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最初で最後のエンターティナー

SEKAI NO OWARIによる私の世界の始まりと、ENTERTAINMENT

電気が走った感覚だった。
自分の中の一般論というものか何かはよく分からない、
ただ何かがガラガラと音を立てて
崩れていくようだった。

最初に言う。
あの日は一つの偶然に過ぎなかったはずだ。
でも、必然だった。
一体何が、どうして、どんな風に、
私の中の何にぴったりはまったのだろうか。
 

忘れもしない、4年半前の冬。
2013年 12月16日 月曜日 天気は曇り
 

深瀬慧という一人の人間と
そしてSEKAI NO OWARIというバンドと出会い、
今までの常識が全て崩されて、私の世界が変わった日だった。
 

当時私は中学1年生。
何かこれといった趣味もない人だった。流行りのものをそれなりに好きなだけで、何かにのめり込んだことがなかった。
そんなある日の昼休み、たまたま教室で同じクラスの男子が音楽を流していた。
 

♪『Welcome to the “STARLIGHT PARADE”
星が降る眠れない夜に〜』

(スターライトパレード)
 

聴こえてきた歌詞は、どこかで聴いたことのある曲だった。
 

「ああそうだ、SEKAI NO OWARIだ。あのファンタジーな人達だ。」
 

その日の私はまだ4人の存在をそんな風に捉えていた。
あの日までは。

数日後、教室ではいつものように男子がセカオワの曲を流していた。けれども、いつも聴こえてくる曲調とは全く異なるものだった。
 

♪『美しく廻る永久の「命のサイクル」〜』

(生物学的幻想曲)
 

聴こえてきた歌詞は、これまでの私が想像していたSEKAI NO OWARIのイメージとはかなりかけ離れたものだった。
 

「セカオワって、こういう歌も歌う人達なんだ」
 

なんとなく頭の中でひっかかって、曲名を知りたくて流していた男子に聞いてみた。

「生物学的幻想曲」という曲らしい。

「セイブツガクテキゲンソウキョク」なんだか難しいミステリアスな言葉だなあと、頭の中で上手く漢字に変換できなかったことを覚えている。
おまけに一発で聞き取れなかったし、一発で言えなかったし。

携帯を学校に持ってくることが出来なかった当時、私は忘れたくなくて必死に覚えて家まで帰った。
 

その日の夜、教えてもらった生物学的幻想曲という曲を聴いてみる。
そこまでは覚えている。正直に言うと、それからしばらくの間どんな風にSEKAI NO OWARIを好きになって、どんな風にのめり込んでいったのか覚えていない。
覚えていられないくらい何もかもが衝撃だった。
 

それでもあの日、確かに私の世界は変わった。
私の中のこれまでの世界が「終わり」、私の世界の「始まり」だったこと、これだけは確実だった。
 

それからの私はある意味異常だったといっても良い。

まずはメンバーのことを知りたくて、メンバーの1人であるSaoriのブログを2日間で全て読んだ。
ライブハウスを自分たちで一から作り上げたこと、ボーカルFukaseが世界の終わりを始めるまでのエピソード、強烈なバンド名の由来、私が最初に想像していた「SEKAI NO OWARI像」からどんどんかけ離れていった。だからこそ、私の興味が絶えることは無かったのだと思う。
 
 

そして好きになって5日後の12月21日、ENTERTAINMENTというアルバムを買った。これが初めて買ったSEKAI NO OWARIのCDだった。
そしてこのアルバムで彼らの中身にちゃんと触れることが出来た時、それは私の常識が180度覆された時でもあった。めちゃくちゃにされた。
5日前の月曜日、初めて彼らに興味を持って聴いた時以上の衝撃を受けた。

ENTERTAINMENTに収録されている
Love the warzという曲にこんな歌詞がある。
 

『朝がなければ夜もない
そして悪がなければ正義もない
そして不自由がなければ自由もない
だから戦争がなければPeaceもないのかい?』

(Love the warz)
 

この歌詞を聴いた時、こんな考え方の人がいるのかと驚いた。
こうやって物事を別の視点から見るからこそ、気付けないようなことに気付かされてハッとさせられる、セカオワの曲にはそんな歌詞が多い。
気付けないような事なのにいつも本質を突いてくるそんな歌詞は、聴くたびに深く考えさせられた。

他にも、天使と悪魔という曲でFukaseはこんな歌詞を書いている。
 

『もし僕が正しくて君らが間違いなら
僕らは戦う運命にあるの?
僕らはいつも「答」で戦うけど
2つあって初めて「答」なんだよ』

(天使と悪魔)
 

この歌詞のように、Fukaseが書く歌詞はいつも中立的な位置に答えがあると思う。
少し前に物事を別の視点から見る、と書いたようにFukaseの歌詞は思いもよらぬ視点から書いたものが多い。それ故に自分たちとは真逆のことを言っているような偏りのある世界観、俗に言う独特な世界観と捉えられがちだ。
でもそうではない気がする。2つの考えがあってこそ1つの答えがあるのだと、対象のものがあるからこそ物事は成り立つと、そんな風に考えることが出来る気がする。
 

そして私がFukaseの歌詞で最も救われたのが、終わりを終わりとして捉えない、死を死として捉えないその考え方だった。
 

『「何か」が終わってしまったけれど
それは同時に「何か」が始まって』

(Never Ending World)
 

『死がくれる世にも美しい魔法
今を大切にすることができる魔法』

(不死鳥)
 

「終わり」は同時に「始まり」である。
とても当たり前のことだけど、ここでちゃんと考えさせられた。
「生きる」ということはつまり「死ぬ」ということであって、誰もそれに逆らうことは出来ないし、始まったものは必然的に終わりに向かう。だからこそ、それくらい生きることや死ぬことは尊いのだということを教えてくれた。

おそらく、Fukaseの中で常に「終わり」がテーマなのだと私は思っている。彼が「終わりから始めよう」という意味を込めて、「世界の終わり」というバンド名を付けたように。
 
 

ENTERTAINMENTというアルバムが私の中のセカオワの原点であり、私の世界の始まりであるからこそ、未だにENTERTAINMENTが一番好きなアルバムだ。
いつまでも過去の古い作品を支持するのはどうかと思う人もいるかもしれないが、これはどうにも変えられない。

ENTERTAINMENTというCD一枚でしかないれけど、そこに私の全てが詰め込まれている。
ライブに行かせてもらえないことが悲しくて、ライブ音源を聴きながら泣いたことも、自身初の映画の前売り券をわざわざ東京まで行って買いに行ったことも、公式LINEから通知が来るだけでドキドキしたことも、CDの発売日が眠れないほど楽しみだったことも。
それくらい、中学1.2年生の私にとってSEKAI NO OWARIがすべてだった。
 
 

それから約4年半。
私も高校生になって、少しずつ聴かなくなっていた。
変わってしまったと思って聴かなくなった時もあったし、もうあの頃のような恋にも似た素直な気持ちは消えてしまっていた。

それでも、SEKAI NO OWARIという存在が私の中から消えることはなかった。正直に言えば、消すことができなかった、かもしれない。

自分の中の好き嫌いだけで判断できるほど小さな存在ではもうなかった。何があっても離れることだけはできない、ある意味執着に近いものだと思う。

そう、かつてFukase以外のメンバーが「深瀬慧」という一人の人間に魅せられて「世界の終わり」というバンドが結成されたように、私も他ならぬ魅せられたその一人だったのだ。
 

SEKAI NO OWARIを好きになって、音楽を好きになって、バンドを好きになった。どんなに色んな音楽を聴いて遠ざかっても、私のルーツを辿れば必ずSEKAI NO OWARIに帰ってくる。

語弊があるかもしれないが、この4年半の中でもうセカオワは私の中の一番大好きな存在ではなくなってしまった。だけど、一番大好きではないけれど、「原点」という何にも替えられない存在である。

そんな一度しかない始まりがSEKAI NO OWARIで良かったと思う。もしかしたらきっと、私にとってSEKAI NO OWARIが始まりでなければいけなかった理由があるのかもしれない。今はそんな風にさえ思える。
 
 

最後に。
本気で世界を変える人は、その時誰の思考もそこに入れさせないのだと思っている。相手の有無を言わずに自分の世界に巻き込んでいく。相手はそれが正しいのか間違っているのかもわからない。

そんなエネルギーをセカオワは持っている。数年前までは異色の存在として見られていた彼らが、世界を巻き込んで虜にさせている様子を見ていると、そんな風に思えてくるのだ。自信を持って言える。

だって私が彼ら4人に自分の世界を変えられた張本人なんだから。
 

居場所を作るために借金をしてまでライブハウスを作り、スタッフの反対を押し切って作られた30mの巨大樹がそびえ立つセットの中ライブを行ったこともある、そんなSEKAI NO OWARIには「不可能」という言葉は存在しない。セカオワを好きな人ならわかるはずだ。
 

きっと今までもこれからも、常に私に考えたこともないような新しいものを与えてくれるに違いない。
そう信じている。

そんな彼らSEKAI NO OWARIが、いくつになっても、私にとって最初で最後のエンターティナーで在り続けてほしい。

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