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決意と絆の〈蒼き花束〉

indigo la End・蒼き花束vol.2追加公演(2018.05.08)に寄せて

 indigo la Endのライブは心なしか雨の日が多い。ぽつりぽつりと降り出した雨の中,渋谷WWW Xへ。「蒼き花束vol.2」と題して4月13日に行われた中野サンプラザ公演に続く追加公演。中野公演では,プロジェクション・マッピングなど今までにない演出を凝らした,彼らの音楽をじっくり聴かせるようなライブだった。今回はそれに比べると小さいライブハウスでの公演。盛り上がるセットリストになりそうだなぁと期待しながら開演を待った。
 期待を裏切らず,「夜明けの街でサヨナラを」から始まると,オーディエンスは一気に前に詰め寄り,いきなり最高潮の盛り上がり。「想いきり」「ワンダーテンダー」「ハートの大きさ」「実験前」と,前半はこれでもかと畳みかけるように高揚を煽られた。
 いつだったか,絵音さんは「ライブに来る人は鬱屈している。充実した生活を送っている普通の人はわざわざライブハウスになって足を運ばない。ライブが始まるまではみんな大人しく棒立ちしているのに,始まったら高揚する。日々の生活で鬱屈としているからそういうのを求めているんでしょ。自分もそうだった。自分も含めて,マイノリティなんだよ」というようなことを言ったことがある。つらいこと,苦しいこともある現実が,《やんなったあれも全部》(ハートの大きさ)や《あーあ 結局またクビだな あーあ実験の失敗で》(実験前)などの歌に乗せて,あるいは激しく打ち鳴らされかき鳴らされる音に乗せて,高く手をあげ身体を揺らしているうちに,昇華されていくような感覚を覚えた。
 でも,そんな発散的な場だけでないのがindigoのライブだ。「忘れて花束」や「鐘泣く命」など蒼き花束のモチーフを喚起する曲が続く。《大丈夫じゃなくてもゆけ》《この日々が命》(鐘泣く命)と歌われると,つらく苦しいこともある現実を受けとめて,生きていこう,進んでいこうと思わされる。「夏夜のマジック」のような甘いメロディに乗せられた幻想に,時に浸りながら。
 メンバーが去ってアコースティックギターを持った絵音さんが残る。「あの街の帰り道」の弾き語り。惹きこまれた。《私の大事な宝箱 不意に開けたくなりました》《ああ あれもこれも忘れてしまうのさ ずっと大好きだった あの街への帰り道も》。忘れてしまっても,好きだった想いは残る。良かったことや楽しかったことも,たくさんあったはずで,どこかにそんなことを詰めた宝箱を置き忘れていたのかもしれない,なんて思いながらじっくり聴いた。
 7月に出るアルバムに向けて,曲をたくさん作っていること,さきがけとして「ハルの言う通り」が配信された背景が語られ,「ハルの言う通り」が歌われる。中野公演で初めて聴いたときに比べると,配信で聴きこんでからなので,また聴こえ方が違う。音に身を任せながら口パクで歌っていると,隣の女の子も同じように口ずさんでいた。蒼色や花束に因んでか,「藍色好きさ」「インディゴラブストーリー」「花をひとつかみ」と続く。イントロやアウトロで聴かせる曲もindigoの魅力だ。これらの曲の合間に歌われた「ココロネ」にはベースの後鳥さんのコーラスが入る。私はこれが堪らなく好きだ。オーディエンスをまっすぐに見つめながらのコーラスに,一緒に口パクしながら,一体になるような思いがした。
 最後は,「Play Back End Roll」。後半,indigoのここが好きだなぁというところが次々に溢れてきて,口パクで歌いながら身体を揺らす隣の子もみんなindigoの音楽が本当に好きなんだよな,と思え,このまま終わらないでほしいと願わずにはいられなかった。
 アンコールでメンバーが出てきて,着てきたグッズのTシャツをきっかけに,お笑い的な遊びを交えて,会場みんなが笑った。絵音さんは「同じ音楽を好きな人がこんなに集まった。みんな友達だよね」というようなことを言った。本当にそうだなぁと思った。このライブでは,そういう,なんともいえない一体感があった。そして絵音さんは「ぶれずに続けてきたことでここにいられる」と語った。中野公演でも,indigo la Endは一時期解散すら考えた局面もあったこと,今ではそれを越えてずっと続けていきたいと思っていることが語られた。そのきっかけの一つとして,ギターの長田さんが「君の曲が好きだから」と言った電話のエピソードが紹介され,その場で再現する一幕もあった。私はそれを思い出しながら,これからもぶれずに続けていくメンバーの絆を感じつつ,今日のこの一体になったライブを通してファンとも絆を深めたような気がした。
 アンコールでは,次のアルバムの最初の曲だという新曲「蒼糸」。そしてラストは「名もなきハッピーエンド」。これは私にとってある種特別な曲でもある。活動自粛の発表をしたライブで最後に歌った曲。あの日《はなればなれ はなればなれ》のサビに涙したファンも少なくない。活動再開後も数えるほどしか披露されていないこの曲が演奏されて,今日は《はなればなれ はなればなれ》をオーディエンスが笑顔で大合唱した。「『な』もなき,だから《はなればなれ》の『な』を抜くと『はればれ』なんだ」といつだったか絵音さんが種明かししたことがある。まさに晴れ晴れとした気持ちで,ライブを終えた。
 余韻の中,〈蒼き花束〉に思いを巡らす。indigo la Endの歌を思い返すと,会いたい人に会いに行くとき,その人は花束を抱えている(忘れて花束)。会いたい人を探しにいくとき,その人はひとつかみの一輪の花を手にしている(花をひとつかみ)。会いたい人もまた蒼き花束を抱えている(鐘泣く命)。あるいは,藍色になった君を藍色になって迎えに行く(藍色好きさ)。蒼や藍は,哀しみや憂いを含みこんだ色のように思える。花に象徴される華やかさや喜びと表裏一体に,いつも哀しみや憂いがまとわりつく。いろんな感情を抱えながら,それでもなお《命の火 燃やすから もう少しだけ見ててよ》(Play Back End Roll)と生き続けていく。indigo la Endとファンの間に交わされた,そんな決意と絆の象徴が〈蒼き花束〉だったのかもしれない。

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