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フジファブリックという愉快で痛快なバンド

今日もまたライブに行くことを楽しみにしている

フジファブリックに出会ったのは2007年のフェス。
違う人を目当てに行ったのに曲の良さに驚いて
次の日からフジファブリックの音楽を聴き漁った。
若い子でこんな渋いことやってる人たちがいるなんて。
すぐファンになった。ネットラジオなんかも聞いて
楽しみにするようになった。

ダイちゃんのクールさがかっこよかったし、
総くんのギターとは違ったテンションの高い関西弁にびっくりしたし、
加藤さんはなんだかよくわからないお酒好きなニコニコしたミステリアスな人だった。

志村は別に天才とも呼ばれてなかったし
目のギラギラした数ある若手の中でも
へんてこなものを作るこじらせた感じの男子。だった。
ライブを見に行ってもsold outになったことを喜ぶような普通の人だったし、
とにかく声が安定してなくて
おいおい、と思うこともあった。

そんな中、
2009年の暮れ突如として志村が他界した。
亡くなったのが原因不明とか、その後民生がフジの歌を歌ったとか、
なんか尾ひれがついて伝説みたいになっているのが
とても嫌だった。
今まで巻頭で特集したこともない雑誌が巻頭で特集を組んだり、
天才とか呼ばれてなかったのに
なんか違う人みたいに持ち上げられていた。
声が安定してなかったのに
あの声が好きなんだというのも度々言われるようになって
驚いた。

そしてその後、
総くんとダイちゃんと加藤さんは
フジファブリックを続けた。

なぜかわからないけれど
とても自然に思えた。
これで終わりとはなんとなく思わなかった。

でも正直聞くのは怖かった。
フジファブリックを否定したく無いのか
志村を否定したくないのか
三人を否定したくないのか
なんだかよくわからないけれど、
新体制後初の「STAR」を店頭で見つけて
何度手にとってレジに行こうとしても
「できない」とつぶやいて帰ってきてしまった。

そんなある日、
深夜なんの気無しに点けていたテレビから
アニメのオープニングテーマが
流れてきた。
イントロですぐ、あ、いい曲と思い、
これはそうだ、と確信した
フジファブリックの「徒然モノクローム」だった。

ああ、何を心配してたんだ私は。
と思った。
フジファブリックめちゃくちゃいいじゃないか。
涙が出るほど安心した。
フジファブリックはフジファブリックだった。
へんてこなサウンド、なんだかよくわからない歌詞、
くせになる曲の展開。
なにも心配することはなかった。

すぐライブに行った。
三人は志村の時の曲も今の体制の曲も
別け隔てなく演奏していた。
自然と涙が出た。そしてとてもうれしく幸せだった。

その後
楽曲を追ったりはしていたけれど、
ライブには行かないまま
2017年になった。

久しぶりにライブでも行ってみよう、
フジファブリックのライブに何の気無しにでかけた。

度肝抜かれた。

あの細っこかった総くんは
真ん中で堂々と歌っていて舞台は多幸感に満ちていた。

今まで感じたこともないほどの衝撃だった。
演奏の良さ、MCのゆるさ、多幸感。
すぐまたライブに行き、ライブに行き、と
行けば行くほど、毎回楽しくて幸せで仕方なかった。

アコースティックライブでは
演奏力の高さをまざまざと見せつけられた。
全く違うアレンジの曲もしばしばで
それが胸をすく、驚きの、嬉しい裏切りばかりだった。

総くんの弾き語りも圧巻だ。
あんなにギターを駆使する弾き語りを私は知らない。
ギターの色々な音が無数に鳴ってキラキラして躍動している。

ダイちゃんは毎回小憎いアレンジをはさんでくるし、
加藤さんはこの頃、ベースを叩くはステップを踏むは縦横無尽だ。
 

彼らは今、高い演奏力と自由度で
いまだかつて無いほど素晴らしいライブをしている。

志村の居なくなったことは事実で
とても悲しいことで、
彼の残した楽曲は素晴らしい。

志村は伝説の人物でも歴史上の偉人でもなく
へんてこりんな面倒くさい
フジファブリックのメンバーだ。
 

フジファブリックは
全然悲しいバンドでもないし、
むしろ愉快で痛快だ。

そしてまた今日も
フジファブリックのライブに行くことを楽しみにしている。
 
 
 
 

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