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あの日には帰れないから

RADWIMPSが歌い続けるあの日と、それを越えた私たちの話

福島に住んでいる。
震災が起きたあの日から、今日までずっと。

何人もの友人がこの地を離れていった。その中には幼稚園から一緒にいた幼馴染もいた。3.11も隣にいたあの子とは、引っ越してから連絡を取っていない。
彼女が福島を離れたのは、もう二度と震災前と同じ日々を歩めないからだ。避難区域の解除がされても戻ってくる人が少ない事が、何よりその事実を残酷に突きつける。
以前のように、福島でとれた野菜や米、魚を何の心配もなく食べることも、自然に容易く触れることもできない。他県民からは同情と偏見の眼差しを延々と浴びせられ続ける。

どうしようもない。

どれだけ私たちがあの日を憎み続けても、あの日に戻ることはできないのだから。
 
 

先日、RADWIMPSの新曲『空窓』が発表された。
RADWIMPSは、長年あの日をテーマに曲を作り続けている。『白日』『ブリキ』『カイコ』『あいとわ』『春灯』に次ぐ六曲目。
これらの曲には共通点があるように思う。

それは、あの日を描くのではなく、あの日を経た日々を描くという点。
 
 

“全ての今までの 喜びが嘘になっても 戻らない君ならば”
___白日

“もう少ししたらね もしかしたらね すべてが幻だったのかもね なんて笑える日が来るからね”
___ブリキ

“彼らのため息と悲鳴と喘ぎ声と すべて吸って綺麗な明日を吐き出す”
___カイコ

“身の丈 を遥かに 超える痛みの波 を浴びて それでもなお 笑うからでしょ”
___あいとわ

“逢いたい人がいるこの世界に 今日も目覚める”
___春灯

“時が僕らを 大きくするけど 時は僕らを あの場所から遠ざける”
___空窓
 
 

あの日起きた悲惨な現状を描くのではなく、あの日というトラウマを胸に、それでも強く日々を生きようとする人々をこれほどまでに高らかに歌う人を、私は野田洋次郎以外に知らない。

誰がどうもがこうと、あの日に戻ってやり直すことはできないのだ。タイムマシンなんて便利なものは、今現在この世に存在しないのだから。例え存在していても、自然の脅威をどうすることはできない。
あの日は、当たり前のように、それが運命だというようにやってくる。

RADWIMPSが歌う曲は、そんな人たちを優しく慰め、さあ前を向きなよと背中を押してくれる。
過去には戻れないことを知っているから。未来を歩むことが最善策だとわかっているから。
その道が決して平坦なものではないことも、彼らは曲のなかで歌っている。それでも、それでも道を歩むのだと、歩んだ先にきっとなにかがあるからと。あの日は君にとって、きっと意味のある日になるからと。
 

風化していくあの日。あの震災に次ぐ地震。
少しずつ離れていくこの地と想いを繋ぎ止めてくれる音楽。

『空窓』で、RADWIMPSは次のように歌う。

“さよならをちゃんと 言える別れは 幸せなのかも なんて思ったよ”

被災していない遠くの人たちにも、あの日が如何に残酷なものだったのかを、貴方たちの日々がどれだけ幸せなものなのかを教えてくれる。
彼らは被災した我々を想うだけでない。それ以外の人たちにとっての日々も歌ってくれている。皆にとっての日々を、3.11を越えた先の今を、彼らは毎年優しげな声色と音色で歌い上げる。

その歌声ですべてが終わるわけではない。
未だ苦しむ人たちは沢山いる。現状はなにも変わらない。
それでも、誰かの背中を押してくれる。あの日を認め、それ以降の私たちを彼らは何よりも丁寧に触れてくれる。
 

“あの時 どうやら 涙は流し切った”
___空窓
 

じゃあ、次は、どうしようか。

明日を、どう生きていこうか。

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