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ELLEGARDENとの10年間

わたしが音楽に出会った話

ELLEGARDENが復活した夜
24歳になったわたしは飲み屋でELLEGARDENを知らない友人たちをよそに勝手に祝杯をあげて、飲み明かしていた

「ELLEGARDENが復活するんやで!!!
やっと、やっとライブが見れる……!」

わたしは壊れたように
ずっと一晩中そう言っていたらしい

朝5時二日酔いの頭痛で目を覚ましてお風呂にはいる。
ふとELLEGARDENが復活するなんて嘘なんじゃないかと、
飲みすぎて曖昧な記憶に不安になりTwitterを開くと
夜中にELLEGARDEN復活に沸いていたキッズたちのツイートが流れてきて、
ほっとすると同時に涙が溢れる。
長かった。
10年。

わたしはELLEGARDENが活動してるときに
ELLEGARDENに出会えなかった世代だ。
今でも鮮明に思い出す
中学校の教室で友人にかっこいい曲だよと
ウォークマンから流れてくる高架線を聴かせてもらったときのあの光景。
いま思えばあの瞬間まで、
わたしはロックというジャンルの音楽を知らなくて、
あの瞬間からわたしの人生は音楽が中心に回るようになった

ライブに行くことができなかったわたしたちの世代は
DVDやYouTubeにあがってる動画が
ELLEGARDENのライブの全てだ
ELLEGARDENを知って少ししてみた動画で
細美さんのMCに救われたことがある

そのとき人気絶頂だったELLEGARDENは
ライブの度に怪我人がでるため、
ライブハウスにライブスタッフがフロア中に配備され、
見に来たファンたちは自由にモッシュやダイブができない状態に陥った
それを見た細美さんが主催側に交渉をしに行き、
退かさないと始めないと口論をしていたのだ

細美さんは
「そっから柵の向こう側は全部お前らのもんだから。
ルールが必要ならお前ら作ってくれよ。
それは俺たちでも主催者でも押し付けるもんじゃないと思ってて。
そうゆうのがイヤで、
お前らライブハウスに逃げ込んでくるんだろ?」
そう言ってくれたのだ

わたしはこの言葉を聞いたとき
本当に涙が止まらなくなった
当時のわたしはレール通り生きていくようにという親からのプレッシャー、
もはや虐待に近い厳しい校則、
友達から貼られる優等生というレッテルで
がんじがらめになり、まさに息がつまる毎日だった。
逃げる場所がなかった。
でも細美さんが
音楽をライブハウスを逃げ込む場所にしてくれた。
わたしはダイブをしたり激しいモッシュに参加することもないけど、
自由に拳を上げて声を上げることができるライブハウスにいるときだけ息ができるようになって、
少しずつ笑えるようになった。

14歳の中学生だったわたしは社会人。
24歳になった
当時のわたしが思い描いていた自分とは
かけ離れている大人になった
朝から晩まで毎日働き、死んだ魚のような目をした
わたしがなりたくなかった大人になった。

それでも変わらないものがひとつだけある
わたしが音楽が未だに大好きだということだ
未だにライブハウスに逃げ込み音楽に救われ、
ELLEGARDENが復活すると聞いて
次の日の仕事のことも忘れて飲み明かせるほど
わたしは音楽が大好きだ
それだけはきっとあと10年たっても変わらないし、
それさえ変わらなければいいと思うのだ。

晴れた風の強い日に自転車に乗ってるときは
風の日を歌って地元の田舎道を走る
星のきれいな夜にはスターフィッシュが聴きたくなるし
つらかった1日は布団の中でMissingを聴いて泣く。
それさえ変わらなければいい。
ELLEGARDENが教えてくれたロックという音楽を一生大事にしてわたしは生きていく。

ELLEGARDENおかえり。
もう全員笑顔になったよ。

わたしたちのライブハウスで会いましょう。
 

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