。

音楽には、「歌唱力がすごい」だとか、「誰もが目を見張るような技術がある」とか、そんなものでは語りきれないような、なにか不思議な目には見えない要素があると僕は信じている。

おそらく、その目に見えない、言葉では伝えきれない要素が、輝きとして僕に何かを訴えてきたのだろう。

話は変わって、先日大学の軽音サークルの先輩方が卒業した。初めて出会ってから約2年。決して長いとは言えないかもしれないが、自分の中ではもっと長い時間を一緒に過ごした気がしていた。そのくらい濃い思い出がたくさんある。

卒業式の数日前に、いわゆる卒業ライブがあった。始まってすぐの時点ではイマイチまだ実感が湧かなかったが、ライブが終盤に進むにつれてジワジワと寂しさがこみ上げてきた。卒業生でもない自分がこんなに寂しいのなら、当の先輩達はどんなに寂しいのだろうかと思った。

高校の頃、強い憧れと情熱を持って軽音楽部に入部したが、自分のバンドに対しての熱量と同学年の部員や先輩達の熱量との間の温度差や、先輩達との人間関係のほつれに耐えられなくなり半年ほどで辞めてしまった経験などもあって、サークルに入るまでの僕は「先輩」という存在に対してイマイチ良い印象を持ち合わせていなかった。

だから大学に入った当初も全く期待はしていなかった。どうせ全員量産型のような音楽を何の情熱も持たずにやってるんだろうと。でも違った。捻くれ者の僕が生まれて初めて出会った、本気で音楽について語り合える人達がいた。

そんな先輩との最後のスーパーカーのコピーバンドをやった。僕の思い出でもあり、先輩や他の人達にとっての思い出でもある曲をやった。

演奏中、初めてスーパーカーに出会ったあの頃。ギターを持っただけで無敵になった気がしていたあの頃。大学に入学してサークルに入ったあの頃。。。このサークルで過ごした思い出だけじゃなく、今までの自分の人生全てがぐるぐると頭の中を駆け巡っていた。

それは多分僕だけじゃなくて一緒に演奏していたメンバー全員も同じだったと思うし、たかだか大学のコピーバンドだけど、あの時の僕達は絶対に本物のスーパーカーに負けないほどの輝きを放っていたと思う。

音楽は、写真みたいなものだ。
流れ続ける風景の一瞬を切り取るように、その瞬間の気持ちや思い出を一つの曲として閉じ込める。

久しぶりに昔聴いてたお気に入りの音楽なんかを聴いてみると、古いアルバムをめくるように、その当時の心象風景がじわじわと染み出してきて、胸がいっぱいになる。

それら全てがいい思い出とは限らないけれど、どれも大切な僕を僕たらしめているものだった。

そして僕はこれからも、何年後かの自分が見返せるように、この古ぼけたアルバムに写真をまた1枚増やしていくのだろう。

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