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エーテルについて

Lily Chou-Chouと、ドビュッシーと、モネと

Lily Chou-Chou<リリイ・シュシュ>という歌手がこの世には存在する。現在でも彼女を知る人は少ないかもしれないが、誰かに彼女の存在を知って欲しい、と思ったからこそ僕は此の文章を書き始めた。
 

此の文章を読んでいるあなたは”リリイ・シュシュのすべて”という日本の映画をご存知だろうか。
“リリイ・シュシュのすべて”は、”スワロウテイル”、”打ち上げ花火、下から見るか?横から見るか?”、”リップヴァンウィンクルの花嫁”などを手掛けた岩井俊二監督の2001年の映画作品だ。

Lily Chou-Chouは、映画”リリイ・シュシュのすべて”に登場する架空の歌手だ。その役を演じるのは、現在も歌手として精力的に活動している、Salyu。Lily Chou-Chouとは、過去のSalyuの姿のひとつであり、現在のSalyuとは歌唱法も表現も大きく異なるものである。作詞作曲を務めるのはMr.Childrenやサザンオールスターズをプロデュースした小林武史氏。映像と一部の曲の作詞を岩井俊二監督が手掛ける。此の3人がLily Chou-Chouの正体である。

僕がLily Chou-Chouと出会ったのは、僕が高校生の頃、僕の好きな女の子が教えてくれた事がきっかけだった。元々MAIDEN VOYAGEのでSalyuを知っていた僕は、なんとなくリリイの名前は知っていたし、彼女がお勧めしてくれるなら尚の事聴いた方が良い、と思い聴き始めた。
当時の僕の音楽との触れ合い方は少し変だった。まず、曲を聴くよりも先に歌詞を読む。歌詞で言っている内容を理解する事が、楽曲すべてを理解する事に繋がるという考えの元だった。何を言ってるか分からないのに表面的な音の印象だけで理解するのは間違いだと感じていた。そんな僕が最初に読んだ歌詞は、「共鳴(空虚な石)」だった。

  あなたに会う喜び
  あなたに会う切なさより苦しいのは
  まだ私の心の中に
  空虚な石が潜むから

何とも言えない、オカルトチックで不思議な感じのする切ない歌詞である。
ここで曲を聴いてみる。すると、オカルトチック、なんてもんじゃない、そんな言葉が馬鹿らしくなるほど、憂鬱で美しい世界が広がる。僕は、水の中、溺れるような、息苦しさを覚えた。僕は次々と彼女の曲を聴いていった。

僕は、こうしてLily Chou-Chouに恋をしてしまったのだ。

リリイ・シュシュの音楽のジャンルを言い表すのはとても難しい。僕に言わせればこれに近い感覚の曲は、凛として時雨の「illusion is mine」、きのこ帝国の「海と花束」くらいである(僕があまり音楽に詳しくない、という事もあると思うが……)。時雨はオルタナティヴロックだし、「海と花束」はシューゲイザーだ。リリイは、どちらとも言えないし、もっとサイケデリックな感じもするし、何とも言えない。しかし、唯一無二の音楽である事は分かる。リリイの曲から感じ取る事ができる、オーラのようなモノを、映画の中では”エーテル”と呼んでいる。
“エーテル”は、重く、暗く、液体のようであり、また、コロイドのようであり、心に安らぎを与えるものでもあるし、麻薬のように支配するものでもある。じっとりとしたリリイの声。絡みつくようなベース。うねるようなギター。個性的なドラム。それらが合わさって出来る魔術だ。

映画”リリイ・シュシュのすべて”の中で明かされている情報として、”リリイ・シュシュ”という名前の由来は、ドビュッシーの妻の愛称、「リリイ」と2番目の妻との間にできた娘の愛称、「シュシュ」をつがいにして名付けたものである、というものがある。リリイ・シュシュとドビュッシーの関係は切っても切れない。なぜなら、”エーテル”をはじめて音楽にした人物は、ドビュッシーだからである。ドビュッシーとリリイでは、使っている楽器も違えば、ヴォーカルの有無も違う。しかし、2つには同じオーラ、”エーテル”が存在しているのだ。
実際、リリイの曲に、「アラベスク」という曲がある。明らかにドビュッシーを意識したタイトルだ。

 白い花が咲く頃
 娘は産まれ
 もらった
 花の名前を
 娘は
 もらった

楽曲では沖縄弁で歌唱しており、歌詞とは異なる発音で歌っているのが特徴だ。その柔らかい発音は、僕の心をゆったりなぞって、丸裸にし、癒す。
 

僕は、クロード・アシル・ドビュッシーと同じ名前を持つとある人物を知っている。印象派画家のクロード・モネだ。モネもまた、ドビュッシーやリリイと同じ温度や湿度、つまり”エーテル”を持っていると僕は考えている。モネの睡蓮の煙たさ、淡さと言ったら。
映画”リリイ・シュシュのすべて”には、多く田園風景が登場する。Lily Chou-Chou唯一のアルバム「呼吸」も、髪の長いリリイが緑の稲の中に立つ姿の写真で飾られている。田園の緑と、モネの睡蓮の緑、そこに僕は少しシンパシーを感じる。胸がいっぱいになる、怖いほどの花萌葱色。

2010年に、映画”リリイ・シュシュのすべて”10周年を記念して、Lily Chou-Chouが新曲を出す、という事があった。僕がリリイを知ったのはこの出来事から随分後の事だったから、衝撃を受けるとか、そういう事は無かったのだが、いや、別な意味で衝撃を受けた。Lily Chou-chouの新曲「エーテル」を歌っていたのは、リリイではなく、Salyuだった。この曲はSalyuが表現する”エーテル”で、リリイの表現する”エーテル”とは違うものだった。Salyuのものが劣っているとか、優れているとか、そういう話ではない。この世にリリイ・シュシュはもういない。これが僕にとっての真実だった。このように新曲発表当時感じたファンは多かったし、その事は大変ショックだったと思う。僕も僕なりに「エーテル」を初めて聴いた時はショックだった。リリイはもういない。いないのだ。
しかし、その事は、という歌手の完成、だとも捉えられると僕は思う。Lily Chou-Chouは、Lily Chou-Chouを愛する人の中で完成し、永遠の歌姫となった。

Lily Chou-Chouのアルバムは、「呼吸」1枚のみで、収録曲は9曲、うち1曲はインストゥルメンタルである。だから、リリイのファンはたった1枚のCDからリリイのすべてを感じ取る必要がある。リリイ・シュシュのすべて、を。それは大変な作業であるが、しかし、それだけのエネルギーを費やす価値が、Lily Chou-Chouにはある。

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