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愛はズボーンというバンドを知っているか

誰よりもピュアで誰よりも尖った四人組

私がこのバンドの音楽を聴いているとき、あるいはライブを見ているときは、心臓の底から力が湧いてくるような、得体の知れない何かが喉の奥から押し寄せてくるような気持ちになる。何でもできるような気がしてくるし、嫌いな先輩に最悪な台詞を吐かれて死ぬほど悔しい思いをした日も、彼らの音楽を聞けば力が再び蘇ってくる。そんな感覚は生まれて初めてだった。

それが、愛はズボーンというバンドだ。

彼らの音楽はわかりやすいのに、わかりにくい。「愛はズボーン」という、バンド名がそのままタイトルになっている曲では狂ったように”ボン!ボン!ズボボーン!愛はズボーン!”と自らのバンド名を歌い上げるし、「ひっぱられる」という曲では”ひっぱ ひっぱられる”というワードが何度も歌われ、脳内にこびりついて離れなくなってしまう。音像はというと、痛快なほど気持ちの良い真っ直ぐで潔いギター、安定して曲の土台を支えているかと思いきや突然そう来るか!?と興奮させられるようなフレーズが堪らないベース、とにかく力!力!音!と、ど正直なドラムといった個性の強い4つが常に尖った状態で耳を刺してくるので言葉に全く負けていない。むしろ、言葉の力を超えてくるような熱量なのだ。わかりやすい例を出すと、先程紹介した「ひっぱられる」では2分24秒もの間奏があるし、「まさかのイマジネイション」という曲に関しては”まさかのイマジネイション””oh!イマジネイション”という歌詞しか登場しない。明らかに変態の部分が滲み出ている。

でも私はその変態の部分がとても好きだ。

ライブでは、あろうことかロボットが登場したり風船が宙を舞ったりする。でも、愛はズボーンが披露するこれらのパフォーマンスは全くわざとらしいパフォーマンスには感じられない。ライブで目立ちたい、少しでもお客さんの心を掴みたい、インパクトを与えたいからなどという理由ではなく、愛はズボーンという一つのワールドに当たり前に存在しているように思えてしまうのだ。実際、彼らのライブを初めて見た私の友人や知り合い達の記憶に残っているのはロボットや風船ではなく、彼らのライブの持つ圧倒的なエネルギーの強さ、突き抜ける爽快感、途轍もない楽しさだった。

そして私が一番声を大にして伝えたいこと。

それは愛はズボーンはとにかく歌詞が良いということだ。良いといっても、その辺のバンドとは訳が違う。彼らは現実を真っ直ぐ見据え、みんなが日々の生活の中で隠していたり、見落としてしまっている部分を容赦なく無邪気にえぐりにくる。その感覚がとても堪らない。

『テレビで流れる歌には夢がありすぎる』
(ニャロメ!/IWZBN)

トゲがありすぎる言葉だと思う。インディーズバンドとして色々なことを体験したからこそ書ける歌詞であり、ひねくれながらもド正直な目線で音楽シーンに挑み続けている愛はズボーンが歌うからこそ意味があるのだ。ちなみに、ライブだと語尾に”バカヤロー!”がつく。より一層、カッコいい。

『死ぬ事忘れて遊びまくり それ死んだも同然 地獄』
『死ぬ事恐れて篭りまくり それ死んだも同然 地獄』
『これさえあればもう安心なんてこの世にないから 地獄』
(MAJIMEチャンネル/MAGMAそれは太陽のデジャヴュ)

日々に沸沸とストレスを感じたり、どうしようもできないことに追われてやるせない気持ちになってしまったり、ひどい時には死にたいとまで思う時もある。でもそんな時、この曲を聞けば”そうか、この世は地獄だよな”と思ってなぜかすごく元気が溢れてくる。
死ぬことを忘れて遊びまくる人も、死ぬことを恐れて篭もりまくる人も結果的には同じ”死んだも同然”に辿り着いているという部分がなんとも皮肉に感じられるし、それを高らかに、楽しそうに歌い上げる愛はズボーンを見ていると、不思議と生きよう!という気持ちになっているのだ。

『ラスト40分/エンドロール迫るクライマックス/爆弾摩天楼は遥か5000km 向こう/おれ怖いんだ 君ならどうする?』
(ゆ〜らめりか/ゆ〜らめりか)

この歌詞は曲が盛り上がっていく部分でまくし立てるように歌われるのだが、私が「ゆ〜らめりか」をライブで初めて聴いた時、歌詞を全く知らないはずなのに言葉が次々と脳内に響いてきたのを覚えている。”おれ怖いんだ”という台詞の一言に、普段は見えない愛はズボーンの本心がちらりと垣間見えた気がして胸をきゅっと掴まれたあと”君ならどうする?”という問いかけに思わず考えさせられてしまう。
 

『正しさとは、右か?左か? さあ、/99対1だとて「信じた道を貫きなさい」/綺麗事はTVの大きな音にかき消されました』
(どれじんてえぜ/どれじんてえぜ)

この「どれじんてえぜ」という曲は、わたしの人生の教科書と言っても過言ではないぐらい心を揺さぶられた歌詞が詰まっている。本当は最初から最後まで全部書きたいぐらいなのだが、その中でも思わず唸ってしまった歌詞が上記のものだ。曲を聴いていると、カギカッコの部分が愛はズボーンの伝えたい部分だと最初は思う。だがその後の”綺麗事〜”からの部分でひっくり返すのが愛はズボーン節を思いっきり発揮していて少しニヤついてしまった。己の道を貫きなさいなんてことは綺麗事であり、実際は多数派になってしまうんだろう?という斬り方が彼ららしくて、素敵だ。
だが、実は私はこの部分の歌詞解釈についてもう一つ考えがある。
先程紹介した「ニャロメ!」ではTVというものは決して良いイメージでは使われていない。だからこそ、この曲で登場するTVというワードも良くない象徴として使われているのではないか?と。そこから考えられるのは”信じた道を貫きなさい”この部分が愛はズボーンが本当に伝えたかった、説きたかった内容であり、それは綺麗事だとはわかっていながらもやはりTVの大きな音にかき消されてしまう……。もしかすると、こちらの解釈が正しいのかとも思えるのだが真相は愛はズボーンのみぞ知る、というところだ。

紹介した4曲は愛はズボーンのほんの一部でしかなく、解釈も本当に人それぞれだと思う。でもここまで考えさせられるぐらいに彼らの楽曲、そして歌詞は本当に素晴らしい。これからもたくさんの人の心を動かし続けるのだろうなと思う。

そして愛はズボーンは、6/16に新曲「でもごるごん」を会場限定盤で発売する。サブスクリプションがいよいよ音楽シーンの台頭になりつつある今、このタイミングで敢えて会場限定盤という形をとる所が本当に彼ららしい。
「ゆ〜らめりか」「どれじんてえぜ」「でもごるごん」とひらがなでタイトルを打ち続けている所も、きっと本当は英語より日本らしいひらがなが楽なんでしょう?カッコつけるのは疲れたでしょう?と呼びかけられているようでゾクゾクしてしまう。

愛はズボーンにはこれからも真正面から時代を斬り続けてほしいし、ずっと尖り続けてほしい。そして晴れて音楽シーンのど真ん中に彼らが躍り出たとき、一体どんな音を鳴らすのか?どんな言葉を歌うのか?見届ける日がとにかく待ち遠しい。

そしてその日はもう遠くない所まで迫ってきているのだろう、と思っている。

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