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“会える日がCOOL”に見られる平面的なカオス

Giorgio Blaise Givvnという現代的な才能

独特なセンスを持ち中毒性の高い楽曲が魅力のLowPassのラッパーとして、また謎の覆面ラッパーQiezi Maboのプロデューサーとしても注目されるGiorgio Blaise Givvnが久々に顔出ししたと話題になった。
それはGivvnとTHE OTOGIBANASHI’SのBIMのコンビで2018年のバレンタインデーに公開されたMVの中でである。
 

この曲ではLowPassやQiezi Maboのサウンドにある、引っかかるようなよじれたビートとサイケデリックな音像、またBIMのポップなリリックとメロディアスなフロウが融合し、非常にグルーヴィーかつクールな作品になっている。
一方で先進的なビートに比べてリリックは非常にポップで、一見R&BやSoulではないかと思わせるほどキャッチーなラブソングである。

あっ、てかそう
会える日が来るなら
Netflix Huluで
暇つぶし待つ
春夏秋冬

会える?今日
またはいつか
約束してもらってもいいすか
Instagramじゃなくて
直接KissかHug

など、BIMの“Bonita”まで一貫して見られる等身大で非常にストレートに表現されたリリックとなっているし、フックでは

ねえ伝わってる?
それともまだふさがってる?
君は忙しい 会えなそうだし

とGivvnがメロディアスに歌い上げる。
 

しかしこの作品においてさらに特筆すべきなのは映像についてである。
自分はGivvnが、«INTERVIEW FILE : WHO’s Qiezi Mabo»(*1)でDARTHREIDERが述べていたように、音楽と映像を同じ感覚で作っているのではないかと考えている。
そうであれば彼の作品を音楽と映像に分離して語ることはできないし、音楽と映像の相互関係的な影響について考察する必要がある。

この作品を見たときにまず目につくのは、Vaporwaveのようなサイケデリックかつビデオテープのような画質であろう。
このような映像はもちろんVaporwaveを始め、近年のレコード/カセットテープへの再注目と連動して散見される傾向ではある。
特にBIMや彼の所属するTHE OTOGIBANASHI’Sの周辺では、BIMの“6 Words Holiday feat. ERA”やさらにCreativeDrugStoreの映像作品にも比較的Lo-fiに仕上げられた映像が多い。

ビデオテープはやはり20代の人間にとって幼少期の記憶として避けられないものであり、彼らの作品群は90’sリバイバルや、音楽的には大きく見たとき日本語HIPHOPの再興といったような文脈にあるだろう。

しかしこの“会える日がCOOL”に見られる映像はCreativeDrugStoreのそれとは少し違う。

何よりも特徴的であるのは、Lo-fiな映像とHi-fiな映像が複雑に混在しているということであろう。
例えば冒頭からずっと「背景」として流れている、(Hi-techである)ドローン(*2)を駆使して撮影されたであろう渋谷と新宿のランドスケープは、ビデオテープやアナログ放送を思わせる(おそらくコンピュータによって加工された)Lo-fiな映像として映されている。
一方で、スタジオで撮影された映像は完全にHi-fiといっていい画質のHD映像である。この中でGivvnとBIMは歌い、踊り、エロ本などを読んでいる。
さらにここで、これらの映像は古くからあり(Hi-techとは言えない)技術であるクロマキー合成で合成されている。

つまり、Hi-techな技術によって撮影された映像をHi-techそのものであるコンピュータによってLo-techな状態に仕上げ、さらにそれをHi-techな映像とLo-techな技術でHi-tech(コンピュータ)の中で合成するという、非常に倒錯した状態である。

ここにGivvnの持つ非凡なセンスを見出すことができる。
前述のように彼が音楽と映像を同じ感覚で作っていると考えると、音楽と映像のそれぞれの構成に類似性があるはずである。おそらくそれは、コラージュのように様々な要素を組み合わせ、様々な機材を駆使しながらLo-fiとHi-fiを自由に行き来しているという点であろう。
VaporwaveやCreativeDrugStoreの映像におけるLo-fiな映像で求められている価値は、あくまでもレトロフューチャーとしての価値である。しかし、Givvnの作り出す映像には90’sリバイバルなどといった大局的な歴史観などは不要である。
つまり彼は単に、それこそHIPHOPにあらかじめ内在するような無教養主義でもって、様々な音であったり映像であったりさらにはシーンやカルチャー丸ごとを即物的にコラージュしてゆく、つまりキュレーションにも似た価値を創造しているのである。

自分はこの点を非常に現代的だと感じる。
質の異なる音を自由に駆使する作品はサンプリングが一般的になってからのHIPHOPやR&Bにおいては必ずしも珍しいものではない。さらにPOPSまで視野を拡大してみるとこの傾向は真新しいものではないが、このような手法は2010年代のHIPHOP/R&Bの流れの中で重要度を増しており、例えばFrank Oceanのするようなサウンドコラージュにもそれは見出すことができる。
つまりインターネットによってあらゆるコンテンツが無情にも(それこそ無教養主義的な奥行きの無さで)平面的に並置されたカオスの中から、自分のセンスで全く新しい作品を作り出してゆくのである。これは明らかに動画サイトの自動再生機能によって可能になった方法であると考えていて、さらに多様な音楽や映像が生み出されてゆく可能性を感じられる。
 

これらの手法でもって、都市風景-低画質-fake/自分達-高画質-real、といった平凡な二項対立をあからさまに誘引(*3)し、また“みんながダサすぎるから 俺いなくなる”と歌いTwitterからいなくなるようなGivvnの挑発的な態度にカリスマ性を見出すのは容易である。
無論このような解説的な文章自体、自身による解説がほとんどなされないGivvnの謎めいた作品群と相容れない存在である可能性は捨てきれないのではあるが。
 

(*1)SPACE SHOWER TVの番組Black Fileで放送されたプログラム。Black File #292 (2018.2.13 O.A.)
(*2)実際にどのように撮影されているのかは不明であるが、Qiezi Maboのライブなどではドローンが撮影に使用されている。
(*3)自分はこの見方を、Givvnが意図的にミスリードするように作ったものではないかと考えている。確かに都市の風景はLo-fiでありスタジオの様子はHi-fiであるが、都市の風景が「背景」でしかないものの、スタジオの様子は必ずしも「前景化」されているとは言えない。むしろスタジオの様子もクロマキー合成によって幾重にも重層化されており、都市の風景はそれを貫くような凶暴さを持った「背景」である。

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