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武道館に集まった、GLIM SPANKYと私たち

私たちは、大人になっても

私が初めてGLIM SPANKYのライブを観たのは、東京キネマ倶楽部で行われたVelvet Theaterと題されたライブだった。会場に到着して私がまず驚いたことは、他の同世代バンドに比べて観客の年齢層が高かったこと。私より若い人がかなり少ない印象を受けた。

どんなライブになるんだろう、とドキドキと少しの不安を胸に観たライブでこう思ったのをとてもよく覚えている。
「バンドが売れていく過程を描いた映画の、初めてのライブのシーンを観ているような気分だ。この2人が、大きなステージに将来立っている姿まで想像できる。」そう思った。

そんなあの日私の思い浮かべた光景が、2018年5月12日、武道館で実現した。
 
 

GLIM SPANKYにとっての初めての武道館。いつもと同じSE(スティーライ・スパンの”Gower Wassail”)でいつもと変わらずステージ袖から現れた松尾レミ(Vo/G)と亀本寛貴(G)。松尾がスッと手を挙げるとSEが止まり、最初の曲”アイスタンドアローン”が始まる。
 

「あ、この2人はいつものライブハウスでやるのと同じようにやっている。」
始まってすぐにそう思った。

ステージにはカーテンのような装飾はあれど、決して派手で特別なセットが組んであるわけでもない。2人の、そしていつものサポートメンバー3人の演奏も、決して気負ったものではなく「ありのままの自分たちを。」そんな気持ちが見えるようだった。

GLIM SPANKYの2人は「武道館を目指してきたわけではない。自分たちのかっこいいと思う音楽をやってきただけ。」とよく口にしていた。この日のMCでも、「今まで規模を気にしてやってきたことはない。」と話していた。
 

2人のこの姿勢は、ファン誰もがかっこいいと思わずにいられない。私たちは(GLIMのファンでなくとも)誰しも自分の好きなことを、信念を曲げずに進んでいきたいと願うけれど、その姿勢を貫くことがどれだけ大変で難しいことなのかをとてもよく知っている。その大変で難しいことを臆することなく表現しているのがGLIM SPANKYだ。
 

しかし、2人もトントン拍子に成功してきたわけではない。
 

GLIMの歌には、これまでのGLIMの感情の歴史が詰まっているように感じる。この日もそんな歴史を感じさせる曲が次々と披露されていく。

《アイスタンドアローン/ 何処に居ようが自分の足で立て》(”アイスタンドアローン”)

《褒めろよ/ いつか世界が掌返すの見たいなら/ 褒めろよ/ でかい野望で敵を味方に変えてしまえよ》(”褒めろよ”)

《何にもない/ 縮こまることなどない/ 生き様や価値観に答えはないよな》(”吹き抜く風のように”)

自らを鼓舞するような歌詞を紡ぐ松尾の歌声、迷いのない真っ直ぐな音を奏でる亀本のギターが武道館に響く。

この日のMCで松尾は言っていた。長野県の村の出身である松尾は、音楽や美術の道に進むことを周囲の人から反対されていたそうだ。そんなことを勉強して何になる。そんなもので食べていけるはずがない。学生だった頃の松尾も、こんなお決まりのセリフを投げかけられていたという。こう語ったのは松尾だったが、きっと亀本も同じような経験をしているのだろう。
 

GLIMのすごいところはここで反対する人を突き放さなかったことだと思う。自分の信念を曲げて大衆に迎合するわけでもなく、かと言って「分かる人だけが分かればいい」と突き放すわけでもなく。「反対する人の心すらも開くような音楽を。」そんな想いがGLIMの歌には詰まっている。
 
 
 
 

音楽の力は、歌の力は、すごい。
 

音楽は、私に生涯かけてでも達成したいと思える「叶えたいこと」を与えてくれた。夢と呼ぶには大げさかもしれないが、それでも必ず成し遂げたいと強く思っていること。GLIMの音楽もその力をくれた、そしてその目標に向かう私の背中を今も押し続けてくれている音楽のひとつだ。
 

私には8年ほど患っている病気がある。良くなったと思っても再発を繰り返し、今でも頻繁に体調を崩し思うように日常を過ごすことができないことも多い。20代の中頃は、楽しそうに遊んだり、バリバリに仕事をしたりしている周囲がうらやましく、そしてそうできない自分が惨めで情けなくて仕方がなかった。特に症状が深刻だった時期は、自分は30代を迎えることはできないだろうな、と毎日ベッドの中で思っていた。

そう思うほどの症状があっても、人間というのは目の前で見ていないものは信じられないようで、本当に病気なのか疑われ冷たい言葉をかけられることもあった。感染るわけでもないのに、目を合わせてくれなくなり、そっけない態度で距離を置き始める友人もいた。

そりゃあなたたちが知っている私は元気だよ。だって元気な日に会いにきているのだから。
苦しんでいる姿を見せたい人など、いるわけないじゃないか。
そんな言葉を何度も飲み込んでいた。
 

なんでこんなことになったんだろう。
今でもよく思う。
 

それでも今の私が前を向くことができるのは、紛れもなく音楽の存在が大きい。
 

周囲と生き方が違っていても、それは間違いじゃない。できないことに囚われずに、自分にできることを。自分がやりたいと思うことを自分のペースで。認めてくれない人には、認めてくれるまで示し続ければいい。きっと、好きなことを頑張る姿はかっこいいはずだから。

そんな考えを持たせてくれたのは、音楽だ。
 

病気を抱えた身として選択できる無難な道はあるのかもしれない。そうして大人しく毎日を過ごしていれば、周りは納得して安心するのだろう。
それでも自分に嘘をつきたくないと思った。やりたいことをしたいと思った。自分の体でもできる道を自分で作ればいいんだ。自分の意志を積み重ねていれば、いつか形になるはず。
 
 
 

そんな積み重ねた姿を、今、目の前でGLIMが見せてくれているじゃないか。
 
 
 

“The Trip”で見せたコーラス。こんなにも頼もしかっただろうか。
何度も見てきたGLIMのステージなのに、声を合わせて歌う姿がこんなにも大きく見えたのは初めてだ。

“美しい棘”で見せる美しい景色。武道館の空気は2人の支配下になっている。
目の前に歌詞が紡ぐ世界が見えるようだ。

“NEXT ONE”で起きる大合唱。8000人の声が重なっている。
GLIM SPANKYの真っ直ぐな想いが、こんなにもたくさんの人に伝わっている。
 

これは私が始めてGLIMのライブを見たときに、脳裏に浮かんだあの光景だ。今、目の前に、あのとき思い描いた景色が現実にある。それだけで目に涙が滲む。
「すごいなぁ…」これ以上の言葉が出てこない。
 
 

本編の最後に披露された”大人になったら”。ファンからも愛されるGLIMの代表曲だ。松尾は「みんなの曲になってほしい。」と言っていた。
 

《猫被り/ 大人は知らない/ この輝く世界がだんだん見えなくなっていくけど/ いつか昔に強く思った憧れは決して消えない/ 消えやしない》

《こんなロックは知らない/ 要らない/ 聴かない君が/ 上手に世間を渡っていくけど/ 聴こえているかい/ この世の全ては/ 大人になったら解るのかい》
(”大人になったら”)
 
 

松尾の哀愁の漂う歌声、心の叫びのようにも聴こえる亀本のギター。
もう大人になった私にも、この歌が痛いほど胸に突き刺さってくる。

私にはやりたいことがある。でも体は思うように動いてくれない。情けなくて悔しくて悲しくて、どれだけ泣いただろうか。この歌のアウトロは、胸を裂くような、でも誰にも言えない声にならない声を、そのまま表してくれているように聴こえる。大好きなのに、聴くのが辛いほどに私に訴えかけてくる。

大人になっても消えない憧れがあって、上手に世間を渡れない自分は不器用な人間なのかもしれない。それでもGLIMは、「それがどうした」と私を解き放ってくれた。

私が初めてGLIMのライブに行ったときに感じた年齢層の高さは、「大人になりきれなかった大人」がたくさんいることの現れだったのではないだろうか。GLIMの音楽はそんな大人たちに必要とされ、そして大人になりたくない若い世代の心を打つのだ。

この音楽は、私に必要な音楽なんだ。
 
 

自分たちがかっこいいと思う音楽をひたすら追求してきたGLIMが、信頼できる人たちに出会い、渦を大きくし、武道館に立った。こんなにも多くの人を魅了している二人なのに、亀本がステージでこんなことを言った。
 

「小さいライブハウスでやりたくなったな!」
 

松尾もそれに頷く。たくさんの観客を目の前に演奏する楽しさと嬉しさを噛み締めながらも、「ステージの規模を追求するのではなく、かっこいい音楽を追求する」姿勢は一切ブレることがない。うれしくて仕方がなかった。こんなことを言うバンドの音楽に、嘘があるはずがない。
 
 

私は他の人のようなペースで日常生活を過ごすことはできないかもしれない。それでも何かをやりたい、叶えたいと思う気持ちは他の人と変わりない。

GLIMは、そんな私の気持ちに手を差し伸べ「一緒に行こう」と言ってくれる。いつも二人が言っている「性別も年齢も国籍も関係ない」という言葉通り、どんな人にも平等に差し伸べられる手だ。やりたいこと、変えたいもの、叶えたいことをもつ全ての人を仲間として受け入れ、共に転がってくれるのがGLIM SPANKYの音楽であり、松尾と亀本の二人なのだと強く強く思った。
 
 
 

私はこの先もずっと、彼らの音楽を聴くだろう。それは音楽に背中を押してもらうだけではなく、仲間がいると確認する行為でもある。

今はまだ分かっているのは私たちだけかもしれない。でも認めてくれない人が認めてくれるまで、伝えたい人に伝わるまで、GLIM SPANKYと一緒に進んでいこうと思う。
 

大人になっても、私にはこんなロックが必要だ。

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