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ライブは瞬間芸術だ

2人きりの忘れらんねえよのおわりと、まだ知らない世界

忘れらんねえよが好きです。嬉しいとき、聴きながら音楽に合わせて飛び跳ねるくらいに好きです。辛いことがあった時、ひたすら聴いてなんとか楽しくなるようにするくらいには好きです。所構わず友達と忘れらんねえよベイベーと歌うくらいには好きです。ライブが終わった後は笑顔がその夜ずっと消えないくらいには好きです。情けないけど底なしにかっこいい姿を見て泣くくらいには好きです。あの発表を聞いた時は息苦しくて、丸々一晩泣けるくらいには、好きです。

初めて見たのは2016のロッキンだった。目当てだったわけじゃないし、本当にたまたま、元気で楽しそうな音楽が聞こえて来たから行っただけ。全然知らないけど、忘れらんねえよベイベーって腕を振るのが楽しくて仕方なかった。

好きになってからたった2年経たないぐらいの短さ。でも、忘れらんねえよは私に見たこともない世界を見せてくれたし、それを私は望んでいた。2017年のツレ伝ツアーは行けるところ、大好きなバンドとの対バンなら関東から東北九州関わらず行った。全部全部輝いていて、宝石みたいな思い出ばっかりだ。奇跡って言う宝石がそこには詰まっていた。

ツレ伝ツアー中、柴田さんが「ライブは瞬間芸術だ」と言った。その時は「確かに。いいこと言うなあ。しっくり来た。」ぐらいにしか思ってなかった。

その言葉が呪いみたいに付き纏っている。2月初めに発表されてから、ずっと頭の中から離れなかった2018年5月1日という日。

今年2月、なんとなくライブの予定がないことが気がかりで、そろそろ行きたいなと思いながら、心のどこかで嫌な予感を感じとっていた。それは現実となって目の前に立ちはだかる。

何気なくTwitterを見ていて、そのツイートが目に入って、目の前が真っ暗になった。この言葉がこんなに似合うことなんてあるのか、忘れでこんな思いをするとは思ってなかった、と思った。その瞬間乾いた笑いが出てしまった。ははは、と笑いながら、直後にボロボロ涙が零れ落ちた。

その時、友達と夜ご飯を食べていて。ライブに行く仲間じゃなかったから、トイレから戻ってきた友達に「暗い顔しててごめん、ごめん」と言いながら帰り、自宅の玄関に辿り着いた。限界だった。止まらなくて、真冬の夜、玄関前でバカみたいに声を上げて泣いた。自分の部屋に戻っても止まらなくて、辛くて、「なんで、なんで、」を繰り返した。

ずっと2人でバカやってるところを見られると思ってた。これは現実なのか、嘘じゃないのか、誰か嘘だって言ってよ、って繰り返した。2人きりの忘れが好きすぎたんだ。

何度も2人の言葉を読み返した。「絶対に、人生で一度しかできないことをできたと思ってます。柴ちゃんがいなかったらできなかった。本当にありがとう。」「君の新しい人生を応援します。これからも友達でいようね。」の言葉で何度も泣いた。

ちょうど10月に梅津さんが気持ちを伝えたと言う。柴田さんが「ライブは瞬間芸術だ」と言い始めたのは10月末だった。そう言うことだったのかもしれない。そう言うことだったんだろうな。

私は酒田さんの脱退を知らない。ずっと2人の忘れしか見たことないし、知らない。だからこそ、2人きりの忘れらんねえよだったからこそ、ずっと続いて行くんだろうなって思っていた。そんなことなかったんだ、何があったんだろうって嫌な方向ばかりに考えが及んで。

次の日から抜け殻になっていた。でもとりあえずバイトに行かなきゃいけないから、化粧をしてやろうと鏡に向かったら、泣きすぎて原型を留めていない腫れた顔があって。二重はおかしくなってるし、アイラインが馬鹿みたいに引けなくて笑いながら、「あんなことがあったのに世界は酷く普通に回るな」なんて歌詞みたいなこと考えて。日課のTwitterすらできなくなってアプリを消したりして。家にいる時は口を開けてぼーっとして過ごした。感情が不安定だったので、突然ケーキを焼いたり夕飯を無駄に凝ってみたりしていた。今考えると大丈夫かこの人。

そのあと少し元気になって、他のバンドのライブにはたくさん行った。もともと決まっていたのもあるし、少しでも他の音楽に触れていなきゃ死んでしまいそうだった。でも、どのバンドのライブに行ってもどこかでそのことを考えていて、急に息苦しくなるような日々を過ごした。

あまりにも辛すぎてこの際、いっそのこと嫌いになりたかった。脱退が決まった時点で、失望して、何もかも嫌になって、彼らのツイートすら目に入れたくなくなりたかった。でも、そんなことできなかった。2人が綴る言葉も、音楽も、大好きだって分かっていたから。

前日の夜、久しぶりに一人の部屋で忘れを聴いて、ポロポロ涙を流しながら、またなんでって言った。身が引き裂かれそうで、目の前は滲んでいるのに、イヤホンから流れてくる音がやけに鮮明で綺麗で情けないけどかっこいいのが苦しくて。数ヶ月ぶりに聴いた忘れは、やっぱり大好きだった。

そして2018年5月1日がやってきた。最後に忘れを見てから5ヶ月近く経っていた。

5ヶ月の間にあったソロ活動も、チャットモンチーのトリビュートも聴けなかった、行けなかった。どこか行ってはいけないような気がして、今忘れに少しでも触れたらわたしの中の何かが壊れてしまいそうで。

入場した途端、目に入ったのはいろいろなバンドたちからの花。
大好きなバンドからも花が送られていて、それだけで涙が止まらなくて、わんわん泣きながら入場した。どこに行くかも決まってなかったのに、気づいたら前に行っていた。

今日が最後、忘れを見るのが最後、と思いながら来た。この待機の時間も、いつもの前説も最後で。このライブが終わったら、何もかもの足が進むのが終わってしまうような気がして辛かった。

あっという間の3時間半だった。ライブハウスで聴きたかった大好きなベースの俺の中のドラゴン、山形で聴いたのが印象的なトイレの歌紙がない、愛の無能は福岡で聴いたなあなんて思いながら。犬にしてくれを聴きながら、なんてダサくてかっこ悪いのにこんなに大好きなんだろうって思いながら横浜で泣いたこととか。大好きな中年かまってちゃん、CからはじまるABC、とかいっぱい。初めて合わせた曲、ドストエフスキーをやってる時は初めて忘れを見た時のような感覚に陥っておかしくなりそうだった。

ばかばっかの恒例、ビール一気はジョッキで笑っちゃったな。でもそれすら最後なのが悲しくて寂しくて目を逸らしてふと二階席を見たら、そこに居たのは大好きなバンドの、ツレ伝で対バンを見た、バンドマン達。本当にたまたま見つけてしまって、でもそれが何より嬉しくて、彼らとの対バンを見せてくれた忘れに改めて感謝して。全部が忘れが見せてくれた奇跡だったんだよ。

「世界を変えんのは優等生じゃない ばかみたいに泣いて コケにされて見下されたやつだ」

ばかもののすべてのこの歌詞をはっきりと聴いて、耳に焼き付けて、改めてその通りだと思った。彼らが言うように、コケにされて馬鹿にされ続けたかもしれないけど、私の世界を変えたのは間違いなく忘れらんねえよ、の2人だったんだ。

「明日とかどうでもいい 死ぬほどどうでもいい いつか終わんだから今日君に言わなくちゃ 君のことが好きだ どうしようもなく好きなんだ 伝われ」

この歌詞が好きで、どうしても伝えなきゃって、今日一番声を張り上げて歌った。山形でも同じことをしたのを思い出した。君のことが、貴方達のことが好きなんだ 小さな声だけど、伝わっていたらいいなあ。この曲が本編最後だった。

アンコールが始まる。本当に本当に終わりなんだ、でもこの時にはどこかで「忘れらんねえよはきっと大丈夫だ」と思い始めていた。涙はもう止まって、梅津さんの最後を見届けようと、心が決まって来た。悲しい気持ちをその決意に変えてくれた。

世界であんたはいちばん綺麗だを聴きながら、走馬灯のように忘れと過ごしたこの2年足らずを見て思い出していた。遠征の途中での出来事とか、福岡で柴田さんがイッキで飲んだのはウイスキーかと思ってびっくりしたけど実はウイスキーじゃなかったこととか。くだらないこともたくさん。いつもいつも笑わせてくれたな。

高速道路のその先に、Zepp東京があって、そこで今、梅津さんとライブしてる。その姿がどうしようもなく愛おしくて、全身全霊で歌ってくれる柴田さんのことが大好きだった。バンドワゴンの歌詞通りになったな。ここからは1人だな、と思うけど、頑張って欲しい、と願いながら。

何度も何度も合唱した忘れらんねえよだって最後で、でも何度見てもケータイのライトだけで照らされた景色は綺麗で美しくて、照らされた梅津さんがこれ以上ないくらいの笑顔で。私たちちゃんと送り出せたかなあ。

「まだ誰も触れない 触れない僕の未来は まだ誰も分からない 分からない僕の未来は 僕の希望で 僕の宝物 それで生きてく」

最後の曲は、まだ知らない世界。梅津さんの未来も、柴田さんの未来も、忘れらんねえよの未来も、私たち全員の未来も。まだ誰も知らない分からない、だからこそ希望で宝物なんだって、歌ってくれた、演ってくれた。

正直ラストは別れの歌かなと思ってたよ。でもまだ知らない世界で正解だったんだろうな。そもそも別れの歌は酒田さんへの曲だし、やらなかったからこそのメッセージも込められていたと思う。

1人ずつステージから人が減って行く。初めはヒロキさん。ギターをかき鳴らしてくれて、最後まで粘って、梅津さん辞めないでくださいって言っていてくれた人。LEGOでも見るけれど、その時とは違う覚悟を込めたギターだった。梅津さんに抱きついて、なんて言ったのか分からなかったけど、この人は忘れの2人が本当に好きなんだなあって。
次はマシータさん。最後のドラムソロはマシータさんらしい、力強く抱きしめてくれるような音だった。こんな優しい人が3年間も忘れを支えてくれていて、忘れは本当幸せ者だなあって思ってしまった。泣きすぎてあんまり覚えてないんだけど、マシータさんが2人を包み込んでくれたのは見ていたよ。

柴田さんと梅津さんが2人で、やって来た忘れが大好きで。最後の2人の姿は、友情とか飛び越えた愛のようなもので。愛おしくて愛おしくて。こんな姿をもう見れないんだなあと思ったら寂しくて仕方なくて。でも、この2人は同じバンドじゃなくてもずっと仲良くしてくれるんだろうなって信じて。

2人が背中合わせで楽しそうにギターとベースを弾き倒す姿が大好きだった。

全員がはけた後、ステージに現れたのは7月に渋谷でワンマンをする、という発表。どこか夢を見ているような感覚で、私は口を開けて見ているしかなかった。1人ぼっちの忘れらんねえよのスタートなんだろうな、とは感じながら。
 

1週間たった今、色々なバンドマンや柴田さん、そして梅津さんがあの日のことについて綴ったツイートを見ている。梅津さんのアイコンが梅ックスの時のものに変わっていて、なんだか嬉しくなった。

梅津さんの目いっぱいの笑顔も、泣くのを我慢している柴田さんの微妙な顔も全部脳裏に残っている。大好きで大好きな光景を焼き付けることができて良かった。脱退ライブという場を設けてくれて、本当に良かった。

ライブが終わって、こんなにスッキリとした気持ちで、前を向けるとは思っていなかった。正直帰りの電車で泣き倒すつもりで来ていたから。確かに心ここに在らずって感じではあったけど涙は出なくて。それが妙に心地よくてずっと続いている感覚だ。自分なりにこの脱退を理解できたんだとは、思う。

でも1人になった忘れには、多分、行かない。前述した通り、私は2人きりの忘れが好きすぎた。

でもね、でも、いつかどこかで柴田さんが笑って泣いてる様子は見たいなと思っている。それが何年先になるかは分からないけど。
 

ライブは瞬間芸術だ。短い期間ではあったけれど、それを、めいっぱい、後悔しないくらいに見に行けて良かった。
 

ありがとう梅津さん。ありがとう柴田さん。ありがとう忘れらんねえよ。私は前を向いて歩いて行きます。あとね、忘れらしいMCで大好きだったんだけど、Tポイントぜひもっと貯めてください。Tポイントを扱う店で働く者より。大好きです。
 
 
 

忘れらんねえよ、サンキューセックス!
 
 

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