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聞く、喜懼、聴く

UVERworld・『KING'S PARADE 2017』DVDを観て

もし突然、自分の耳が聞こえなくなってしまったら、もし突然、この地球が修羅の世界になって国々がこぞって人間から聴く自由を奪うようになってしまったら、私たちはたった今 この瞬間と同じように、大好きな音楽を本当に大好きなままでいられるのだろうか?

《悲しい過去を忘れさす歌じゃなく/悲しみに立ち向かえる歌を/夜空の月は満ち欠け 星も見えない/そんな闇の中でも 明日を照らす 君と共にある歌を》
(“白昼夢”)

4月下旬のとある朝、いつものようにむにゃむにゃと寝ぼけ眼でニュースを観ていると、〈耳で聴かない音楽会〉というあるプロジェクトの様子が特集されていた。多くのテクノロジーを意のままに操る「現代の魔法使い」として呼び声高い落合陽一氏が中心となり、耳の不自由な人にも音楽を楽しんでほしいとの思いから始まったらしいこの取り組みだが、意表を突くプロジェクト名とはちょっと違い、その音楽会のステージでは普通のコンサートと同じように本物のオーケストラが生で演奏をするというのだ。
そして迎えた〈耳で聴かない音楽会〉当日。耳ではなく身体全体で音楽を体感するための工夫が凝らされた様々なアイテムが会場に用意される中、補聴器を付けた小さな男の子が大事そうに抱きかかえていたのは、「SOUND HUG」と呼ばれるバルーン型の機器。内蔵されたスピーカーから音の振動が伝わり、さらに音楽と同期することでその白くて大きな卵のような機器が光を発する仕組みになっている。いよいよオーケストラによるクラシック音楽の演奏がスタートし、自分の膝の上に乗った「SOUND HUG」から光と振動が発された瞬間、男の子は零れ落ちそうなほど澄んだ目をして、ハッと隣の人と顔を見合わせ、本当に嬉しそうにキラキラと笑い始めた。もちろん、彼は何か言葉を使って具体的にその感動を表現している訳でもない。もしかしたら、普通の人と同じように難なく声を発することが出来ないのかもしれない。それでも、確かに音楽を求めて、今日この会場にやってきている。耳で聴けないなら、身体中にあるすべての感覚をフルに研ぎ澄ませて、ただ純粋に心で音楽を聴けばいい。そんな邪念のないこの子の姿に触れ、その数日前、発売から約1ヶ月遅れで自分の手元に届いたばかりだったあるライブのDVDのことを思い出した。

《Just going/負けんな同志/流れる闘志/本気だと認める男同士/お前が終わりゃ 俺も半分死んだ気になる》
(“23ワード”)

そのライブというのは、昨年2月に盛大に開催されたUVERworldの過去最大規模の男祭り「KING’S PARADE 2017」。全国から馳せ参じた2万3千人の男たちが、後先構わず喜んで理性を投げ捨て、魂宿る拳を振り上げ、血眼になって叫び、容赦なく人の上に攀じ登っていく。初めて観る血で血を洗う戦国時代さながらのカオスな光景に終始表す言葉も見つからなかったが、そこには無数の光と振動によって生まれた一筋の大きな希望が燦々と射しており、一瞬にして多くの人々の心を動かしたあの「SOUND HUG」のように、音がなくても十分に伝わってくる彼らの魅力に溢れていた。

まずライブが始まって真っ先に目を惹かれたのは、彼ら6人を取り囲むその演出の凄さ。あまりにもありきたりな感想だが、観れば誰もが、それ以上 何の形容もし難いことがよく分かるはずだ。
この日、切込み役の重大任務を担ったのは、TAKUYA∞(Vo)が鳴らす均衡のとれた甲高いホイッスル。その切れ味抜群のスターターのクリーンナップの役目を果たすべく3番手として登場した“Collide”は、先程触れたような彼らの素晴らしい演出がぎっしり詰まった玉手箱のような1曲だった。

《何もかも 傷つけた日も 何一つ楽になれなかった/合わす顔のない感情を いつか理解する為のものなのか》
(“Collide”)

TAKUYA∞以外の5人が、各々手にしていた楽器をスティックに持ち替え、自分の側に用意された大小様々な太鼓類に向かって力一杯振り下ろす。それを束ねる司令塔となった真太郎(Dr)はダイレクトに心臓を鷲掴みにするような野太い音を繰り出し、オーディエンスはそのリズムを耳にするなり、TAKUYA∞の前に迫り出す人1人分ほどの幅しかない狭い小道を楽器に見立て、彼らと同じように意気揚々と素手で思い思いに叩き狂い始めた。そうして躍動感溢れるリズムの波に乗ったメンバーを鋭く照らしたのは、地面めがけて垂直に刺すいくつもの白く細い光。その間を縫うようにさすらう青と緑のレーザーが、野性の空間と化した巨大なさいたまスーパーアリーナを取り仕切るように、どこまでも大きく、どこまでも深く、どこまでも凛々しく、命ある水面のように広がっていく。しかし、サビに入ると、パトロールするようにグルグルと回り続ける禍々しい真っ赤なパトライトがベースとなり、冷徹な霧の白と怒る雷の黄色が互いを威嚇し競り合うように忙しなく瞬いていた。そのあまりにもテンポの速い切り替わりは付いていくので精一杯にも思えるが、一瞬一瞬 万華鏡のように変わりゆく演出もUVERworldのライブの魅力の1つだと言えるだろう。

《勝てる勝負しか挑まない 戦わなきゃ負けることも無い/そんな言葉 部屋で一生マスかき死んでいくやつの言葉》
(“Collide”)

振り返ってみれば、私が初めてUVERworldの曲を聴いたのは今から1年半前のこと。その頃の私はまだ19歳。しかし、今こうして改めて振り返ってみても、本当に何ひとつとして記憶が思い浮かばないほど、味気ない生活を送っていた。まだまだ先が長いはずなのに、私の人生、もう取り返しのつかないことになったと本気で思うような出来事があった。だから、せめてもの報いをと、友達に会うことも、ライブに行くことも禁止した。季節を問わず落ち葉がカラカラと寂しげに鳴る 家から職場までの直線コースを自転車で何往復もし、辛うじて立っていたようなレジの仕事中、突然流れてくる涙を堪えるのに必死だった。何とか迎えることが出来た めでたいはずの誕生日も、特にこれといって祝ってくれる人は誰もいない。そんな情けない自分にまず取り敢えずその場凌ぎの鎧を着せようと、不甲斐ない自分に嘘でもいいから綺麗な仮面を着けてあげようと、そして何より、これっぽっちも美しくなんてない弱いだけの涙を隠そうと、毎日マスクをしてレジに立っていた。しかし、そんな生活をしていると、気づかぬ内に、唯一の楽しみだったはずの音楽を聴くことも辛くなってしまっていた。大好きなアーティストの新譜のリリース日さえも忘れ、終いにはそこに収録された新曲さえも、恨めしく思ってしまう始末だった。

《10代最後の日に あと一年頑張って何も変わらなかったら/もう人生ごと終わらせようと思ってた でもそれも出来なかった/きっと本当の死ぬ気の覚悟も知らず 生きてきた》
(“7日目の決意”)

しかし、ふと気がついてみると、“7日目の決意”に辿り着いていた自分がいた。何も知らずに再生ボタンを押して曲が始まった途端、不覚にもとっさに涙が出てきてしまった。しかし、華のラストティーンを棒に振った自分が、なぜ突然UVERworldを初めて聴いてみようと思ったのか、なぜこの曲だけは聴いてみようと思ったのか、今でもよく分からない。しかも、その3ヶ月後の仕事帰り、深々と降り積もる雪に埋もれながら歩いているとき、まだリリースされたばかりだった“一滴の影響”の《許せば進めるし 恨みは立ち止まらす》との歌い出しを聴いた瞬間、堰き止められていたものが一気に溢れ、また1人で泣きながら家に帰った。私は、UVERworldを聴くべきときに聴くべくして聴けたんだ。この人たちにはきっと一生敵わない。そう完全に諦めが付いた夜だった。しかし、自分がわがままを言って選ばなければ、手を差し伸べて辛さを慰めてくれる紳士のような歌い手も、目の前に立ってずっと笑わせてくれるジョーカーのような歌い手も、自分の周りにはいくらでもいたはずだ。それなのに、19歳の私は「あなたはこうなんだよね」とただひたすら事実と現実だけを歌ってくれる彼らの音楽を選んだ。

正直言うと、今の生活も1年半前とほとんど何も変わっていない。友達とも全然会っていないから、ライブに行くときはいつも独りぼっち。もうマスクは必要ないレジの仕事に向かうときも、春になると優しいピンク色に染まる桜並木の廻り道を何往復もして、毎日来る常連さんと今日の夜の献立と明日の天気の話をする。そうして、ついこの間迎えた21回目の誕生日。もちろん、目の前には気の利いたプレゼントも美味しいケーキもなかったけれど、いつも通りに起きてきたら「おはよう」の代わりに「おめでとう」を言ってくれる天真爛漫な妹と優しい母がいた。

《ずるい奴が笑う世界 そう言いながら物事が/ゆっくりでも良い方に進むと信じ 今日も/正しく生きようとする君は素敵だよ/そんな自分を君も愛してあげてよ》
(“一滴の影響”)

どんなに救いようのない日々の中でもこうして生きることを選び続けてこれた私が、演出の他にもう1つ、この男祭りを観てとにかく驚いたことがある。それは、ほとんどの曲でスクリーンに歌詞が映し出され、あの会場にいた2万3千人がそれを思い思いに歌っていたことだ。頭の中にある五線譜を必死に目で追いながら6人のアンサンブルに何とか食い付いていっているという感じではなく、1人1人が自身の内から出る言葉をメロディーに乗せて自然と口ずさんでいるような、そんな印象を受けた。さらに、DVDに至っては、自分で選択すれば歌詞を画面下で観ることが出来る機能も付いている。今のロックシーンを見ても、曲の歌詞を伝えるのにここまで心を砕くバンドはいないのではないだろうか。

《Hustle and bustle/Don’t Think.Feel 無心 不動 且つ 唯一無二の思想/何を考えてばかり お前は誰の為に生きる?》
(“Don’t Think.Feel”)

しかも、すべての作詞を担うTAKUYA∞がたった1曲の中で千手観音のように使いこなすのは、ただの普通の言葉じゃない。《もっとああしろよとか 俺に文句があんならば/お前も マイク持ってステージ立って 全部やって確かめりゃいいだろう》(“PRAYING RUN”)のような男性的な猛々しさや獰猛さ、《どうすればいいか分からず走って 汗をかけば楽になると思ったのに/それ以上にあふれてくる思いが 水になって目からこぼれてゆく》(“PRAYING RUN”)のような女性的な柔らかさや繊細さ。それは、何色にも染まってしまう変幻自在な表情豊かな言葉たち。だからこそ、そこからさらに枝分かれして様々な想像が掻き立てられ、メッセージの終着点を見失ってしまったり、結局相手に何が言いたいのか全く伝わらないなんてことも起こりかねない。全く違う役割を果たすそれぞれの言葉の出番を少しでも誤ってしまえば、終着点どうこうの話ではなくなってしまう危険性が大いにある訳だ。しかし、彼の凄い所はまさにそこにある。以前、言葉を紡ぐ者としてこんなことを言っていた。

「もう僕が今、感動できるポイントって言葉でしかないんですよね」

確かに、“7日目の決意”と“一滴の影響”を初めて聴いたとき、「この人は何でこんなに私のことが分かるんだろう?」と本当に切実に思った。しかも、TAKUYA∞の歌詞には遠回りで伝えるような無駄な言葉が一切ない上に、表情豊かな言葉たちがかえって彼の意志を引き継ぐ使者となり、曲に奥行きを与え、伝えたい/伝えるべきだと思うメッセージにきちんと順々にストーリーを組み立てていっている。だからこそ、私たちはそのメッセージに胸を焦がし 自分に1番最適な道筋を探り辿る中で、自然と弱い自分を鼓舞せずにはいられなくなるのだろう。それはまさに、彼らの歌詞への究極の向き合い方が生んだ必然的な奇跡の実証だ。

《LONELY/自分自身のDislike 一番本当に/悔しくて許せないことは/この 特別な才能を持って/産まれて来れなかった事なんかじゃない/この世界の/どうでもいい 心無い言葉や/ただのフレーズに押しつぶされそうになって/全てを 一瞬で捨ててしまいそうになる事/未来も この命も》
(“ALL ALONE”)

そんなUVERworldの詩は、たくさんの不安を抱えたまま、一生、人生オーディションのステージに立ち続けなければならない私たちを、足元から堅実に支える温もりある木目の床のように、明るく照らすオレンジ色のスポットライトのように、まさに今そこで思い悩む心中を正確に言い当ててしまえる審査員のように、その不安をどこまでも深い慈愛でもって受け止めて送り出してくれる父母のように、姿形を変えても尚ずっと側にいてくれるはずだ。きっと1人の例外もなく、聴いた人全員にとって光と影のある想い出となって、永遠に胸の奥底に刻み込まれていくに違いない。

《何者に媚びぬ力が欲しい/無理なら媚びる勇気が欲しい/頷き 従う 勇気を》
(“ALL ALONE”)

“一滴の影響”の最中、必死に訴えかけるように叫び歌っていた克哉(Gt)。《今日も君は生きている》と言って心から満足そうに笑った彰(Gt)。歌詞に合わせて涙で頬を濡らす仕草をしてみたり にっこりと笑う仕草をしてみせたTAKUYA∞。その3人の姿に過去の自分をそっと重ね合わせたとき、あの日集まった2万3千人の男たちが性別なんて関係なく涙を流しながら大声で口ずさんでしまう・しまえる・しまいたくなる理由が、少し分かったような気がした。

しかし、「この人は何でこんなに私のことが分かるんだろう?」と思ったのは、他でもない、彼ら自身が同じような苦悩を味わってきたから。私のような何も知らない小娘と、錚々たるメンツに囲まれながらロックシーンで戦う彼らとじゃ、その苦労は比較にならないことも十分承知の上だが、やっぱりそう思わずにはいられない。しかも、そこに並べられているのは、非情な運命を睨み、あらゆる不平等を恨むことなく、自らの最悪なバッドエンドを塗り替えてきた、まさに《意思逆走》(“ODD FUTURE”)と言える傷だらけの尊い歴史の数々。

《もうどうなったって良い 格好悪くたって良い/死にものぐるいで未来を変えてやる/どうしたって 変えれない運命だと言われても/まだ俺は変われる 自分で変えてみせる》
(“CORE PRIDE”)

改めて言うまでもないことだが、UVERworldは正真正銘のロックバンドだ。本人たちは一時でもその誇りを捨てたことはないのだろうが、もし彼らがアイドルグループだったら、女性ファンが多いことを詰る人なんて1人もいなかっただろう。もし彼らがそれぞれソロアーティストとしてそのスタートラインに立っていたなら、「ロックバンドにサックスはいらない」と言ってメジャーデビューのタイミングで誠果(Sax・Manipulator)が公式メンバーから外されることだってなかったかもしれない。しかし、そんな世間からの評価も、彼らは《そんな夢が叶うはずが無い/売れるはずが無い/成功した途端に手のひらを返す者共に告ぐ/俺達がNo.1》(“No.1”)と毅然と言い放ち、しかも、その裏では《たくさんの間違いをして おろかでも純粋に/誤解されたって 理解のひもを解いて行こう》(“MONDO PIECE”)と太陽のような大らかさで立ち向かい、すべて逆手に取って成功させてきた。その証拠に、男性のみで日本過去最大規模の動員数を記録した「KING’S PARADE 2017」を始めとする歴代の男祭りも、そこで披露された“KINJITO”や“ナノ・セカンド”といった主力ナンバーで一際輝きを放っていたサックスのしなやかな音色も、今や彼らを語る上でなくてはならない存在となっている。これはもう誰にも否定しようがない事実だ。しかし、生きづらい世界の中で逞しく勇み立ってきた彼らは、こうも歌う。

《別れる為に出会った仲間なんていないけど/でもこのままずっと一緒に居られない気もするんだよ》
(“LONE WOLF”)

《いつかきっと 僕も君も居なくなってしまう/例外無く終わっていく そこにどんな意味があるかなんて分かるはず無い》
(“7日目の決意”)

何事も始まった以上、必ず終わりがやってくる。もうかれこれ10年以上もの長い間、踠き苦しみながら闘い続けてきた彼らの方が、私たちなんかよりずっとこのことをよく分かっているのかもしれない。しかし、いくらそうだとしても、普通は多少なりとも濁して伝えるものだと思うが、信人(Ba)の背中に「LONE WOLF」の文字が大きく描かれていたように、彼らは不思議にも進んでそのことを私たちに知らせている。それは一体なぜなのだろか?

《分かり合えることのほうが少ないから/僕らは「さよなら」を言われるかもな》
(“MONDO PIECE”)

歌詞はこう続く。

《でもね そう思ったのならそれがいいんだよ/君が選んだ道が なにより大切さ》
(“MONDO PIECE”)

彼らが私たちに求めているのは、楽しいだけの時間でも、仲良しこよしの関係でもない。そこに集いし全員がそれぞれの選んだ道を、ただただ後悔のない道を信じ貫いてくれることを何よりも望んでいる。だから、いつかまた会えるその日まで、この幸せな空間が、限られた時間がほんの少しでも永く続きますように。そして、どんなことでも喜び合えるようなより良い関係となりますように。あの日、そんな祈りが込められた“PRAYING RUN”の意志を引き継いで最後に歌われたのは、“MONDO PIECE”。それは、何の示し合わせも地図もいらない将来の待ち合わせ場所を知らせる鐘となって、きっと全員の心に深く染み渡っていったに違いない。スクリーンに朗々と映し出されたその曲の歌詞は、会場全体を指揮するコンダクターとして、集まったオーディエンス全員の想い出とメンバー6人の歴史を1つ1つ手に取りながら見つめているように思えてならなかった。

《これから話すことは べつに悲しい話じゃないんだよ/こんなにも惹かれあって 一緒にいる僕たちが10年後にバラバラだったとしても/信じた道を進めたのなら/どこにいてもどんな状態でも笑っていられる気がするんだ/それでこそ人生が輝く》
(“MONDO PIECE”)

そんな中、UVERworldの待望のニューシングル『ODD FUTURE』が5月2日にリリースされた。同タイトルの表題曲がオープニングテーマを務めるのは、漫画原作のアニメ『僕のヒーローアカデミア』。その舞台は、誰もが何かしらの超常能力・「個性」を持つようになった世界。そんな「個性」を悪用する敵を取り締まるヒーローは皆の憧れの的だったが、ヒーローになるためには「個性」を持っていることが絶対条件とされている。しかし、生まれながらにして「無個性」の主人公が、どうしても諦めきれない夢へと向かって努力を重ね、最高のヒーローへと成長していく。まさに、これまでの彼ら6人の姿とぴったりと重なるような物語だ。サウンドにおいても、今まで以上にエレクトロの強いアレンジになっており、《新たなる時代に 足跡つけに行く》(“No.1”)との言葉通り、彼らの未来を先取りしたようなその新鮮さにどうしようもなく胸が熱くなる。さあ、そんな私たちと彼らの未来には一体どんな景色が待っているのだろうか?

《もう僕は幾千の旅に飛び立つよ》
(“Don’t Think.Feel”)

しかし、これから先、たとえ自分の耳が聞こえなくなるようなことがあろうとも、私たちはUVERworldが創り出す圧巻の演出と心に響く歌詞を目で見ることが出来る。たとえ、聴く自由を奪われてしまうようなことがあろうとも、きっと彼らの音楽が私たちに感じる自由を与えてくれる。聞こえない憂いを聞こえる喜びに変えて何倍にも膨らませて返してくれるのが「SOUND HUG」のような現代テクノロジーならば、彼らはそんな今の憂いを消し去ってくれるだけでなく、来るべき未来への恐れを固い決意と鮮やかな勇気に変えて私たちの不透明な人生を救っていってくれるはずだ。私はそんな未来を信じたい。

《言葉にするとちょっと恥ずかしいけど/本当に出会えてよかったと思ってるよ》
(“MONDO PIECE”)

初めに触れたように、私はこのDVDを発売から1ヶ月以上遅れて観た。それは決して予約し忘れていた訳でも、観る時間がなかった訳もない。ただ、買うつもりがなかった。それだけのことだ。いや、正確に言えば、これから先、何年続くか分からない彼らとの未来にこれだけの先行投資をする勇気がなかった。しかし、ニューシングルのリリースを機に、彼らの音楽が自分を救ってくれた理由を知りたいと思った。東京ドームでの単独公演を行ってから、もうすぐで10年。その間、たとえゆっくりだったとしても多くの人の誤解と偏見を1つ1つ取り除いてこれた理由を、その人たちを分け隔てなく愛せる理由を、今も変わらずロックシーンの先頭を走り続けられる理由を、ただただ知りたいと願った。そして、その答えはすべてここにあった。《必要なものは全部ここにある》(“MONDO PIECE”)との言葉通り、私が彼らの姿を追い続けるために必要なものがすべてここに揃っていたのだ。しかし、恥ずかしながら、知らないことがまだまだたくさんある。聴いたことがある曲よりも、聴いたことがない曲の方が断然多い。ライブにだって、まだ行けていない。もしかしたら、そんな私に出来るのはきっと祈ることぐらいかもしれない。

《僕は止まるのが本当は怖くて/何もかもが一緒に止まってしまいそうで/まだ終わらないでくれって祈るように走って/いつか起きる奇跡を信じて》
(“PRAYING RUN”)

どうか末永く、UVERworldがロックバンドとして在り続けられる世界でありますように——。

《戦いの日々で時として僕らは 一人で立ち上がらなきゃいけない/そんな時も君のどこかで この歌が流れて強く生きてほしい》
(“白昼夢”)

そう祈り続けて、私はまた強く生きていく。

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