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矢沢永吉進化論 今日のYAZAWAが1番サイコーだ

40年目に向き合えたYAZAWA 怖さを乗り越えた先にある幸せを追い求めて

2017年もYAZAWAの武道館ライブを観た。
2013年に初めてライブを観て、2015年の東京ドームを挟んで、毎年コンサートを観て
いる。いつの間にか、毎年年末の恒例行事になってしまった。
友人と待ち合わせ、武道館に到着する。白いスーツ、ハットの同年代のファンたちを
横目に会場に入るといつものように凄まじいエーチャンコール、50代のおっさん
2人、にやっと笑い、気持ちも高ぶってくる。
会場を見渡すと、数多くのフェスに出演した効果か若いファンが増えている。

YAZAWAのライブの素晴らしさはロックンロールドラックだ。毎年秋も深まる頃から
始まるツアーを待ち望むコアなファンと既に僕も同じだ。何度観ても、また観たくな
るのだ。アンコールでHa~Haのイントロを聴いただけで鳥肌が立ってしまう。
ロックを初めて聴いたときの感動が蘇り、カタルシスが頂点に上り詰める。

YAZAWAのライブは、現在も入口で服装チェック(特攻服お断り)、アルコールチェッ
クが行われ、開演前には、注意事項の説明がある。初めてライブに行ったときは友人
と2人でスカジャンンを着込んで(生まれて初めて着た)行ったのだが、コアなファ
ンに殴られるんじゃないかと真面目に心配していた。
いい歳して何をビビッているのだと笑われてしまうけど素直な気持ちだ。
実際のYAZAWAファンはYAZAWAが歌っている間はエーチャーンコールが鳴りやむなど周
りに迷惑をかける人は皆無である。

福島の田舎の中学生だった僕のYAZAWAのイメージはCAROL、リーゼント、暴走族とい
うのが最初のイメージでYAZAWAファン≒ヤンキーであった。実際、YAZAWAの存在を初
めて知ったのは、不良中学生のペタンコなバックに貼られたE.YAZAWAのステッカー。
彼らは「ファンキー・モンキー・ベイビー」でTWISTを踊っていた。

僕は受験戦争、校内暴力が社会問題化していた世代。親に言われるがまま、当たり前
のように受験勉強に励む中学生だった。そんな中学生が、不良の象徴だったYAZAWAの
「時間よ止まれ」に感動し、「ゴールドラッシュ」を家で毎日聴いていた。「ゴール
ドラッシュ」は、シティポップ、リゾートミュージックが収録された大ヒットアルバ
ムの元祖であると個人的には考えている。「時間よ止まれ」「昨日を忘れて」「ボー
イ」の3曲のミディアムテンポのバラードは珠玉の名曲だ。特に度々YAZAWAがステー
ジで取り上げる「ボーイ」は、当時、日本のミュージシャンが使用することはなかっ
たシンセベースがサウンドの核を担うアレンジが素晴らしく、初期からYAZAWAが優れ
たアレンジャーだったことが窺える。
 

YAZAWAサウンドに心酔した真面目な普通の中学生の僕はYAZAWAファンであること、
レコードを所有していることをひた隠しにしていた。不良少年少女が闊歩する中学校
でその事実が知れ渡るようなことがあれば、彼らににレコードを貸してくれといわれ
て、2度と戻ってこないことは容易に想像がつく。

YAZAWAファンであることは、校則違反のパーマをかけ、セーラー服のスカートを長く
した少し不良の大人びた雰囲気の同級生の女子に密かに想いを寄せた初恋とビニ本を
机の奥底にしまっていることと同レベルで機密事項だった。
その思い出は現在でも色褪せない淡い青春の象徴的な想い出だ

その後もYAZAWAを聴き続け、コンサートにいつか行きたいと願っていたが、YAZAWAフ
ァンであることは、「時間よ止まれ」を聴いた日から変わらず秘密であり、結果、
コンサートに行くまでに40年近くの月日が流れることになる。

なぜこんなに長期間秘密にしていたか、コンサートにいけなかったのか。
YAZAWAは誰もが認める憧れるカリスマ、スーパースターだ。正々堂々とファンである
と言えばいい。コンサートに行けばいい。

僕と同世代のYAZAWAの熱狂的なファンである作家の重松清さんは、やはり長い間
YAZAWAのコンサートには行かなかった。重松さんは、「成りあがり」に強烈に影響を
受け、自分はいつかYAZAWAに招待されるビックな存在になるまで絶対にライブには行
かないと決意したという。
また、僕と同世代で田舎から上京して、現在、東京でサラリーマンという人たちには
矢沢のライブに行ってみたいけどまだ行ったことがないという人がかなりの確率で存
在している。

そんなコンサートにいけなかった多くのYAZAWAファンに僕はシンパシーを感じる。

僕がYAZAWAのコンサートに行けなかった理由は、自分の生き方になにか後ろめたさを
感じていたからだ。YAZAWAのように生きてみたいと誰しも願った、僕自身もそうだ。
しかし、実際の僕はというと田舎からバブル期の大学になり、親からの仕送りで、
ナンパサークルに入って勉強もせず、目標もなく、スネカジリでしかなく、ノリの
いい、快活でポジティブな自分を演出し、俺はなんでも出来るぜと振舞ってディス
コに入り浸っていた。が、本音では、何者でもない自分に怯えて、大企業のサラリ
ーマンになんとか滑り込んで、それなりに出世してという人生を漠然と思い描き、
自分の人生はそれで勝ち組だと思いこもうとしていた。
実際それ以外の自分の人生を思い描くことができなかった。実際、出世はしなかっ
たが、マイホームのローンを返す平凡なサラリーマン生活を予定通り送ってきた。
しかし、そんな日常に、こんなもんなのか俺の人生はという思いがふと頭をよぎり
続けていたも事実だ。

そんな僕の心の奥底の本音の部分は、きっとYAZAWAのステージを目の前で体験したと
き、YAZAWAに【お前は立ち向かったのか、夢を追いかけたか】と問われていると感じ
て狼狽える自分を想像して、ステージから目を背けてしまうのではないか、YAZAWA
ファンの資格はないような気がしていた。
向き合えなかった。

きっと、同世代の数多くの隠れYAZAWAファンは、何か僕と似たような感覚があるのでは
ないだろうか。コンサート会場でYAZAWAを何10年も追いかけてきたコアなファンには
なりきれない、中途半端な自分へのジレンマを抱え、そのジレンマがYAZAWAのコンサ
ートへの足を遠ざけていたような気がしてならない。
 
 

道無き道を突き進むYAZAWAの道のりは、日本のロックビジネスが洋楽を凌駕し、巨大
化した歴史と言って過言ではない。

スノッブなマニア向けでしかなかった日本のロックを大衆まで引きずり下ろし、メジ
ャー化の足がかりになったのはCAROLの登場である。ロックの歌詞は日本語か英語か
という今から考えれば信じられないような日本語論争時代に、英語のチャンポン歌詞
(作詞はジョニー大倉。勲章ものだと YAZAWAは称賛している)とYAZAWAのビート
重視の巻き舌、英語風歌唱で歌詞論争を無意味にし、強烈な肉体性でロックンロール
のビートをたたきつけた。

不本意なCAROL解散後には、ファン離れを恐れず、それまでのイメージを捨て去り、
スローバラードに挑戦し、地道なステージ重視の活動で徐々にファンを増やし、ビッ
ク、スーパースターという概念を自ら実践してみせた。

長者番付で1位になり不動のスーパースターになった直後には、そのステータスを捨
て、米国進出を宣言し、アメリカに単身渡ってしまう。ソロの初期の特長でもある
日本土着型の湿っぽさを感じさせるサウンドを捨てさり、洋楽的なサウンドを本場
アメリカで追求し、海外プロデューザーに委ねた「YAZAWA」で米国デビューを果た
す。そして、わずか1ヵ月後には其のノウハウをYAZAWA自らのセルフプロデュースで
再現したアルバム「RISING SUN」を発売し、「P.M.9」と名盤を連発する。
自ら実践するのがまさにYAZAWAだ。

その3年後の「E’」では、生音から最先端のNewWave的な打ち込みサウンドに誰より
も早く挑戦する。打ち込み時代は、都会の大人の男と女をゴージャスな分厚いサウン
ドと深みをました素晴らしいボーカルで表現。大人のロックの1つの方向性を示す。

2000年を過ぎた頃から、徐々に生音へ接近し、2009年からYAZAWAグルーヴ直球ど真ん
中の生音で作られた3部作「ROCK’N’ROLL」、「TWIST」、「Last Song」と名盤を立
て続けに発表し、大ヒットを記録。

YAZAWAはその場に安住することなく、常にサウンドを変化させてきた。最高の音を
ステージをそして何よりも最高の『YAZAWA』を追及してきた。

YAZAWAサウンドが常に変化、進化を続けることをことを止めないYAZAWAの音楽への
真摯な姿勢を表す象徴的なインタビューがある。
1980年代に、YAZAWAは某テレビのトーク番組に出演している。YAZAWA自身は後にこの
番組を自身があまりに尖がっていて見てられないとインタビューで語っているが、
このトーク番組でYAZAWAは自身の音楽へ向かうスタンスを断言している。

インタビュアーが、番組で流れるYAZAWAの武道館でのライブ映像をYAZAWA自身が編集
したことについて、情報操作的ではないかという質問をしたとき、YAZAWAは真っ向か
ら反論した。

【自分は至ってシンプルだ。自分が作ったサウンド、映像、作品はすごく大切だ。
 大切だから、もっといい音で映像で伝えたい。それ以外の邪念は一切ない】

一方、ここ数年のインタビューでは、YAZAWAは、ビックなスーパースター、強い男と
いうパブリックイメージと裏腹にキーワードとして、【怖い】【臆病】【安心がほし
い】【幸になりたい】から、自分は常に前進してきたという主旨の発言をしている。
『人間矢沢永吉』 の赤裸々な本音である。

【怖い】という言葉は僕も男であるので、格好悪くて正直はっきり言うのはためらっ
てしまう。しかし、『人間矢沢永吉』は自分は【怖がり】であると明言する

怖がりの『人間矢沢永吉』は、【怖い】からアメリカに渡った。
日本最後のアルバム「KAVACH」のラストナンバーは「So Long」だ。
【ここに二度と戻れない】と その覚悟を告げアメリカに渡ったYAZAWAは、1年後に
最高のアメリカのミュージシャンを起用し、最先端のアレンジと素晴らしいメロディ
の大人のロックアルバム「Rising Sun」を引っさげてアメリカから凱旋する。

「RISING SUN」のオープニングナンバーはYAZAWAがかなりの頻度でステージで取り上
げる「YOU」である。
 

YOU 作詞 ちあき哲也

傷つくだけと言いきかせても
あなたに会いたくて
いつしか Stormy night
ドアに手を Oh my darling
いやがるものを押しつけるほど
若くはないけれど
本気さ Don’t say no
かけらでも Oh my darling

You 罪な人
You 愛となく
You 魂を
You 惑わせて
You この俺を
You こんなにも

誰かのフェラーリ 流れるタンゴ
人には人の夜
笑えよ Jealous heart
あの日から Oh my darling
傷つくだけと 言いきかせても
帰るに帰れずに
いつしか Stormy night
またここへ Oh my darling
 

YAZAWAは作詞は才能がないからと殆ど自ら手掛けることはないが、その歌詞のメッセ
ージは、YAZAWA自身の言葉でしかないことは承知の通りである。

歌詞の「You」はYAZAWAにとってのロックンロールであり、アメリカだ。

日本でTOPを極めてもそこにその場に留まれない。もっと素晴らしい音が欲しい。
本場のアメリカで素晴らしい音を体験したい、追求したい、自分のものにしたい。
失敗するかもしれない、そんなリスクを承知し、強い不安を抱えながらも憧れのアメ
リカに渡ることを選択するYAZAWAの魂≒ロックンロールへの想い。
米国行きを決意したとき、YAZAWAはなぜ自分がロックンロールを作り続けるのか、
はっきりと自覚したのである。
そして「RISING SUN」では、格段に進化した素晴らしく抜けの良い録音、音数を絞り
込んだ素晴らしいアレンジを披露する。
 

YAZAWAは常に前に進んでいる。

ロックンロールという言葉が気恥ずかしくなった今の時代にYAZAWAは、今日もどこか
で【ロックンロール】、【カモンベイビー】とステージでシャウトする。

YAZAWAのシャウトが僕達の魂に響くのは、YAZAWAのロックンロールが一切の妥協を許
さず、そのときのYAZAWA自身の信じる音であり、魂の叫びであり、今のYAZAWAが常に
最高のYAZAWAだからだ。
だからこそ常にYAZAWAは今回のレコードが最高傑作だと常に堂々と言い切る。

【怖い】から先に進むしかないという『人間矢沢永吉』の赤裸々な言葉を捨てない限
りYAZAWAは常に『今現在が最高のYAZAWA』である。

僕たちはYAZAWAになれなかった。
YAZAWAは自分自身が【怖さ】を乗り越えられたのは、多くの会場のファンのお陰であ
ることを誰よりも自覚している。そして、そんなYAZAWAのファンの1人1人に、少し
づつでいいから、【怖さ】を乗り越えて、前に進むドアを開ける勇気を持とう、それ
は誰にでも出来ることだとステージで歌う。

YAZAWAにはYAZAWAの役割があり、皆に1人1人の役割があり、怖さを打ち破って前進
して、幸せになってほしい、皆の人生は素晴らしい、そして、YAZAWAのステージが、
その幸せの力になれるよう、2時間の一瞬の幸せを届けたい。それが自分に出来るこ
とで、その力になりたいと願う。
そのために、今のYAZAWAが最高のYAZAWAであることを表現し続けることを怠ることは
ない。、

YAZAWAのステージで2時間の幸せを感じ、明日からまた自分の人生の役割を果たし、
人生素晴らしいとファンが思ってほしいという想いが今日もYAZAWAをステージへと
突き動かすのだ。
『still Rock Singer YAZAWA』のステージに触れたファンはその想いを受け止める

病気をして、好きな音楽も聴かなくなっていた僕を無理やり武道館に連れ出した大学
時代からの友人には感謝しかない。YAZAWAのステージを観るたびに少しづつ僕は好き
な音楽を聴きだし、こうして、今この文章を書いている。

50歳のロックオヤジ2人は、今日もYAZAWAの圧倒的なステージパフォーマンスを堪能
し、50歳を超えた今だからこそ理解できるYAZAWAの【怖さ】を打ち破るためのストイ
ックな準備に想いを巡らせる。
そして、僕たちも自分自身にしかできない役割を懸命に生きるのだと言い聞かせる。

Ha~Haでタオル投げ、会場を後にし、
【今日のYAZAWAは今まで一番サイコーだった】
と旨いビールを飲みながら唾を飛ばして語り合い、あぁ~明日は仕事だ・・・・と
それぞれ家路につく。その前に、また次の年にここに戻ってこようと約束をする。

今年は東京ドームだ。東京ドームのステージには、更に進化した最高のYAZAWAがステ
ージにたっている。僕はそれを知っている。

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