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ちゃんと、生きたい。

生きることを決意させてくれた、東京事変の最後の''生きる''

つい先日、”人生で心が震えた瞬間”について話す機会があった。わたしはそのお題を聞いた時に、真っ先に思いついたことがあった。
 

2012年2月28日 東京事変の解散ライブ Bon Voyage@武道館のことだ。
 

そのときのわたしは高校1年生でうつになってて引きこもってて。
部屋からでれなくて、ご飯も食べれなくて、人にも会いたくないし(家族も)、毎日死にたくて、でも死ぬ勇気はなくて、学校とか自分に関するものを目にするだけで辛くて。
毎日ワケも分からず泣いて、過呼吸をおこして倒れて、ほんとうに真っ暗な絶望の世界にいた。

とにかく生きたくない
時間が進んでほしくない
明日が来るなんて絶望だ

今まで過ごしてきた時間なんて地獄でしかなかった
そんなクソみたいな自分に世界に未来なんていらない
 

自分も、周りのものも、過去も、未来も、
ぜーんぶが敵で真っ黒にしかみえなかったとき。

2012年1月11日
東京事変が解散するというニュースを知った。信じられなかった。

大げさだけど、このときのわたしは、林檎さんや事変の音楽が支えになっていた。だからこそ、そんな支えまでもが壊れたような感覚になった。

そこから解散ライブをやるって知ったときには、無意識にっていうよりかは、行かなきゃ…って謎の使命感みたいなので解散ライブに応募してた。外に出れないくせに。
このときはファンクラブにも入ってなかったし、もう本当にダメ元で、というか何も考えずに応募してた。
 

そしたら、まさかの、当選。
2012年2月28日セミファイナルの武道館。

実感が湧かないまま当日が来て、ドキドキしながら席に着いた。
電気が消え、大きなスクリーンにカラーバーが出る。
それでも実感が湧かなくてふわふわ地に足がついてない気持ち。
 

そして1曲目のイントロが鳴った瞬間、わたしは涙が止まらなくなった。

【生きる】という曲だった。

そしてこの【生きる】を聞いた瞬間、わたしは気づいた。

”死にたいって思いながら、わたし、全力でちゃんと生きたかったんだ。”ってことに。

だからこそ、涙が止まらなかった。

あの鳥肌がたった感覚を今でも鮮明に覚えてる。
 

「憧れ続けていた筈の、孤独と自由が首を絞める。なんてこの世は果てしないのだろう。」
「忌み嫌い続けていた筈の、無欲と空虚が胸を占める。なんてこの身は頼りないのだろう。」

この歌詞のように、【生きる】って曲は、絶望と希望っていうような相反するものが歌われているような曲で。
この世界の果てしなさを感じて、自分のちっぽけさに気づいてしまうような曲で。
 

このときのわたしは17歳で、過去の出来事に疲れてとらわれて、未来の不安にとらわれて、”今”っていうものを見てなかった。自分が抱えているもののちっぽけさ、自分自身のちっぽけさを、見たくなかったのかもしれない。

頭だけつかって考えても分からないようなことを考えて、体をつかうこと心をつかうこと、感覚をつかうことをしていなかった。

人間だって、生物なのに。
 

過去とか未来とかにどれだけ思いを馳せようと、今ここにあるものに勝りはしない
今ここにあるものをわかってもいないくせに、なに頭ばかり大きくなろうとしてるんだ

そう、頭をガツーーーンと殴られた気がした。

今をちゃんと生きよう
自分が、自分を、生きよう
今、自分にあるものを存分につかおう

そう、決意できた瞬間だった。
 

そして、まさに、過去にも未来にもとらわれず、解散ライブだからといって感傷に浸らず、”今この瞬間”を謳歌しながら【生きる】を歌う林檎さんは、ほんとうにほんとうに美しかった。

そんな彼女が歌っていたからこそ、「生きることって美しい」って思えたのかもしれない。
こんな瞬間があるなら、ちゃんと生きたい
その瞬間を味わおうとしても楽しもうとしてもいいんだ
と、思えたのかもしれない。
 

そこから、わたしは気付いた。

あぁ、林檎さんって、「その瞬間を生きること」「自分をつかって生きること」をこんなにも歌い続けてたんだ。だから、林檎さんや事変の音楽が支えになってたんだって。
 

”ちゃんと生きよう”
そう、決意した。
 

あれから6年が経ち、いま、わたしは22歳。
そんなわたしが出した、17歳のわたしが思った”ちゃんと生きたい”の答えは、
”自分という素材をつかい、五感をつかい、自分らしくあろう”ということ。
 

あのライブの後、わたしは、ちゃんと生きたくて、高校をやめることを選んだ。

ご飯を食べて、人と会話をして、自分の姿を見て、外に出て、生きる。

いまの自分にあるものを信じて、いまの自分にあるものをつかって、その瞬間その瞬間を生きる。

そして今はまさに、17歳のときのわたしのように、”ちゃんと生きたい”と思う人を応援するような仕事に出会い、自分にしかできない生き方をしてきている。
 

17歳のわたしに証明するかのように、ちゃんと、生きている。
 
 

それでも、
「体と心とが、離れてしまった。」ときは、
「言葉と感覚が、結ばれぬまま。」ときは、ある。

そんなときは、解散という絶望のステージで歌われた、【生きる】という希望の曲を思い出して、
「居直れ我が生命よ。」と、”ちゃんと生きること”を決意しなおす。

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