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心の傷を癒やしてくれる音楽

back numberに出会って

私が、思い出さない日はないほど印象に残っている光景がある。

2016年の年末、夕食を終えて2階に上がり、何気なくテレビのスイッチを入れた。とある音楽番組が放送されていた。他に観たい番組がなかったので、その音楽番組をつけたままにし、アーティストが次々に出てきて歌っているのを漫然と眺めていた。

そんな時、back numberの3人がステージに立った。
これから『ヒロイン』を歌うのだという。
聴いたことのない曲だった。

「君の毎日に 僕は似合わないかな」

この曲は、このフレーズから始まった。
自分を卑下するような歌詞が、なぜか引っかかった。

ボーカルの清水さんが歌い出した瞬間、私はテレビ画面の中に吸い込まれるような感覚を覚えた。自分の身体も心も、すべて持っていかれたように感じた。

ステージの青い照明の中で、感情をぶつけるように全力で歌う姿に感動し、しばらくその場に立ち尽くした。歌詞が、歌声が、こんなにスッと入ってきたのは初めてだった。

年が明けた日の夜、布団の中で、ふと、あの曲をもう一度聴きたいと思い、スマートフォンで調べた。動画投稿サイトに、『ヒロイン』のライブ映像が載っているのを見つけた。迷わずアクセスし、再生ボタンを押そうとした。すると、急に胸が苦しくなり、涙がボロボロこぼれてきた。再生ボタンを押すことはできなかった。
真夜中に、一人で、声を押し殺して泣いた。

泣きながら、思い出したことがある。

私は、大学で音楽系の部活に入った。
入部して1年ほどが経った頃、一緒に入部した同期の男の子が気になるようになった。彼が笑ったり、楽しそうに楽器を弾いたりしている姿を見ていると、幸せな気持ちになった。部室でドキドキしながら彼の隣に座ったこともあった。

そんなある日、部活で食事に行くことがあった。彼はその日来ていなかった。そこで、彼が数日前、同期の友達に告白して付き合い始めたことを耳にした。その友達は照れくさそうにしていた。その時、私は他の子とちがって、素直におめでとうと言えず、笑顔を作ることしかできなかった。

それからは、泣きたくても涙が出ない日々が続いた。部活に行けば彼らに会ってしまう。部活がすんだら一緒に帰るのを見てしまう。部活に行くのが辛くなった。

私は、いいなと思う相手がいても、自分から話しかけに行くのに勇気を必要とする。それが男の子ならなおさらだ。話しかけることさえ躊躇するぐらいだから、想いを伝えるなんてできそうもない。

「渡し方もどこに捨てればいいかも分からずに
君から見えてる景色に
ただ怯えているんだ」

『ヒロイン』の2番で、このように綴られている。

彼が想っているのは私じゃなくて他の子かもしれない。そう思うこともあった。私はもともと自己嫌悪に陥りやすく、他人と比べては自分を否定する癖があった。だからこそ、想いを伝えて振られて傷つくのが怖かったのだ。

私が気持ちを伝えられないまま、彼は私の友達に惹かれていった。彼らが付き合い始めてからは、自分の気持ちがばれないようにするので精いっぱいだった。

想いを言えないのがこんなに苦しいものだとは思っていなかった。

部活でこのようなカッコ悪い経験をしたわけだが、私にとって、この部活で過ごす時間はかけがえのないものだった。

私は大学で楽器を始めたことで、次々に出会う音楽に感動し、演奏することに喜びを感じるようになった。
部員は皆、いつでも謙虚で、私が何を話しても受け止めて聞いてくれた。先輩は、私がちゃんと弾けるようになるまで、自分の時間を割いて教えてくれた。同期も、部活や学内で会うといつも嬉しそうに駆け寄ってきてくれたし、私の好きなキャラクターの物をプレゼントしてくれたことだってあった。
自分が受け容れてもらえていると心から思えたのはこの部活が初めてだった。

私は小さい頃、同級生から仲間外れにされ、孤立したのをきっかけに、他人の顔色をうかがい、気を遣ってばかりで、自分の気持ちを素直に伝えることができなくなった。進学して、何とか同級生に話しかけようとしたが、嫌われることへの恐怖心から、声が小さくなってしまうことがたびたびあった。他人と接する時は、いつもびくびくしていた。

しかし、この部活に入ってから、びくびくしながら他人と接することは格段に減った。部員の皆と過ごす時間を純粋に楽しめるようになっていた。たくさん優しくしてもらい、自分は何を彼らに返せるだろうか、と考えるようになった。
先輩が引退し、パートリーダーを引き継いだ。パートリーダーとして初めて出る次の演奏会に向けて準備を始めたところだった。2016年の頭のことだった。

そんな時、私は病気になった。

何もすることができなくなり、部活も続けられなくなった。心から信頼し、親しみを感じていた部員の皆と、同じ音楽を奏でることはもうできなくなった。悲しくて、悔しかった。それよりも、部員の皆に対する申し訳なさで頭がいっぱいだった。

部員の皆と撮った写真をすべて消去した。
自分が初めてパートリーダーとして出るはずだった演奏会の日に、布団の中で泣き続けた。

病気になって、何もできなくなり、自分は何のために生きているんだろうと思った。何度もベルトを首に巻いてドアノブにかけようとした。殻に閉じこもり、現実から目を背けるかのように眠って過ごす日々が続いた。

再び大学に行くようになって、部員の皆に会った時、彼らは変わらず温かく迎えてくれたが、私は、申し訳なくて、以前のように気軽に接することはできなくなっていた。

あの音楽番組で『ヒロイン』に出会ったのは、この年の年末のことだった。

あの日、清水さんは、感情がこもり、目をぎゅっと瞑って苦しそうに歌っていた。その姿が、今でも脳裏に焼き付いて離れない。

それから、私は、インディーズ時代の曲も含めて、back numberのアルバムの音源を全て、音楽プレーヤーに落とした。そして、曲の一つ一つに耳を澄ませて聴いた。彼らのライブのDVDを買い、部屋を暗くして夢中で見た。

back numberの3人は、力を出し尽くすかのように全力で歌い、演奏していた。その姿にあらためて心を打たれた。彼らのパフォーマンスは、感情が高まるにつれてさらに深みを増していった。

その中でも、私がいちばん感銘を受けるのは、清水さんの内面から溢れる感情が、歌声に乗ってこっちまで届いてくることだ。
うまく言えないが、彼の歌声は、切ないという一言で片付けることはできない。通る声で時にはのんびりと、時には力強く歌っているようで、どこか今にも消えてしまいそうな儚さがある。泣いているようにも聞こえる。歌いながら声が震えるのも、しゃくり上げるように息継ぎをするのも、歌っているうちに曲に込めた想いが溢れてくるからだろうと思う。
そんなに泣くほど辛いの、と言って、なぐさめに行きたくなる。抱きしめて、一緒に泣きたくなる。

私は、back numberの曲を、夜の静まりかえった時間帯に部屋を真っ暗にして聴くのが好きだ。
清水さんの歌声を聴くと、どうしてかは分からないが、息ができなくなるほど胸が痛くなることがある。でも、彼らの音楽に触れていたいという気持ちに駆られて、そのまま聴き続けてしまう。

踏み出すパワーをもらったり、切なくて泣きそうになったり。誰かの音楽でこんなに自分の感情がコントロールされたのは初めてだ。

聴き進めていくうちに、知らず知らずのうちに負っていた心の傷が癒えていく。back numberの曲を、歌声を肌で感じていると、胸の奥にオアシスができたように思えて、安心して眠れる。

そして、明日もがんばって生きよう、と思えるのだ。

部活で大好きな音楽を奏でられなくなったからといって、その音楽がなくなるわけではない。しかし、部員の皆と楽器を弾く時間を共有できなくなったこと、彼らに恩返しができなったことを悔やみ続けて、立ち直れなかったのは確かだ。

逃げ場のない気持ちを一人で抱え込んだとしても、back numberの曲を聴いていたら、そんなものは吹っ飛んでしまう。そのような音楽に出会えたことは、私が生きてきたなかでの大きな財産だ。

「君から僕は大切なものをもういくつももらったよ」

私が一番好きな『光の街』にこのようなフレーズがある。

清水さんが綴る歌詞は、心から相手を大切に想い、たとえ別れたとしても、決して相手を見放したりはしない。好きな人に出会えて感じる些細な幸せだったり、もがきながらも生き抜いていく苦悩だったりが、ありありと感じられる。

大切なものをたくさんもらったのは私のほうだ。

私は今、back numberの音楽に出会えた喜びに溢れている。
 
 
 
 

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