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2017年4月18日

サリーシナモン (32歳)

それは私の歌だ。

OASISに背中を押されて。

 

 22時。
 街灯がぽつり、ぽつりと並ぶ真っ暗な道を、私は職場から自転車を漕いで帰路に着こうとしている。寒い。もう4月になったはずなのに、なぜか夜はしぶとく寒い。
 はあ、と吐いた息はタバコの煙のように真っ白に染まった。黒い空に白。芸術的だ、なんて思わない。寒い、というのを目の前で体現されているようでただただうんざりした。
 耳を塞ぐイヤホンから流れてきたのはOASISの「Half The World Away」だった。初めてノエル・ギャラガーの歌声を聴いた時、ああ、おじさんくさい声だなあ、と思ったのを覚えている。
 私がOASISに出会ったのは本当に偶然だった。音楽との出会いの瞬間なんてそんなもので、それはそれほど重要ではない。ただ、私はその瞬間に一生感謝し続けるだろう。
 一曲聴けば、また一曲、と聴きたくなる。OASISにはそんな魅力があった。

 大学を出てすぐに就職した職場にも慣れてきた。自分一人でやれる仕事も増えてきた。だからこそ、上司の許せない部分が目につくようになってきた。反抗すれば生意気だと叩かれ、黙っていれば使えないと罵られる。心地よくなりかけていた場所で私は突然足元を掬われ、居場所を失いかけていた。
 うまくやればいいのだ。タバコくさいスーツを身にまとった上司の言うことには頷けばいい。右を向けと言われれば右を、左をと言われれば左を向けばいい。
 社会に出て一番最初に試されたのは、漢字の読み書きでも、計算でもない。周囲の空気をいちはやく読み、それにうまく流されることができるか、ということだった。
 私はとりわけ正義感が強いわけでも、自己顕示欲が強いわけでもない。誰かを陥れたいわけでも、悪を懲らしめたいわけでもないのだ。
 ただ、認められ、頼られ、そこに居てほしいと言われたいだけだった。なのに、どうしてうまくやれないんだろう。
 何か問題にぶつかるたび、私のiPodはOASISを歌うようになった。
 

”Still scratching around in the same old hole
My body feels young but my mind is very old”
(ずっと同じ穴にはまって、その壁を引っ掻き続けている。身体は若いのに、心はすっかり老いぼれだ)
 

 その通りだ。私は一人毎日蟻地獄にずぶずぶとはまって、そこから抜け出そうと手応えのない砂の壁を引っ掻いて暮らしている。
 ノエルギャラガーが歌う。おじさんくさい声で。
 ああ、そう。今では、味があると思えるようになった。いや、違う。好きで好きでたまらなくなった、だ。
 だってこの人は私の歌を歌っているじゃないか。
 もう一度息を吐きだした。真っ白だ。冷たい空気が鼻の先をひりひりとさせる。寒い。それだけで泣きそうになる。どうして寒い。どうして何もかもうまくいかないんだろう。私は自転車を漕ぐ。ノエル・ギャラガーが歌う。穏やかすぎるくらい穏やかな声で。
 息を吐く。白い、寒い。何もかも悔しい。
 

”You can’t give me the dreams that are mine anyway”
(結局夢は自分が見るもので、与えられるものじゃない)

” Half the world away Half the world away I’ve been lost I’ve been found”
(世界の反対側。世界の反対側で、自分を見つけたり、見失ったり、だ)
 
 

 本当、本当にね。
 私はふ、ふ、と笑ってしまった。
 蟻地獄の奥の奥へ沈み続けたくない。かといって、突然やってきたダブルデッカーに敷かれて死にたいとも思わない。
 

”But I don’t feel down”
(でも、落ち込んじゃいない)
 

 ノエル・ギャラガーが歌う。そうだ。落ち込んでなんていないさ。私は落ち込んでなんかいない。これは精一杯の強がりだ。強がりの何が悪い。
 家に着いたら、お腹いっぱいにご飯を食べよう。あたたかい布団で眠ろう。そしてまた朝起きて、自転車を漕ぐのだ。今とは反対の道のりを。
 負けるか。この強がりは、いつか報われると信じている。
 だからその日がやってくるまで、ノエル・ギャラガーに「お前は落ち込んじゃいない」と歌ってもらうのだ。
 
 
 
 
 
 
 

【社会人10年目の記念に、あの日の私へ。
そして今年社会へ足を踏み入れたきらきらの新入社員諸君へ。思い悩んだらOASISを聴こう。必ず、その丸まった背中を叩いてくれるはずだ】

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