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エレファントカシマシが立ち続けた30年に見たもの

宮本浩次が拾い上げてきたもの、削ぎ落してきたもの

 ―でも例えりゃあ人生は花さ 思い出は散りゆき ああ 俺が再び咲かせよう―
                         (桜の花、舞い上がる道を)

まさに散り桜の今、道に散在する花びらや花筵を見ると、この歌詞の素晴らしさを改めて思う。
桜の散るあはれを歌うのではなく、散り落ちた花の舞う有りように人生をなぞらえる。

 “俺が再び咲かせよう”

との歌詞に、生きてゆく覚悟とその潔さを見て心が震えた。

 ―輝く時は今 そして胸をはって生きていこう 桜の花、舞い上がる道を―

始まりの季節に相応しい素晴らしい歌だと、何度聴いても感動する。
 
  

 ―月の夜よ 月の夜よ 一夜の歌を やさしき詩(うた)を―(月の夜)

社会との距離感が掴めず、寄る辺ない想いを引き摺り夜を彷徨う。
月のその光に消え入りそうな孤独への恐怖。
それでも歩いてゆく姿を月だけが見ている。
夜の静寂と、その中で月を仰ぐ哀切が痛いくらいに伝わって来る描写の美しさが際立つ。そして激しい起伏を見せるギターの音と叫びに心が軋む。
 

 ―「お前はなぜに生きている?」
   「小さき花を見るために。」―(遁世)

“生”から逃れ、しかし生きることを想った時の焦燥と対峙し自問自答する。
生きる為に世俗に曝している自身と、俗世から隠れて生きたいと願う自身のせめぎ合いを会話の妙で歌い上げ、火鉢を挟んだふたりの宮本浩次を映像の如くに浮かびあがらせる。

 ―鳥が影落とし舞い上がる あこがれてやまぬあの場所まで―(明日への記憶)

 私自身、自我を持て余して疲弊していた頃に発表されたシングル。
 “あの場所”とは自我を削ぎ落して漸く辿り着ける安息の地のことだと思った。

 ―鳥が飛ぶように俺よ生きろ―(季節はずれの男)
 
 とも歌っている。

則天去私にも似た概念を、この短い歌詞の中に見た気がした。
夏目漱石は言葉を紡ぎ、宮澤賢治は“雨ニモ負ケズ”で詩にした普遍の懊悩だ。
宮本浩次はそれを歌にした。
やはりすごい人だと改めて思ったものだ。
 

名曲ばかりなのであげればきりがない。
その頴脱した才能は、私などでは理解できない部分がまだまだある筈だ。

天才はきっとそれだけでも異質の輝きを放っているのだと思う。
けれど、それだけではない天才がいる。

とても強くて美しい魂を持った天才だ。
どこまで行けるだろう。どこまでも行くさ、と走り続ける。
何度でも立ち上がってその先へ行く。
言葉にすると平板だが、そんなことが出来るものだろうか。

私には夢があった。
でも現実には夢を追う時間も労力も日々の生活に吸い上げられて・・・という言い訳をしてそれを心の奥底に追いやってしまった。
自信がなかったのだ。自身の才能にも、その気概の在りようにも。
 
そうして永い日々を送り今が在る。その日々を否定はしない。幾らかの苦悩はあったが、受けた幸せも多かった日々であったと肯定できる。
 
だけれども死はいつもここに在る。
私は死ぬ。いつか必ず。

宮本浩次の歌にはいつも生の前に死が在るように思う。
まず“死”が在るのだ。
生とは死に向かう道の過程であり、私たちはその中でいかに“生きる”かであると。

そして宮本浩次はただただ“生きろ”と歌っている。
自身も歌うことでその道をぶれずに進むことを繰り返し確認しているように思う。
 
“生”の前に在る“死”を見据え、真っ直ぐに立ち、その生きざまのままに歌っている。
 「生きることを愛せよ」と。

なにがあっても太陽はまた昇る。大丈夫だ。だから生きろ。
 

きっと人は“死”が怖ろしいのではなく、自身が何者であったかを知らずに消えてゆくことが怖ろしいのだ。
だから、無為に過ぎゆくかに思われる時間をしっかり生きろと歌う。
お前はしっかり生きているかと入り込んでくる。

ステージに立ち歌い尽くす宮本浩次は、生きるとはこういうことだと凄まじい熱量を放ち曝け出してくれる。
その魂を目の当たりにし、私たちは打ち震える。
 
私はちゃんと生きているだろうか。
あの魂に恥じない私になりたい。
ならば死のその際にちゃんと生きたと思えるように生きなければ。

そうして追いやっていた夢を掘り起こした。

ちゃんと手に取って見れば、それを追い始めた頃のままに輝いて美しかった。
まだまだやれる。
私はまだまだこんなもんじゃない、と、夢の形が薄れかけると自己暗示をかけた。
そう思っていないと立っていられないからだ。
夢とは脆いものながらも、人はそう唱え続けることで強くなり、明日を生きてゆけるのかも知れない。

けれどこの言葉に追われることもある。
とてつもない苦しさや不安、もう立ってはいられないくらいに打ちのめされる挫折もある。
それでも“生きる”ことを想い、また立ち上がることを繰り返す者のみが最後には勝者となり得るのだろう。
夢が叶うかどうかではない。
道を歩き続けられるかどうかだ。
しかしそれは“死”のその際までわからない。だから

 ―何度でも立ち上がれ―(何度でも立ち上がれ)

そう、宮本浩次は歌う。
彼自身もそうであるのか。
 
「俺はまだまだこんなもんじゃない」

宮本浩次はこの言葉を以て走ってきた。
私自身が畢竟、この言葉を頼りに立っていられるのはその記憶のおかげであろう。

「まだまだこんなもんじゃない」
この言葉を何度も乗り越え、今の宮本浩次が在るのだとすれば。
それはどれほどのエネルギーを要した道のりであっただろうか。
気の遠くなるほどの道程に臨んで歩き続けてきたその年月は、ともすればどうしようもない孤独をも引き寄せたかも知れない。
 
 
30周年ツアーのステージを前に、ずっとそんなことを思っていた。
幸運にも参加できた幾つかのステージは、どの回も本当に素晴らしく、しかし毎回どこか異なる印象を受け、その何れにも心が震えた。
エレファントカシマシの4人、サポートメンバー、スタッフの方々、オーディエンスの私たち、みんなが同じ想いを共有できた気がした幸せで貴重な時間だった。
 
伝えようと懸命に歌う宮本浩次と、彼を信じ、自由で在れと懸命に音を奏でるメンバー。
相互の信頼が生む音の厚みや強さや優しさは、あの場所でしか味わえない本当に
特別な音で、そのただ中で宮本浩次の美しく強い魂の歌声がのると、もうそれはかけがえのない唯一無二の音楽となり私たちを魅了して、とんでもない熱量が空間に現出する。

互いが互いを受け容れ、または挑む。
呼応し合うその音もまた、宮本浩次の歌を支えてきたのだろう。
 
そんなステージを、タイトなスケジュールにも関わらず、毎回ぶれることなくやり遂げてくれた。
そこに立ち続けてくれた。

さいたまスーパーアリーナでのファイナルは本当に楽しかった。
みんなで祝おう、楽しもうという空気に充ちていた。
 
ラストの「ファイティングマン」では、終わらないで欲しいという気持ちと、もう充分歌ってもらった、ありがとうという感謝の気持ちとが ない交ぜになり、自分でもよくわからない涙がずっと流れていた。
 
アンコールの「四月の風」でその涙の理由が少しわかった。

―明日もがんばろう 愛する人に捧げよう―
かつて心許ない日々に在る中で、宮本浩次がひとり書き綴ったという大切なこの曲。
高らかに歌うその声に、いつも何千、何万の想いを見る気がする。

この日、ステージでこの曲を歌う宮本浩次を見ると、沢山の溢れる想いを感じとっているのが見てとれた。
私も感じていた。

みんな、この人が好きでたまらないんだ。
宮本浩次という人が。

どうしようもなくこのバンドが好きで、音楽が好きで、歌うことが好きで、その想いの限りを見せてくれる宮本浩次が大好きなんだ。
 
そしてメンバーからも伝わってくる。
宮本浩次が、このバンドが、音楽が大好きでここにいる。
 
私たちはそんなバンドの音と歌と姿が大好きでここにいる。
バンドの中で楽しそうに躍動する宮本浩次の姿が嬉しくてここにいる。
ステージを創り上げるスタッフの方々もきっとそんな想いでここにいる。
みんながそのすべてを誇りに想ってここにいる。

沢山の想いのうねりがそこに在った。

もう、感謝しかなかった。
 
 
翌日の夢の競演はエレファントカシマシからのプレゼント(勝手な思い込み)のように思い、心躍るものだった。
存分に楽しませてもらい、3バンドが揃ったステージの宮本浩次を眩しく思った。
 

最後になったがツアーラスト富山のステージ。
本当に感慨深かった。
 
宮本浩次は泣いた。あの“悲しみの果て”で。
 
ツアーの間、宮本浩次は幾度か涙を流していた。
でもこの富山での涙は他とは違っているように感じた。
 
30年前、世間と対峙し、自身と対峙し、あらゆる答を求め叫んでいた青年が
30年を経て、この世界を愛している自身を信じ、仲間を信じ、私たちをじ信じ、歩いてきた道と乗り越えてきた自身を信じ、そこに立ち、涙を流していた。

ああ、やはり。

やはり孤独も悲しみも全て拾い上げて来た人なのだと思った。
いつか彼自身が言った「魂よ、強く在れ」との言葉そのままに、
そこに立つ宮本浩次は、これまでのすべてのことを了解した清閑たる姿をしていた。
 
“風と共に”や“今を歌え”には、迷いも苦悩も昇華したそのままの宮本浩次を感じる。
勿論、生きている以上、迷いや苦悩がなくなったわけではないと思う。
けれど根っこの部分で真に自身を信じている人にはゆるぎない立ち姿というものがある。
宮本浩次は、本当にしっかりと純一無雑な姿で立っていた。

信じるとは勇気のいることだと思う。
自身が護ってきた殻をひと欠片ずつ剥がしてゆかなければならない。
その上で自我と向き合い続ける。
宮本浩次はきっと、折り合うことを善しとはしなかったように思う。
不要なものを削ぎ落してきた潔さが見えたからだ。
それは本当の自分を生き抜くという覚悟でもあると思う。
 
人は、こんなにも美しく在れるのだ。
 
私はどうしようもなく涙が溢れた。

どれほどの想いで歌ってきたのか。
それは宮本浩次しか知らない。
けれど私たちをこれ程までに打ち震わせるその魂は、
慟哭をも超えてきたもの故であろう。
そうして、しっかり自我と向き合った魂は、いつかきっと安息の地に向かう翼を手に入れるに違いない。

“死”はいつもここに在る。
だからこそ“生きる”のだ。
と、数多ある名曲たちに連綿と根差してきた生と死の真実を掲げ、宮本浩次は常に前を指し示す。

本当の天才とは、天も地も見た人のことだと思う。
だからこそこの上なく優しく強い。
そして私は、その生き様をずっと見ていたいと思う。

“オノレの道を行け”(ロック屋(五月雨東京))

この言葉がいつも私の心に在る。

自身を信じる為に何度でも立ち上がりながら、私も生きてゆこう。
宮本浩次と出会えたことで、私の生きる道は方向を見失わずに済んだのだから。
 
    
個人的な感情のまま書き綴りました拙文を読んでくださり、
ありがとうございます。
また、楽曲の解釈が偏向していたり間違っていたりするとは思いますが、
恐れず感じるままに書かせていただきました。

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