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最高の友人

BUMP OF CHICKENの曲達は生きている

「最近の○○は変わった。」
「○○も同じような曲ばかり」

 長いキャリアを積むと必然的に、どのアーティストも言われる事だと思う。BUMP OF CHICKENも他の名だたるベテランアーティスト達同様に、こんな批評を受けたりしているかもしれない。実際、動画サイトにUPされたMVのコメント欄では、古参だ新規だ通りすがりだと様々な立場の人々が様々に語っている。

「BUMP OF CHICKENは変わった。」
「BUMP OF CHICKENは同じような曲ばかり」

 感じかたなど人それぞれ。ただ、音楽を作るのも演奏するのも人、人は生きていて年をとる。生きている人が作る音楽もまた生きていて、同じように年をとる。わたしはそう思う。
 BUMP OF CHICKENが変わったかどうか、同じような曲が多くなってきたか私には分からないが、彼らの音楽は常に新しい姿を求めて変化していたように感じる。もっと言えばアルバム毎に形態を変え、自在に動き回り、時代と、時代を生きる人々に溶け込んできた。それはBUMP OF CHICKENが人生の一瞬一瞬を物凄く鋭敏な感性で生きてきたから成し得たことだろう。彼らのアルバムは、誰とも言えない「誰かの人生」そのものだと思う。

 『jupiter』で夢を語ったり存在の不確実さに戦く青年は『ユグドラシル』で存在の証明や置き所を探しはじめ、存在そのものの確実性を勝ち取るためもがく。『orbital period』で存在の脆さや、自分と同じ様にもがく他者の痛みを共に分け合う。『COSMONAUT』で自らや他者と深い対話をする。『RAY』で自らの存在と真に向き合い、『Butterflies』で失ったものや得たものを糧に再び存在を探す旅に出る…。

 私にとっては、彼らの音楽が一度だって同じものだったことはない。一曲毎に、アルバム毎に、曲達は私と同じように悩んだり喜んだりしていた。曲が生きているって、こういうことなんだなぁと思う。そして彼らの曲達は、普遍的であるが故に多くの人々が共感する。曲が生きているからには、アルバムは必然的に成長していく。成長とは質の良し悪しではない。一つのアルバムが「5年分の人生の総括」だとして、そこに収録されている一曲一曲は日々の生活であり、アルバムが私と同じように、苦悩しながら呼吸を続けるということだ。だから私は彼らの曲に共鳴し、対話してきた。

 彼らの音楽は生きている。それはつまり、停滞も変化も「私の人生」と何ら変わりがないということ。

 一人の人間の生き様を見ているような気になるからこそ、私はBUMP OF CHICKENの曲に共鳴できるし対話もできる。私が私の人生と向き合うことが困難な時、曲がそっと隣に腰を下ろして「こういうこと?」なんて尋ねてくる。「そうだ。」と答えればこちらが飽きるまで隣に居てくれた。

そうだ。最高の友人なんだ。

 孤城を建てそうになったとき、足元から消えていきそうになったとき、歩き疲れて倒れかけたとき、泣き疲れて眠たくなったとき…駆けつけて、隣にいてくれた。BUMP OF CHICKENの曲を想うとき、みんなこんな経験が一度はあるんじゃないだろうか。

 そしてもうひとつ…BUMP OF CHICKENの曲達は、実に人間臭い。自分自身の存在だったり、自分と他者との隔たりだったり、愛だったり嫌悪だったり…。みんなが抱えうる普遍的な葛藤を、曲達も同じように抱えている。

 本当に愛しくて憎めない友人だ。

 人々がBUMP OF CHICKENの曲に惹かれたり、飽きたり、変わったと思ったりしても、そりゃあ仕方がない。
大好きな友人にだって、変わったなぁと思ったり、飽きたなぁと思ったりするのだから。当然の感覚なのだろう。

結局のところ何が言いたいかと言えば、月並みな表現ではあるが、私は彼らの曲が大好きで、何度も命を拾われてきたから、これからもずっと友人であり続けたい…ということだ。

これからも私の人生に寄り添い、誰かの人生にも寄り添い続けるだろうBUMP OF CHICKENの曲達が、私が年をとるにつれてどう変化して聴こえるようになるのか、これから新しく出会う曲達が私に何を見せてくれるのか、楽しみで仕方ない。

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