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ズボーンと生まれた愛はズボーン

産声をあげる愛しくて頼りになる音楽

私の朝は“どれじんてえぜ”ではじまる。
【新しい朝が 玄関の前で待ってるぜ
僕らの時代だ さあ、何をしようかな lets go】
どれじんてえぜ より
 

何回聴いたかわからない。
いつだって頼りになる一曲だ。
 

私が待ちに待っているのは
愛はズボーンのライブだ。
これがあるから乗り越えられる。
そんなこともいっぱいあった。
愛はズボーンの音楽は頼りになるのだ。
 

初めてライブを見た日。
かっこいいが隠れるほどの
強烈なインパクト、ギラギラした舞台、
鮮やかな風船、大きなロボットに衝撃を受けた。
それにライブが楽しい。
初めて観るのにとんでもなく楽しいのだ。
「見つけたぞ!」というよりも
『出会ってしまった』という気持ちになった。
 

あるバンドの一区切りのフェスだった。
【泣け 泣け 大人になれば ギターが買えるぜ!!】
ニャロメ! より
と歌う愛はズボーンがその状況とリンクして
頭から離れず、終わってすぐに物販で
「ギターが買える歌が入っている
CDください!」言った。
夢と現実が突きつけられるのに
悲しいのに寂しいのに
希望や期待しか残らない。
そんなライブだった。
 

きっと愛はズボーンのライブを観ている時の私は
幸せな顔をしている自信がある。私だけでなく
“幸せ”という気持ちをライブハウスにいる人
全員が噛み締めている。いつだってそうだ。
 

幸せはとにかく優しくて柔らかくて
温かい気持ちにさせてくれる。
心の中にいっぱいの感情を音楽を注がれて
人間らしく心が動く。心が考える。
温かくて明るくてたまらない。
 

それなのに満足で満たされることはないのが
初めて観た時から変わらず不思議でたまらない。
もっと観たい。まだまだ観たい。
毎回、良いライブな上に期待値しか残らないのだ。
 

「今、私が1番に観たいバンドは
愛はズボーンです。」とはっきり言える。
それくらい魅力的なバンドだ。
 

独特な言葉、奇抜なアートワーク…
私にとっては全部、魅力的なのだ。
でももし高校生の頃に出会っていたら
また違ったかもしれない。
普通はとかみんなはとか…
そんなことはどうでもいいと
思えるようになった私が
出会えたからというのも
好きの大きなきっかけだろう。
 

何が“変”で何が“一般的にかっこいい”
なんて説明は出来ないが
愛はズボーンが好きな人にとっては
他のバンドと比べて違うところが
わかりにくいなんてことは何にもない。
 

大阪生まれ大阪育ちの私が
お好み焼き、たこ焼きを
自然と上手に焼ける感じ。

土日のお昼は吉本新喜劇。

大阪では当たり前。
そういう感じでスーッと入ってくるのだ。
 

文化なんて1週間過ごせばだいたい身につくものだ。
誰だって面白いことや楽しいことが
大好きなはずだ。知ろうとするのは簡単だ。
 

観なければわからない。
感じなければわからない。
そんなパワーを4人は持っている。
 

「なんかちょっと違うかな」
「一回聴いたけどわからんかったから」
そんなことで彼らのライブを一度も
知らずに過ごしているなんて勿体無いのだ。
 
 
 
 

【父ちゃんはな…父ちゃんはな…
父ちゃんなんだぞ!!!】
ニャロメ!より
この歌詞が私は好きだ。
 

家庭によっては
「お父さんが言ってるから」
という理由は成立する。
 

正しいことも時には正しくなくなることもある。
いつだって誰にだって正しさや欲しいものは違う。
 

でもお父さんはお父さんなのだ。
誰が何を言おうとお父さんはお父さんだ。
 

少し古い考えになるのかもしれないが
お父さんがこう!と言ったらそう!なのだ。
 
 

今、私はどれを選んでもいい。
でも楽しみ方を知りたいなら教えてくれる。
正しいことを教えてくれる。
そんなお父さんみたいなバンドだ。
 

私はそういう信用と愛情と
温かい家族のような社会性を
愛はズボーンに感じている。
そういうところがとっても好きだ。
 

私はこの人が好き。
この感覚は自由。
選び放題なのだ。
私はあなたは今この瞬間も
聴きたい音楽を自由に選び聴いている。
 
 
 
 

【100人のチンパンジーの前では
おれは人でいられないね
何が普通で 何が普通じゃないのか
もうどうだっていいや】
へんなの より
 

この曲を聴いた時ふと
選ぶということも難しい。
そんなことを思った。
 

小学生の頃の記憶が蘇る。
バレンタインデー。
友達が「たくや君のこと〇〇ちゃんも
好きなんやって!みんなで一緒に
バレンタイン渡そうな!」と言われ
「そっか!わかった!」と返事をした自分。
 

でもどこかで違和感を感じていたのだ。
優しくて面白くて一緒に遊んでる
たくや君が好き。それは合っている。
好きだったがそういう好きではなかったのだ。
本当のところは違う子に渡したかった。
そんな感情を上手に表現することが
出来なかった。そんなことを言ったら
みんなのうちの1人じゃなくなる。
そんな気さえした。
 

きっとどんなに小さな社会であっても
同じものが好きということで仲間意識や
共感性が生み出す関係があるのだ。
 

周りがみんなチンパンジーなら
きっとチンパンジーになれる。
でもへんなのはみんなの中にある。
それはそれでいいじゃないか。
それはそれで面白いじゃないか。
なんて言える人はそうそういない。
 

好きの押し付けは恐ろしい。
愛はズボーンは決して好きの押し付けを
してこないように私は思う。それなのに
必ず楽しませてあげよう。何か1つでも
メッセージを、勇気を、力をあげよう。
という愛があるところが素敵で頼りになる。
 
 

“頼りになる音楽”と書いているが
探して見つけて響いて残った
愛はズボーンの音や言葉が
私にとっては頼りになっているのだ。
 

そして音楽は人。と色んな人が言うが
本当にそうだと思う。
私はお父さんみたいに頼りになって
人間らしくて正直で真面目な
かっこいい4人が作る音楽が好きだ。
 
 

シンプルに私は好き。
それだけでいいのではないか。
そんな風に音楽を楽しみたい。
ただただ流行りだからではなくて
信じたことを貫いているからこそ価値がある。
この先はどうなるかなんて誰にもわからないけれど
20代の私が20代の愛はズボーンを好きなのが
30代、40代のおっちゃんとおばちゃんに
なっても私は好きでいられるような。
発信される等身大で熱量の高い音楽を
好きでいられる。共感していられる。
そんな未来が見える気がする。
 
 

こんなことそんなことを感じつつも音楽、
ライブは生ものだ。この瞬間は一度きり。
愛はズボーンのライブは私に欠かせない。
その瞬間はそこにしかないのに充実しすぎて
一瞬で過ぎていく。
 
 

【イケイケドンドンか?
ニコニコバイバイか?】
新しいウルトラC より
 

どちらだって正解な気もするが
バイバイするよりドンドン行った方が
楽しくて楽しくて仕方ないはずだ。
 
 

愛はズボーンが止まらない。
 
 

クールでお洒落な音楽な上に
最高に人間らしくて魅力的で
頼りになるバンド
愛はズボーンの時代だ。
 

それに
【ドラマは続く 最終回予告はこない】
生きてるって感じ より
 

観はじめるなら今だ。
まだまだこれからもっと
面白くなるに違いない
ストーリー展開が待っている。

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