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私が会いに行く理由

フジファブリックは続く

 フジファブリックのライブに行く。それは私にとって何かを確かめにいく行為である。もちろん大前提としてそのバンドが好きで、好きな歌を聴きたいからライブに行く、という健全な理由がある。だが、私がいちばん聴きたい声は、そこにない。その声をステージで聴くことは、絶対に、絶対に叶わないのだ。

 聴けないとわかっていても確かめたくなる。ひょっとしたら今日、彼はステージに立つのではないかと、ありえないとわかっているのに期待している自分がいる。彼の死を受け入れていないわけではない。というよりは、私がフジファブリックを知ったときにはすでに空の上にいたから、一度も姿を見たことはないし生の声も聴いたことはなく、いなくなってしまったという感覚が正直なところないのである。

 2015年、とあるフェスの転換で流れていた『若者のすべて』に心を掴まれたことがすべてのはじまりだった。そのとき実は曲名もバンド名もわからなくて、たまたま他のバンドがラジオでカバーしていたのがきっかけでフジファブリックの歌だと知ったのはおよそ1年後だったような気がする。
 細かい話をすると、フジファブリックの存在自体は2010年か2011年ごろにすでに知っていた。テレビで映画の宣伝をしていて、バックに『夜明けのBEAT』が流れていたのは今でも覚えている。だからバンドについて諸々を知って、ああ、『夜明けのBEAT』の人だったのか、と思った。

 2016年のフェスにフジファブリックが出演することになった。偶然にも、私の好きな他のバンドと出演日は重なっていた。そのフェスに私は行った。しかしフジファブリックは観ないで帰った。なぜか。そこに私の聴きたい声がないとわかっていたから。私の心を掴んだのは、紛れもなく志村正彦の歌で、声だった。ミュージックビデオを見て、そのまなざしや佇まいも好きになった。なのに。なのに、彼はいないのだ。フジファブリックは続いているのに。私はフジファブリックが好きなはずなのに。なんとなく怖かったのかもしれないし、軽々しく観てはいけないと思ったのかもしれないし、よくわからない。とにかく、近づけなかった。

 三人体制になってからのアルバムをいくつか借りてみた。好きなものもあれば正直あまり響かないものもあったけれど、どれも不思議と違和感はなかった。声も曲調もそれなりに違うのに、同じフジファブリックというバンドであると、すんなり受け止められた。すっと体に染み込んだ。それがうれしかった。そうか、フジファブリックは確かに変化している。それは志村さんがいなくなったからではなくて、彼が今生きていたとしてもバンドはきっと挑戦し続けていたのだろう。変わり続けていたのだろう。今も昔もこれからも、ヘンテコで普遍的な歌をうたいながら、変わらずに変わり続けるのだ。そう思った。

 2017年、好きなバンドがフジファブリックと対バンすることになり、私は迷わず行った。ライブは最高だった。もしも1年前のフェスを観ていたら……なんてことは全くなくて、この日、このライブが初めてのフジファブリックでよかったと思う。三人それぞれの演奏力の高さ、ライブならではのアレンジ、それらとギャップのありすぎるMC、すべてにおいて濃密で、想像を遥かに飛び超え脳天を突き抜けていった。

 メンバーは志村さんの曲を過去のものとするのでも、彼の不在を乗り越えてなお活動し続けている事実を美談にするのでもなく、まるでそこに本人がいるかのようにごく自然に彼の名前を出すし、2009年以前と以降の曲で何か区別をすることは全くなく「全部フジファブリックです」とばかりに新旧鮮やかに織り交ぜていたのが印象的だった。

 なんてバンドなのだ。壮絶だったはずの色々な感情や出来事を、湿っぽく語ることも蓋をすることもない。花が咲いて枯れてまた新しい種が萌芽するように、その過程のひとつひとつは奇跡のような積み重ねなのに、まるで当たり前のように美しく流れてゆく。そのサイクルに余計なものは何一つなく、「フジファブリックがフジファブリックであり続ける」という至極真っ当で誠実な、それだけが大事でそれ以外はなにもないのが彼らの生き様だった。美しかった。

 志村さんがいなくなってからもフジファブリックを続けるという選択は、それはもちろん葛藤はあっただろうけれど、三人にとっておそらく当然のことだったのではないか。大好きなフジファブリックをこのまま終わらせたくないという純粋な気持ちだけが、今日まで彼らを走らせてきたのだと思う。

 その後、いくつかのワンマンライブを観た。その度に私は志村さんがどこにいるか探していた。姿は見えない。声も聴こえない。だけど、フジファブリックはそこにいる。志村正彦は今もフジファブリックのメンバーだ。だから、絶対にいるはずなのだ。私はやっぱり志村さんの作った歌が好きだし、志村さんの声が好きだ。そういう意味では、三人体制のフジファブリックは確かにかっこいいけれど、私の好きなフジファブリックの100%ではない。それはどうしても変わらないし、嘘をついてまで健気なファンを気取るつもりはない。他のファンから見たら最低な奴かもしれない。それでもフジファブリックの新しい曲は追いかけたいし、ライブにはこれからも行く。会いたいバンドなのだ。愛したいバンドなのだ。いちばん聴きたい声もいちばん見たいまなざしもそこにはなくたって、彼の生きた──否、生きている証がそこにはある。 私はまた確かめに行く。フジファブリックが今日もフジファブリックのまま続いていることを。

 志村さん。とんでもなく素敵な歌をたくさん残してくれてありがとう。山内さん、加藤さん、金澤さん。フジファブリックを続けてくれてありがとう。やり直すとか生まれ変わるとかじゃなく、続けてくれて本当にありがとう。おかげでここにまたひとり、生きるのがちょっと楽しくなれた奴がいます。

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