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恒星を4つ目印に。

BUMP OF CHICKENの魔法

“音楽を聴いて涙が出る”
“自分が今生きている理由”
“彼らの曲に救われた”
こんな事をどんなファンからも言われるバンドなんて、
そうそうないんじゃないだろうか。
 

私がバンプに出会ったのは、中学3年の夏。
これから受験に向けてラストスパートだというその時、私は塾のクラスを1番上から3つ落ちたところだった。

全国大会常連校の部活と受験の掛け持ちで休み無い生活を送っているということへの甘えから2年で中だるみした怠惰がどとっと押し寄せて来た結果だった。
あまりにも異例のこと過ぎたらしく、塾の説教部屋にも何度も呼ばれ、周りからも冷ややかな目を浴びせられた。

このままだと厳しいうちの親の学費を払ってもらえるランクに受からない。
私だけわからない。
私だけできない。
何度やっても間違える。
どうせ私なんて駄目なんだ。
親に教科書を破られる。
塾の先生には罵られ罵倒される。
学校の先生に志望校を言っても馬鹿にされる。
 

でも馬鹿にされ怒られるのは全て私が馬鹿だからだ。
 

勉強しなくちゃ。
でももう何もしたくない。
疲れた。
ほらもうこう思っているのにそれでも勉強しないなんて私は本当にだめな人間だ。
早く死んでしまった方がいい。

そんなことを繰り返すうち、
 

「自分は駄目な最低の人間だ 」
 

という前提を瞳に貼り付けて生きていくことを覚えた。
 

テストに成績、クラス分け。
どんなに胸を刺す出来事でも
駄目人間フィルターをかければ

“駄目な私が駄目な結果を出しただけ”

として当たり前のように処理されていく。
本当は余計に自分を傷付けているだなんてどこかで分かっていたくせに、そんな愚行をしなければ毎日が送れなくなっていた。

よく線路に入る人は死のうと思って飛び込んでるわけじゃないと言うけれど、まさにその通りで、塾の行き帰りの度、扉が開くワンテンポ前に1歩踏み出してしまいたい衝動に駆られる自分がいた。
 

そんな時行ったのが、学校の修学旅行だった。
仲の良い友達ばかりの大好きなクラスは、当時の私にとって唯一息の出来る場所。
思いっきり楽しんだけれど楽しいことこそ早く終わるもの。
帰りのバスのなかでこれが終わったらそのまま塾に直行でテストだということを思い出した私は、急に気持ちが悪くなり隅に移動させて貰って休んでいた。

そんな時1人の友達が、ダンデライオンを歌ったのだ。

「寂しがりライオン 吊り橋を渡る サバンナじゃ 皆に 嫌われた」                  - ダンデライオン

から始まる物語調のこの曲。
終始明るい曲なのにあまりにも悲しいストーリー。涙の理由を知ってるかという激し過ぎる問いかけ。

凄く歌のうまい友達だったのだが、中学生にはあまりにもインパクトが強過ぎて、正直若干皆引いていた。

しかし私は何故かもっと聴いていたいと思った。気持ちの悪さはいつの間にか治っていた。

一瞬最後に流れた曲名だけを必死に記憶に焼き付け、帰ってから調べ、
BUMP OF CHICKENというバンド名を知った。
父に頼んで何個か曲を入れてもらい、しまい込んでいたイヤフォンを取り出して塾の行き帰りに聴くようになった。

2ヶ月程だろうか。
よく覚えていないが毎日毎日ずっとダンデライオンだけを聴いていた。
行く時も帰る時もダンデライオン。
歩きながらもダンデライオン。
授業が終わったらダンデライオンを聴きながら夜ご飯のおにぎりを食べた。

それからやっと他の曲も聴き始めた。
貪るように、浴びるように聴いた。
丁度他県にまで塾の講座に通うようになって電車に乗る時間も増えたのだ。

それだけ聴いても私は何故か
良いとも悪いとも思わなかった。
喉の渇きを潤すように、
ただずっと自分が必要としていたものを
一生懸命に埋めようとしているようだった。

ある日いつも通りうつろうつろしながら電車で帰っていると、
イヤフォンから言葉が眠気を裂いて飛び込んで来た。

「容易く 人一人を値踏みしやがって」     -グングニル

手がひやっと何かに触れた。
驚いてみるとそれは涙だった。
自覚すると余計止まらなくなった。
馬鹿みたいな話だが、誰もいない真夜中の電車でたった一人で号泣していた。

「夢の終わりは 彼が拳を下げた時だけ」    -グングニル

なんて中2臭い歌詞なんだ。
青臭い。青臭すぎる。
それでも涙は止まらなかった。
今まで誰にも言ってもらえなかった。
でもそれこそ私が1番望んでいたものだった。
彼らだけが私を笑わなかったのだ。

「容易く 自分自身を値踏みしやがって」     -グングニル

また刺さった。その通りだと心から思った。涙をふいて降りた時、世界は全然変わって見えた。

次の日から本当に私は変わった。
なんだか自分でも別の人間になった気分だった。
やっぱり塾に行く道は苦しかったけれど、Butterflyを聴きながら重い足をなんとか引きずって行った。
歩く時に1番テンポの良い曲は何だろうと考えると、少し塾も楽しみになったように思えた。

3年間ずっと偏差値40くらいだった数学も60代になった。
どこに受験に行く時にもずっとグングニルを聴いていた。
そうするとなんだか手に持ったシャーペンが突然重みを増し、まるでグングニルを持っているように思えたのだ。
志望校の受験のとき、御守りを全部置いていった。
代わりに入れたのは誕生日に貰ったBFLYのTシャツ。

結局私のシャーペンは本当にグングニルになり、無事志望校に合格した。

まあそんなに感動的な事でもなく、実のところもう二度とライブに行かれないなんて体験をしたくないという気持ちが付属校への夢を最終的な力にしてくれたような気がしなくもないが。
 
 
 

彼らは一体何なのだろう。

彼らは決して普通のロッカーのように

「俺について来い!」だとか

「前を向け!夢を追いかけろ!諦めるな!」
なんてことは言わない。

泣いている人の肩を叩いて、ずっと励まして歩かせるなんてことはしない。

ただただ背中合わせに座って、その
人の泣き声を愛おしそうに抱き締めてくれる。

どんなに苦しくても辛くても、
何度もどれだけ離れても、
彼らだけはずっと同じ場所で待っていて
変わらずに優しすぎるほどの肯定をくれる。

だからといって甘やかしている訳では無い。自分が気づかないまま背負っている感情に名前をつけ、弱さに気づかせてくれる。
時に残酷なほど素直に、自分が無意識に目を逸らしているものさえも見つけてしまう。

私の好きな昔の藤くんの雑誌インタビューに、こんな言葉がある。

「いいんだよ、
消えないものは消えないまんまで。
消えないもんを消そうっていうのは
嘘だから。

だって傷は癒えるったって、
そんな簡単に癒える訳ないじゃん。
傷を負ったっていう過去は消えないんだし。

消えない傷を負ってて、
でもそれは今を生きている証拠なんだと。
うん、
それが本当に素晴らしいことなんですよ。」
 

いったい何人分の人生を生きたら、こんな言葉が出てくるのだろう。

髭が生えていた時仙人と呼ばれていた彼だけど、私には今でも彼は本当に仙人何じゃないかと思えてくる。

彼らは曲で人を抱きしめているだけではない。
その人が負った傷や癒えなかった苦しみまで、全て一緒に愛おしみ、また全て一緒に背負ってくれるのだ。
だからこそ単に 励まされた では片付けられない、まさに“生きる力”を与えてくれるのだ。

バンプに惹かれる人は皆、必ずと言っていいほど辛かったことや苦しかった思い出を持っている。
それをずっと自覚している人もいるし、気づかないまま過ごしていた人もいる。
そんな人達がバンプの曲を聴いて、何かがストンと落ちた気になる。
そして気づけば涙が溢れる。
まるで魔法のようだといつも思う。
私にとって彼らは魔法使いそのものだ。
 
 

受験が終わり初めて行ったバンプのライブ幕張公演。
感動と涙で顔も心もぐちょぐちょになりながら光の中に溶ける自分のPIXMOBを見て、本当に自分が彼らに、そして誰かにとってこんな風に見えていたらいいのにと思った。
 
 
 

“生きるのは最高だ”                          -ray
彼らがそう言ってくれる限り、私は何度だって立ち上がれる。
 

恒星を4つ目印に。
 

あの日借りた生きる力を
返すために今
生きていこう。

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