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卒業しやがった皆様へ

米津玄師と別れの歌

“あの日の悲しみさえ あの日の苦しみさえ
そのすべてを愛してた あなたとともに” (「Lemon」)

このフレーズが、”胸に残り離れない”のは、きっと私だけではないだろう。
米津玄師の最新曲にして、ドラマ「アンナチュラル 」の主題歌、「Lemon」。この曲はどうしてこんなにも切なく、心に残るのだろうか。
 

 私は高校3年生。北欧スウェーデンに年間留学をしている。
 3月1日。私の同級生は皆、高校を卒業をした。
日本での高校生活はめまぐるしかった。早朝から学校に向かい、勉強。放課後は部活に励み、それが終わると塾で自習。
勉強は好きじゃなかった。暗記ばかりの教育方針には納得ができなかった。
それでもあの日々がいい思い出なのは、ひとえに友人たちのおかげだ。どんなに苦しくても、いつも通り学校に行けば、いつものみんながいる。そのことがたまらなく幸せだった。
 そんな彼らも春から大学生。県外に進学した友人も少なくはない。私が日本の高校に復学する夏にはもう、彼らはいない。

 3月1日の朝、目を覚ますと大量にLINEがきていた。卒業の報告と私がサプライズで作った動画へのお礼。心が軋む音がした。涙が止まらなくなった。
 ぼろぼろの教室。部活に励んだあの場所。くだらない話で時間を潰した放課後。眠気と戦ってばかりの授業。
もうあの場所にみんながいることはないのだ。全て空っぽになってしまった。私のいないところで。

その日くりかえし聴いていたのが米津玄師の「Lemon」だった。彼は歌う。
“夢ならばどれほどよかったでしょう。”と。

 自分で選んだ留学という未来。覚悟はしていた。分かっていた。苦しい選択であると。
 それでも、苦しかった。悔しかった。
「なんで私はみんなと一緒に卒業していないんだろう。」
「なんで私はスウェーデンにいるのだろう。」
なんどもなんども考えた。

”未だにあなたのことを夢にみる
忘れた物を取りに帰るように
古びた思い出の埃を払う”

日本を出発するとき、不思議と涙は出なかった。
別れ際、泣いている友達を見て胸がぎゅっとなったのは覚えている。それでも「悲しい」「寂しい」といった気持ちは湧いてこなかった。
 自分は1人でやっていくと、覚悟を決めたつもりでいたから。

スウェーデンでの生活は想像以上に楽しかった。人に恵まれ、学校も家でも多くの学びがあった。
しかし、1ヶ月に1回、気持ちがポキリと折れてしまう日が、必ずあった。
一生懸命勉強したはずのテストがボロボロだった日。自分の本音がうまく言葉にできず、疲れてしまった日。
 そんな時は必ず日本にいる夢をみた。家族と一緒に旅行をする夢。学校で授業を受ける夢。友達と無駄話をする夢。びっくりするほど鮮明な夢だった。
 日本を離れて、生まれて初めて「寂しい」という気持ちに気づいた。
 

 米津玄師の作るバラードはいつだって切ない。聴けば聴くほど、心がぎゅっとなる。

“胸に残り離れない 苦いレモンの匂い
雨が降り止むまでは帰れない 
今でもあなたはわたしの光”

私は大切な人を失ったことはない。誰かの「死」と向き合ったこともない。大切な誰かを失う痛みなど、想像はできても、経験のない私には何にもわからないのだと思う。
 でも誰かと離れる悲しみは分かる。もし、大切な誰かがこの世からいなくなってしまったら、私はどうなってしまうのだろうか。遠く離れただけで、こんなにも胸が張り裂けそうなのに。
 
 米津は大切な人を失ったこの気持ちを「レモン」に例えた。
 酸っぱくて、少し甘くて、ほんの少し苦い「レモン」。
 人と離れるのは苦しいものだなと思う。私だったらこの気持ちを何に例えるだろうか。何か他の果実だろうか。花や木だろうか。
 でもやっぱり「レモン」なのかもしれない。これ以上にしっくりくる表現を、私は知らない。
 

“自分が思うより 恋をしていたあなたに
あれから思うように 息ができない
あんなに側にいたのに まるで嘘みたい
とても忘れられない それだけが確か”

 卒業式の日。
もちろん仲間の卒業を祝いたい気持ちもあった。大変だった高校生活を走り抜けた根性と気力を称えたい気持ちもあった。
 でも素直に喜べない自分がいた。それ以上に「寂しい」という気持ちが勝った。
スウェーデンに来てから「すごい人数と遠距離恋愛しているみたいだな」と度々思う。私自身遠距離恋愛なんてしたことはないのだけれど。
 会いたいけど、会えない。
 きっと自分が思う以上に高校の仲間は大きな存在だった。

 中学時代の私は、暗くて、教室の隅っこでいつも本ばかり読んでいた。友達もほとんどいなかった。
がんばっても、がんばっても全て裏目に出た。誰も認めてくれなかった。助けてくれなかった。人なんて誰も信用できないと思っていた。

それが、高校に行って変わった。1人で生きていけると、高をくくり、自分から人に近づこうとしなかった私に、高校の友人たちは、声をかけてくれた。自分の殻に閉じこもろうとしていたのに、いっそ図々しいほどに殻を壊されてしまった。
思い出そうとしなくても、思い出してしまうのだ。彼らがいなければ今の自分はないのだから。
きっと忘れることは、できないのだと思う。
 

 米津は「Lemon」リリースに際して「████████とLemon。」というラジオをYouTubeに公開した。
そこで彼は、この曲について「アンナチュラル 」の制作サイドから「傷ついた人達を優しく包み込むような曲」とオーダーがあったと明かしている。また、彼自身この曲の制作中に肉親をなくし、当初考えていたものとは全く違う曲になった、とも。
『「あなたが死んでしまって悲しいです」と4分間言っているだけの曲になってしまった』と彼は言う。
でも、彼の書いた歌詞は、きっと傷ついた人たちにそっと寄り添っている。同じように大切な人を亡くした人の支えになっている。

“暗闇であなたの背をなぞった
その輪郭を鮮明に覚えている”

私にはこの部分のバスドラムが誰かの心臓の音に聴こえてならない。まるで、いなくなってしまった「あなた」がすぐそばにいるかのように。
 

この曲はある人にとっては「究極のラブソング」なのかもしれない。そして別のある人にとっては「亡くなった人への鎮魂歌」なのだろう。
私にとってこの曲は「別れの歌」だ。未来へと旅立つ仲間との別れの歌。そして、苦しくも楽しかった青春の終わりの歌だ。

私がいつか死ぬその時、私は誰かの果実の片方でありたい。

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